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物語の欠片 緋色の山篇 7

-カリン-

 アヒ族の族長アキレアは、ネリネの話から想像していた以上に憔悴していた。元々の恰幅の良さはそう変わっていないが、目の下に隈を作って覇気がない。いつもの、部屋中を振るわせるような豪快な笑いも影を潜めていた。
 「おお。レン殿にカリン殿。毎度すまんなあ。本当に面目ない。」
 どうにか笑顔を作る努力をしているようだがあまり効果は無いようだ。言葉を発する度に、身体から力が零れ落ちていくようだった。カリンとレンは極力それを気にしてない風を装って簡単に挨拶をし、他の二人のマカニ族を紹介した。
 ホオズキとコキオ。二人とも普段からよく見張りの任務に就いている戦士だ。カリンがまだマカニに住んでいなかった時も、アグィーラから馬を駆ってくるカリンを誰よりも先に見つけて挨拶をしてくれた。コキオはレンより五歳上だが、マカニの外で任務にあたるのは初めての経験であるようだった。明らかに緊張した面持ちでアキレアに頭を下げる。年長のホオズキはさすがで、いつもと変わらず朗らかに一礼した。
 「族長。皆様には少し申し訳ないけれど、採掘する時に土木師が泊る小屋に宿泊していただきます。このまま私が案内するけどいいですよね?オウレンさんには話しておきました。」
 「ああ。頼む。ネリネも、すまんなあ。基本的にマカニ族のお相手はお前に任せる。私よりうまくやるだろう。」
 「またそんなこと言って。私はカリンとレンと一緒に仕事ができるなら嬉しいんですよ。本業の火鎮めの巫女は、まあ他にも居ますしね。それより、族長。いい加減いつもの元気を取り戻してくださいよ。こちらまで調子が狂います。」
  「ははは。そうだなあ。マカニ族も来てくれたことだし。いい方向に進むことを祈ろう。」
 乾いた笑いを残して俯いてしまったアキレアに溜息をついた後、ネリネはこちらを振り返って肩を竦めて見せた。
 そのままアキレアの部屋を退出しようとした時、ひとりの女性とすれ違った。ネリネはその女性をアキレアの妻だと紹介し、カリンたちのことは今回協力してくれるマカニ族だと説明する。アキレアの妻は、どうぞよろしくお願いいたしますと慎ましやかに頭を下げると、アキレアの元へ近づいて行った。
 「ツバキ様は、ああ見えてとてもしっかりした方なのよ。あまり表には出ていらっしゃらないのだけど、族長を陰で支えているのは間違いなくツバキ様ね。」
 「そういえば、初めてお目にかかったわね。噴火の時、アグィーラに避難していらした?」
 「勿論。あの時も、自らマカニへ行くという族長に代わって、アグィーラに避難してきているアヒ族を裏で取りまとめて下さっていたわ。」
 「そうだったの。」
 「任命式とかレフアの結婚式とかああいう公の場は苦手でいらっしゃるから、族長も毎回同伴はされていないの。」

 アキレアの館を出たところで、レンがカリンを、コキオがネリネを乗せて空へ舞い上がる。コキオは相変わらず緊張していたが、以前何度かマカニ族の背に乗ったことのあるネリネの方が慣れており、コキオの表情も程なくして緩んだ。
 土木師の小屋というのはフエゴ火山の麓付近に建てられていた。いかにも急ごしらえらしく簡素な小屋だったが、広さは十分だった。中にはベッドが五つと、食料を煮炊きできる設備もある。水も引かれていた。
 「ここから、今採掘しているところまでは徒歩で一時限かからないくらい。飛んでいけばあっという間よ。食料はそちらの棚に準備してあるから適当に使って。マカニ族が居る間は採掘の作業は止めてもらっているから誰も来ないはず。何か質問は?」
 「今のところはない。僕たちは交代制で見張りにつく。一度に見張りにつくのは二名。一名ずつ交代しながら回すよ。戻って休憩する人はここで食事や睡眠をとればいい。」
 「カリンはどうするの?」
 レンの言葉にネリネが首を傾げる。
 「カリンは飛べないから、見張りの間に何かあっても知らせに戻れない。最初から見張りの頭数には入っていないよ。まあ臨機応変に、かな。」
 「そう。…カリン、ごめんなさいね。私は村に戻らなくてはならないの。レンが居るから大丈夫だとは思うけれど…。」
 「ふふ。男女のことを言っている?大丈夫。慣れているの。私、昔戦医だったのよ。」
 「ああ、そういえばそうだったわね。何というか、すごいわ。尊敬する。」
 「私はネリネを尊敬しているわ。アヒの族長様は奥様に支えられていると言っていたけれど、ネリネも随分支えていると思う。」
 「そうかしら。放っておけないのよ、族長。そういう人柄も得よね。」
 カリンはネリネがアキレアにだけではなく世話を焼いているのを知っていた。カリンのように巻き込まれるのではなく、自ら望んで関わっている。そして決して事件に翻弄されない。関わるべきでないと感じた時には手を引く。それをいつも羨望の眼差しで見ていた。
 ネリネに案内してもらった採掘場は、ポハクのものとは少し違った。山全体に鉄鉱石が散らばっているので、ひとつの鉱脈を深く掘り進むというよりは、穴がいくつも開けられているといった雰囲気だ。これならば、鉄鉱石の鉱脈を見つけるのも掘るのもポハクよりずいぶん楽だろうと思われた。
 レンを含めた戦士たち三人は、見張りの立つ位置を念入りに打ち合わせている。カリンはその間に、ネリネと共に開けられた穴のうちのひとつに入ってみた。背の高い大人、例えばマカニの族長のような体格であればかろうじて立っていられるような高さの穴。ポハクの坑道に比べて閉塞感がある。女性にしては背の高いネリネと二人で穴の中に居ても、息苦しさを感じた。
 「あまり長くは作業できなさそうね。」
 「そうね。私もここまで来るのは初めてなのよ。でも、あまり壮大な穴を開けられてしまうと、また火鎮めの機微が変わるからこのくらいが有難いわ。」
 「ああなるほど。そういう意味合いもあるのね。」
 「ツバキ様も昔は火鎮めの巫女だったみたいよ。私が舞を始めた時にはもう違ったけれど。表には出なくても、一応族長補佐というお立場だからね。」
 「そう。アヒの族長様は早くに結婚なさったのね。」
 「見てみたかったなあ。絶対に美しかったと思うのよ。今も所作がお美しいもの。一度お願いしたのだけれど、やんわり断られてしまった。」
 「カエデさんみたいな方なのかしら。」
 「カエデさん?マカニの族長の息子さん?どうかしら。確かにカエデさんも敢えて目立たないようにふるまっていたわよね。」
 「そうなの。いつもさりげなく皆を助けてくれる。」
 「そういえばイベリス、今族長補佐なのでしょう?」
 「そうよ。立派な族長補佐。でも採掘工も続けているわ。」
 「族長補佐も色々ね。まあ族長にも個性があるから。ワイはどうなのだった?」
 ネリネに尋ねられてカリンはどきりとした。こういう時、無理やり自分を納得させたものの、未だに上手く心の整理がついていないことが分かる。
 自分の心の整理も兼ねてネリネにワイの事件について話して聞かせると、やはりエリカと上皇のくだりで目を丸くした。
 「うわぁ。そういうことなの?マカニの族長も災難。ワイの族長も気の毒と言えば気の毒だけど、でも、ねぇ。」
 ネリネの素直な反応に、救われた自分が居るのを感じる。
 「うん。それで、結局ギリア様はそれから程なくしてお亡くなりになられて、今はアグィーラから派遣された元官吏が補佐をしている。」
 「ああ。ワイの族長の旦那様のご葬儀の話はちらりと聞いた気がするわ。うちの族長は欠席したと思う。」
 「族長様はどなたもいらしていなかったわ。エリカ様も、あまり大ごとにはしたくなかったみたい。」
 「当たり前だけれど、族長たちにも色々あるのね。」
 「そうね。」
 「ああ。どうしようかなあ。」
 「何が?」
 「うちの族長、今、あんな感じでしょう?このまま族長辞めるなんて言い出しそうで。」
 「後任は?」
 「さあ。この人っていう人は思いつかないわ。」
 「それで、どうしてネリネがどうしようかな、なの?」
 「アヒは村人の投票で族長を決めるの。このまま投票したら私が族長にされてしまう可能性が無いとは言いきれない。最近、変に目立ってしまっているから。」
 今度はカリンが目を丸くする番だった。確かにネリネは面倒見が良い。おまけに火の化身でもあるから知名度も高い。しかし、族長になるにはあまりに若かった。カリンたち化身の仲間の中で一番年上だとしてもだ。まだ三十に手が届かない。
 「ああ、そんなの絶対に嫌。何が何でも族長を元気にしなきゃ。お願い。協力して。」
 「それは勿論よ。」
 有難う、と少し大げさに言ってカリンに抱きついたネリネは、しかしおそらく本当に困っているのだろう。カリンが背中を優しく撫でると、もう一度小さな声で、ありがとう、と呟いた。


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