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【連載小説】パンと林檎とミルクティー

8 土曜日午後3時

「それはないよね」

 午後のミステリー2時間ドラマをみながら、真智子は声を上げた。
 ひとりでテレビを観ながらツッコミをいれてしまうとは、すっかりおばちゃん度マックス状態。

 ドラマの中では、刑事が、殺害された女性の部屋から日記を見つけ出していた。
 日記は、真ん中あたりの1ページが破られている。
 刑事は、その日記をみて「犯人の仕業だろうか」なんてセリフをほざいている。

 ばっかじゃないの、と、真智子はテレビに向かってまた声をあげた。

 いかにも「ここのページ破りました」なんてわかってしまう跡を残すとは、雑な犯行だ。
 犯人に決まっている。

 日記を書く習慣があるほどの被害者なのだから、日記そのものも大切にしていたに違いないのだ。
 日記を書くためのノートは、選びに選んで高い一冊を買ったのだと思う。
 日々、思ったことを思ったまま、思いごと大切にノートに綴っていたのだ。
 なのに、破るわけがない、と、真智子は思う。
 もしも破るなら、相当の理由がある。
 もしも破ったなら、破ったとわからないくらい丁寧に1ページごと破るに決まっている。

 大切な日記帳なのだから。

 2時間ドラマの最後までみることを、真智子はしなかった。
 すぐに支度をして、2つ隣の駅前にある大きな文具店に向かったのだ。
 どうしても、今テレビで観たあの日記帳が欲しくなって。
 たぶん、フランスの有名なノートのブランド。
 表紙は黒。
 ゴムバンドで止めるデザイン。
 中身は、無地と横罫。

 紙質は、いいに決まってる。
 油性のボールペンでも、万年筆でも、ひっかかりがなく書きやすい。
 
 大学ノートよりも、ちょっと、値が張る。
 今の真智子には、ちょっとだけ出費だなと思えてしまう。
 
 それでも、欲しい時には買う。
 無理してでも買おう。

 真智子は、駅までの道を早足で進んでいく。


つづく


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