見出し画像

悩むより、解決するより、今ここから新しく生きる。

やっぱり私、このnoteを、この自分の小さな世界を、読んでくださる人にとっても私自身にとっても楽しめる気持ちのいい場所にしたい。

土曜の朝。

時々起きて水分補給しながら、本格的に起きたのは10時半。

美味しいものを食べに行きたい。気持ちのいい夏の休日に繰り出したい。ゆっくり寛げる部屋作りもしたい。

やりたいことはたくさんあるけど、やっぱり一番心が求めているのは書くことだった。

お気に入りの琉球グラスにアイスコーヒーをつくって、窓際にあぐらでパソコンを開く。


さて、何を書こうかな。

まず頭に浮かんだのは、やっぱり昨日のことだった。
社会人2年目。行かないつもりだった、先輩たちが若手向けに開いてくれた飲み会に、同期も行くからと参加した。
周りの人は優しくもあり、楽しい瞬間もある。
でも。
体調や、次から次へと言い渡される「正解」の数々に苦しくなって。

決心しそうになる自分、現状を変える一歩を踏み出したい自分と、
これも大事だよね、これでもいいよね、ありがたいよね、そう言い聞かせようとする自分。

そんな悩みを解決したくて、考えなきゃなと思って、そのことを書こうかなと思いました。

でも、ふと、この世界は、noteという世界は、とても幸せなものにしたいと思ったのです。

耳障りがいいだけのことは書きたくない。本当の気持ちを美化してごまかしたりもしたくない。

でも、このnoteは、世界について悩むための場所じゃなく、
周りの世界、自分の心のなかにある光の部分を見つめるために使いたい。

どんどん和らいできてはいるものの、やっぱりまだ、問題があるならそれは必ず解決したいと思っていて。
だからその問題から離れられず、「悩む」ことになるんだ。

なんだか、私の思考は気が付くと、「本当のこと」に向いていた気がする。正解なんてないとわかっていても、なにかこうひとつの解決方法を求めていたというか、こうだからこうなんだ、と答えを求めていたというか。そのために「悩んで」いたような気がする。

だけどもっとシンプルに、見たい世界、いたい世界、ときめくこと、希望を感じるものに、照準を合わせていってもいいのかもしれない。
問題のすべてを解決しなくても、問題はあるままでも、それがかすむくらい希望を集めていたら、問題が問題でなくなることもきっとある。

起きた問題の解決より、今ここから新しく生きる。
手放す怖さもあるけど、読んでくださる人のいるnoteという場所でなら、やってみれる気がする。

この記事が参加している募集

読んでくださり、本当にありがとうございます🌷 スキやコメントでつながってくださったら、さらにとっても嬉しいです! サポートをいただいた場合は、心を動かす体験に代えて、文章を書きます。