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『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 3

 彼との別れ際、「じゃあ、また呼ぶね……」という彼に対して、いつもわたしは決まって、「うん、また……」と言葉を濁し、不自然なほど素っ気ない態度をとる。いや、この場合は〝とってしまう〟というべきか。ひどいときには、振り返らずに別れることだってある。

 一ヶ月待ち続けて会えるかどうかも分からない相手に対して、そんな素っ気ない態度をとるべきじゃないことくらい自分が一番理解している。ただ、それができないのは、なにも嫌っているという理由からではなく、寧ろ好いているからだ。彼のことが好きだからこそ、素っ気ない態度になり、どうでもいい相手だからこそ、偽りの愛嬌を平然と振りまけるのが、デリヘル嬢というものなのだ。なにもエッチが好きだからという理由で、デリヘル嬢をしているわけではない。親の借金を肩代わりしている人もいれば、単純に生活のためにお金を稼いでいる人もいる。お小遣いほしさでしている人もいれば、彼氏を食わせるために業界に入ってきている人もいる。それぞれ理由はあるだろうけれど、デリヘル嬢だからって一個人なのだ。人間である以上それぞれ抱えている生活がある。

 だから、お客が私たちを呼ぶということは、つまり大金が発生するということを意味し、そのことを自分たちもよく理解している。本当に好きになった人に大金を払わせて、何も感じない人なんていない。ただのお客さんに見えるからこそ、平気で「今日は楽しかった。絶対また呼んでね。待ってるから!」などと、ふだん使わないような猫なで声で、思ってもないことを平然と言えるのだ。

 また、会いたいという本音。

 もう会いに来ないでほしいという建前。

 どちらも自分の本心で、本当に好きになった人にだけ抱く、デリヘル嬢の複雑な恋心。

 いっそ自分から連絡先を聞いてみようかと思わないわけではないが、じゃあ実際に聞いてみたとして、そのあとふだんの自分をさらけ出すことで、もし嫌われるんだとしたら、まだ月一でも会える今のままの関係で、満足しているほうがずっといい。

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