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『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 24

 マサキさんのからだからは、いつも柔軟剤のイイ香りがする。もちろん、柔軟剤の種類を言い当てられるほど、自分の嗅覚に自信があるわけではないが、いつも同じ柔軟剤を使っていることくらいは判る。

「なんかマサキさんって、いつもイイ匂いがしますね」

 マサキさんの胸元に顔を埋めたまま、ふと思ったことを、そう口にすると、マサキさんは別のことを考えていたようで、「へ?」と、間の抜けた返事が返ってくる。

「いや、マサキさん、いつもイイ匂いがするなって……」

 もう一度、そう言い直すと、あまり自覚がないようで、「あ、おれ?」と、自分のことを指差し、きょとんとしたまま動かなくなってしまった。

 なにも臭いと言っているわけではないのだから、そんなに動揺しなくてもいいと思うのだが、自分の体臭が気になるようで、「え? そうかな?」と、自分の胸や脇の匂いを、真剣に嗅ぎ回し始める。

「いや、なにも臭いって言ってるわけじゃないですよ……」

 あまりに真剣な顔つきで嗅ぎ回すものだから、ついそうフォローをするが、やはり自分の匂いは自分では判らないようで、

「ん〜、やっぱ分かんねーや」と、すぐに匙を投げてしまった。

 フォローのし甲斐がないとは、まさにこのことを言うのだろうか。

 とはいえ、それが無意識だったとしても、そういった身だしなみに、ちゃんと気遣いができているというのは、たとえ相手がデリ嬢じゃなかったとしても、女の子は嬉しいものなのだ。さっきの客を引き合いに出すわけではないが、『垢舐め』とは違い、マサキさんの息からは、ほんのりフリスクの香りがする。出逢ってすぐにキスをした直後なんかは、ミントの爽やかな後味がすることだってある。

 たぶんわたしの到着を待つ間に、何度も歯磨きをしたり、大量にフリスクを食べたりして、入念に口臭ケアをしてるんだろうけど、その健気な姿を想像するだけで、二〇以上も歳が離れているはずなのに、どういうわけか、可愛らしいとすら思えてくるから不思議だ。

「今日は、どんなお客さんがいたの?」

 わたしの思考が読まれているのか、彼が絶妙なタイミングで質問してくる。

「え?」

 今度はわたしが動揺する番だ。

 若干、テンパり気味で、「き……、訊きたいんですか?」と、わたしが返事を渋ると、

「え? 言いたくないの?」と、さらに彼が質問を質問で返してくる。

 あまりに真剣に見つめられるものだから、「じゃ、じゃあ……」と渋々話し始めると、彼もそれに応えるように、一度、深く相づちを打ち、「お、お願いします……」と、仰々しく聴く体制を整える。

「な……、なんか、話しづらいんですけど……」

 大した話でもないのに、彼があまりに身構えて聴こうとするものだから、そう軽く吹き出しながら文句を言うと、「あ、悪りぃ悪りぃ……」と、あまり悪いと思っていないのか、てきとうに平謝りをする。

「はい。じゃあ、これでいい?」

 ベッドの上で、少しだけからだを仰け反らせ、彼がそう改めて聴く体制をなる。

 むしろ、さっきより話し難くなったような気がしないでもないが、これ以上言ったところで、なにかが変わるとも思えなかったので、仕方なくわたしは、

「ひ、一人目の客がね……」

 と、まるで教会で懺悔でもするような口調で話し始めた。


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