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物語の欠片 韓紅の夕暮れ篇 14 度重なる故障の謎 解 1

-レン-

「プリムラ様が整理してくださったとおり、もし度重なる故障が人為的に引き起こされたものなのだとしたら、一番の問題は誰が何のためにそれをやったか、ということです」
 カリンは落ち着いた態度で話し始めた。
「最も影響を受けていそうなのは玻璃師でしたが、わたくしは最初に四箇所の故障の場所と原因を聞いた際、これを仕組んだ人間は、太陽光発電の仕組みをよく理解している人ではないかと感じました。あまりにも上手く、効率よく、太陽光発電の弱点を突いているからです」
 口を挟む者がいないことを確認するように少し間を開けてからカリンは続ける。
「そこでわたくしは、アヒの土木師がどのくらい太陽光発電の仕組みを理解しているのか確認いたしました。結果としては、一から自分たちで作ることはできないにしても、仕組みとしてはひととおりの理解はしているようです。この時点で、アヒの土木師たちに犯行が可能であることが分かりました。更に、四回目の故障はアヒの戦士たちの目の前で起きましたが、その場には誰も居なかった。面倒な手続きを踏んででもアヒの戦士たちの目を逃れる必要性を知っていたのは、アヒの土木師長オウレン殿だけです」
「それならば……」
 と、建築室長のイイギリが初めて口を挟んだが、他に誰も口を開かないからか、言葉が尻すぼみになる。カリンはイイギリの顔を見て僅かに微笑んだ。
「はい。その時点での可能性としてはオウレン殿が最も高かったのですが、オウレン殿にはそのようなことをする理由が在りません」
「玻璃師に仲の良い知り合いが居るとか、単純にアヒの村全体のことを考えているとか、色々考えられるのではないか?」
「わたくしの知る限りオウレン殿は、もしそのような必要性を感じたとしたら、表立って抗議をする、あるいは正面からご自分で解決する方法を考える方だと思います」
 イイギリはまだ何か言いかけて、局長プリムラの冷ややかな表情を見て口を噤んだ。代わりにそのプリムラが口を開く。
「そこだけは多少お前の希望的観測が含まれているな。完全に論理的ではない」
「おっしゃるとおりです。ですから、完全にその可能性を否定するものではありません。ただ、オウレン殿の犯行の可能性を考える過程で、わたくしは別の可能性に気がついたのです。それは後ほどお話します」
「続きを聞こう」
「いずれにせよ、四回目の故障の原因が気になりました。他の三回とは少し事情が異なります。それが、四回目だけが別の人の犯行なのか、あるいは四回目だけが自然発生だったのかをずっと考えていました。しかし、やはり起こった時期を考えると、一回目が自然発生でその後がそれに着想を得た人物による工作というならばまだしも、先の三回が人為的で、それに合わせるように四度目が自然発生したというのは確率的に考え難い。結果、わたくしは、四回ともが人為的に引き起こされたものであると結論しました」
「ふむ。気持ちの良い論理だな」
 プリムラの口元が、ふ、と緩んだが、レンにはそれが、やや場違いなものに思えた。
「同様に、四回の故障が別々の人物に拠るものだと考えたとしても、四度目の犯行を行うことができる人物を特定することが、全体の問題を早く解決することに繋がるだろうと考え、その方法を見つけることに注力していました。そこに……」
 カリンの視線が初めてクコの方へ向く。クコはその視線に応えるように軽く頷いて見せた。
「クコさんから、変換器の燃えがらの中から紙の成分が見つかったというご連絡をいただきました。皆様は建築局の官吏ですから、わたくしよりも詳しいかもしれませんが、紙というのは使いようによっては意外と丈夫で、例えばグラスの代わりにも使うことができます。わたくしは野外で傷を負った戦士に薬を飲ませる際、このように、紙を漏斗状にして水を入れて飲ませたことがあります」
 カリンは手で円錐形を作る動作をしながら説明する。
「そして、丈夫な紙を使えば、水が染み出すまでに数日かかるのです」
「紙で作った容器の中に水を入れて変換器の中に忍ばせておけば、数日後にそれが染み出して短絡を起こさせる、というわけだな。短絡を起こさせるには少量の水で十分だ。小さい紙の容器ならばそれほど目立つことなく仕掛けられるだろう」
 プリムラは、目は笑っていないが、相変わらず口元に微かな笑みを浮かべている。
「はい、そのとおりです」
「面白い。それで?」
「先程も少し申し上げましたが、四回目の故障の段階でアヒ族の戦士が見張りについていたことを知る者は、アヒの族長様とオウレン殿しかいらっしゃいませんでした。では、犯人は何故そのような面倒なことをしたのか」
 ごくり、と誰かの喉が鳴った。イイギリだろうか。
「そもそもその人物は、アヒに常にいる人物ではない……つまりアヒ族ではないのではないかと私は推論しました。だからこそ、そのような時限装置を仕掛ける必要があった。見張りの目をかいくぐるためではなく、自分たちがその場に居ない時に故障を発生させるために」
「うむ。なるほど。しかし、アヒ族ではないとしてもまだ四つの種族が居る」
「はい。しかし、ここで思い出したいのが、この犯行を犯した者は太陽光発電の仕組みをある程度理解しているらしいということ、そして、四つ目の仕掛けにも相応の知識が必要だということです。今回ポハクは実証事件を行っていないので土木師は仕組みすら知らない。マカニ族は太陽光発電を歓迎しています。ワイ族は石炭を採掘している採掘工の仕事が減りますが、アヒのように土木師と兼任ではなく純粋に採掘工だそうですから、太陽光発電の仕組みを知っているとは思えません。それに、ワイには実験に適した場所が少なく、小規模な実験しかできていないため、関係者はごく僅か」
 残るは……アグィーラだけだ。部屋の中の沈黙が、より重さを増したように感じられた。
 アグィーラの建築室。まさに太陽光発電を導入しようとしている組織だ。仕組みには当然詳しいだろう。一見、自分たちの計画を邪魔する理由があるようには思えないが、組織が大きくなれば反対派も居るかもしれない。
「それでお前は、この建築局の中に犯人が居るのではないかと考えたのだな」
「その可能性が一番高いと思いました。そして、同時に思い出したのです。一瞬だけオウレン殿を疑った時、考えたことがありました。土木師本人ではなく、ごく身近な身内に反対する理由がある人が居れば、犯行に及ぶかもしれないということです。それから……」
 カリンが言葉を続ける前に、プリムラが立ち上がった。
「トレニア。お前の姉は確か玻璃師だったな」
「……はい」
 トレニアはプリムラの方へ向かって顔を上げたものの、その顔に表情は無かった。
「身内に玻璃師が居る故、フエゴの事情にも比較的詳しいということで今回の実証実験の部隊に加わったと聞いている」
「はい」
「アグィーラの玻璃師の状況はどのように聞いている?」
「……」
 トレニアがすぐには答えないのを見ると、プリムラはトレニアの方へ向かってゆっくりと歩を進めた。細身だが、背が高く姿勢が良いので、妙な威圧感を感じる。
 レンは、何か起こった時に動きやすいように少しだけ椅子の位置をずらした。
「聞いておらぬのか? そんなはずはあるまい?」
「……フエゴと同じです。いえ、もっとひどいかもしれません。アグィーラは、フエゴにはある程度遠慮して一定量の珪石を残して仕入れているが、アグィーラに入ってくる珪石は、ほとんど建築局へ流れてしまう。城の外で工房を営む者へは中々回って来ないと」
 トレニアは近づいてくるプリムラを目で追うことを止め、何も無い一点を見つめて相変わらずの無表情と、無感情な声で答えた。
「それで、何とかしてほしいと頼まれたか……」
「……」
 トレニアの傍まで来たプリムラが、ばんっと大きな音を立てて机に手をついた。
 距離が離れているイイギリが顔を歪ませて身を固くしたが、トレニアは微動だにせず、しかしその音が彼の中にあった最後の砦を決壊させたかのように話し始めた。
「……姉に頼まれたわけではありません。今回のことは、姉の話を聞いた私が勝手にやったことです。エルアグアとエルビエントでの実証実験を行った段階で、すでにアグィーラ内の珪石の不足は深刻になっていた。まだ実証実験の段階だからむやみにフエゴに増産を依頼するわけにもいかない。姉たちはこの一時期を過ぎて太陽光発電が軌道に乗ればまた流通が安定すると信じて頑張っていましたが……私は、見て見ぬ振りができませんでした」
「何故、このようなやり方を選んだ? その状況を交易室に、あるいはイイギリに伝えようとは思わなかったのか?」
「交易室には玻璃師たちが直接嘆願しているはずです。しかしガラスはアグィーラの特産ではないし、一過性のものだと言って取り合ってもらえなかった。建築室へは……言えば何とかなったのでしょうか?」
 それまで宙を見詰めていたトレニアの視線が、真っ直ぐにイイギリを射た。先ほどまでの疲弊した様子とは違った鋭い視線に、イイギリが怯んだ様子を見せた。
「な、なんだ。それは、どういう意味だ?」
「ご自分たちの発明に浮足立っている建築室にそんなことを相談しても、些末なことだと跳ねのけられるに違いないと感じました」
「なんだと? お前も実証実験の部隊のひとりだろう?」
「だからこそです」
「な……」
「私はまず、今回の発明がどのくらい素晴らしいものなのか理解しようと努めました。そのために実証実験の部隊に志願したのです。しかし内部から見ても印象は変わらなかった。太陽光発電の良い面ばかりが取り沙汰され、それを証明する為の実験ばかりが行われる。それによる周囲への影響など考えてもいない」
「そ……そんなことは……」
 イイギリは助けを求めるようにクコの方を向いた。
 クコは、酷く哀しそうな顔をしていた。
「……一応はな、負の影響も検証したんだよ。だが、お前の言うとおり、それは環境への影響ばかりだった。社会への影響に対しては、考慮が足りなかったかもしれない」
 クコはその場に居る全員に対してというよりは、直接トレニアに語りかけているようだった。
 は。とトレニアは勝ち誇ったように笑いを漏らす。
「かもしれない? この期に及んでまだそのようなことを言うのですか? 明らかに考慮が足りませんでした。有害な煙を吐き出す火力発電は確かに多くの人から綺麗な空気を奪うかもしれません。しかし、太陽光発電だって、一部の人たちの暮らしを脅かすのです。その違いは何でしょうか? 影響を受ける人数でしょうか? ご自分の発明に舞い上がっていた貴方には解りますまい。貴方はとても楽しそうにこの仕事をしておられた。次々と新しいことを思いつき、形にしていく、それが心底楽しいのだという顔を。そんな、ご自分のことしか考えていないような貴方に、自分の仕事が自分ではどうにもならない要因で妨げられようとしている人々の気持ちなど分るはずがない!」
 トレニアは話しながら興奮したのか、途中から立ち上がってそう言い放った。一方のクコは、静かな視線でトレニアを見つめる。
「今回のことでよく解ったよ」
「何が……分かったというのです」
「今回はまさに、俺のやるべきだと思っていた仕事が、俺にはどうしようもできない事情で妨げられようとしている。理論だけではどうにもならないことがあるのだと、よく解った。少し……遅かったけどな……」
 クコの言葉を遮るように、突然、こつこつ、と音が聞こえた。
 音のする方を見ると、プリムラが机をこぶしで軽く叩いていた。
「トレニア、お前、クコに嫉妬しておるのではないか?」
 トレニアの目が大きく見開かれる。
「この場には呼ばなかったが、ここへ来る前にネモフィラに話を聞いてきた。お前自身は随分と自分の研究に行き詰まっているそうではないか」
「……」
 レンが想像するに、ネモフィラというのはおそらくトレニアの上司なのだろう。資材室の室長だろうか。
「ネモフィラは以前からお前の視野が狭いのを気にしていたようでな。建築室の最先端の仕事を手伝わせたら少し目先が変わるのではないかと考えて、今回のお前の志願を許可したそうだ。最初のきっかけは姉の話だったかも知れんが、そこに、クコへの妬みが無かったと断言できるか?」
「……」
「それにな。偉そうな口をきいておるが、お前がやったことは明らかなる犯罪だ。理由はどうあれ……」
 ふとトレニアがプリムラに飛びかかりそうな雰囲気を感じて、レンは立ち上がって弓に手をかけた。カリンも一歩踏み出そうとしていたが、それをプリムラ自身が手で制する。
「おっと、騒いでも無駄だ。カリンもそちらのマカニの戦士殿も訓練を受けているというだけでなく、外に戦士を数名待機させてある。無駄に罪を大きくせぬ方が得策だ」
 それを聞いたトレニアは、僅かに上げかけていた手を降ろし、そのまま力なく椅子に腰を下ろした。
「さて。話はまだすべて終わっておらぬ。続きをやるとしよう」
 プリムラはそう言うと、トレニアに近づいて来た時と同じようにゆっくりと、黒板の前に立っているカリンの方へと歩き始めた。
 プリムラの周りだけ、何も起きていないかのように同じ空気が流れ続けていた。


 
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