拝啓、竹中平蔵さま 〜日本の労働市場改革の話〜
冬の寒さがひとしお身にしみるころとなりましたが、竹中先生はいかがお過ごしでしょうか。
先生はご記憶にないとは思いますが、わたしは大学生だった20年前、先生にお目にかかったことがあります。今日は、わたしの「その後」を詳らかにしながら、"聖域なき"労働市場改革について先生のお力を賜りたくお手紙を書いています。
改革案その1「企業から地域への責任転換」
あれは、就職活動真っ只中の大学3年生の冬でした。日本経済新聞社主催の学生向け株式運用コンテストに向けて、わたしは金融工学ゼミの友人たちと投資対象選定のテーマを練っていました。「研修や留学制度など社員への教育投資をしている会社は、株式市場でも評価されるべきだ」。当時流行っていた「社会的責任投資(SRI)」を「社員への人材投資」に拡張解釈したそのレポートは、短期の運用成績こそ振るわなかったものの、当時金融庁長官であった先生から、直々に敢闘賞をいただいたのでした。
今にしてみれば、当時のわたしは世間知らずだったな、と恥ずかしく思います。大学を卒業して社会に出たわたしは、働きながら資格を取り、転職を重ねました。自己研鑽の主体は、あくまでも「労働者たる本人」です。"リスキリング"や"DX"などというテーマで、中小企業への補助金制度が創設されています(*1)が、雇用主たる企業に人材投資の責任まで丸抱えさせるのは酷ではないでしょうか(*2)。働く人の健康やキャリア形成を見守る主体を別に設け、企業に協力義務を負わせる制度が望ましいと考えます。
改革案その2「家庭ごとのジェンダー施策」
「男性正社員」の賃金カーブの見事な山型と、「女性正社員」のなだらかなカーブ(*3)。
このグラフを見ると、アベノミクス第三の矢として「”女性の活躍”を経済成長の原動力とする」と安倍元首相が宣言した頃、4社目の転職先で第一子を授かった時のことを思い出します。やっとの思いで保育園(*4)を見つけ、産後6ヶ月で職場復帰した時の育休明け研修での出来事でした。
「時短勤務に甘えないでください。旦那さん含むあらゆるものを使って残業してください」。ご自身の子育て経験を踏まえて、女性講師の叱咤激励が続きます。ヒソヒソと交わされる不安と戸惑いの声。「そんなこと言ってもうちのダンナは深夜まで帰ってこないし…」。
わたしも似たような状況でした。実家の父母の手を借りたい。いっそのこと夫が無職になればいいのに。女性講師の指示通りに働けないことに不満と焦りを感じていました。
明らかに社会構造のせいなのに、なぜ家庭内ケア労働の分担をめぐって夫婦間で争わなければならないのか。
固定的性別役割分担を前提としているかぎり、男性を長時間働かせる会社は、女性を雇用する会社にフリーライドしているのではないか。
この時に感じた切実な違和感から、民間企業においては「1組の男女からなる夫婦が、賃金労働と家事労働を流動的に分担し合う」施策を提案します(24時間365日の滅私奉公が求められるのは、公共性の観点からごく限られた職務だけで良いはずですし、民間企業でその働き方を求めるのであれば、相当の対価と実質的な責任を伴うべきです)。「労働者を長時間働かせた者(企業)勝ち」にならないよう、社会全体で労働強度と報酬水準の足並みを揃えていく必要があるのではないでしょうか。
改革案その3「人材派遣会社の公益化」
なぜ、正規雇用の男性は長時間労働をするのでしょうか。それは、正規雇用と非正規雇用の埋め難い賃金差を正当化するために、「労働の質の高さ」だけでなく「労働強度の高さ(大変さ)」を強調したいだけではないでしょうか。2016年、安倍政権が「同一価値労働・同一賃金」をスローガンに非正規雇用社員の待遇改善を企業に迫り、若干の改善は見られました。ところが、労働者一人ひとりにとってみれば、「一度非正規雇用になると、正社員になりづらい」世知辛い現実は変わりません(*5)。
今、わたしは専業主婦として、午後3時に帰ってくる小学生とお友達におやつを出す生活をしています(*6)。家庭内のケア労働を期待される女性が、長時間労働ができないだけで非正規雇用として安価に使われるのは、全くフェアではないと申し上げたい。
また、正社員雇用の男性も、今の身分制にも似た労働市場が永続すると思っていないはずです。長時間労働をしながら自己研鑽できる人は、そもそも雇われ社員の立場にいる必要はありません。”従前と同等の給与が担保される保証があれば(*7)”、わたしのように家事労働をしながら、セカンドキャリアの種を育てる時期があってもいいですよね。先輩方のように、私生活を捧げた会社が、退職後の食い扶持を用意してくれる時代ではもはやないからです。
具体的施策は、パソナなどの「人材派遣会社収益の公益財源化」です。そもそも、人材派遣会社は、労働基準法や職業安定法に適合しない状態を現状追認ですり抜け、従来の日本型メンバーシップ雇用において企業側が持っていた教育育成・異動権を労働市場でマネタイズしているだけにすぎません。日本の企業がジョブ型雇用に切り替えていくならば、今よりもさらにスキルマッチングが必要となり、公益に資するインフラとしての側面が強くなるでしょう。「今は仕事がないが、我が社に必要な技能を有する社員を”雇用調整助成金”を使って引き留めておきたい」企業と、「新しい商品・サービスを創り出したい」企業の間の利害調整は、労働市場と労働者一人ひとりの判断に任せればよいはずです。
また、地域にたくさんある仕事にきちんと対価がつけば、「地域に就職して”広義の公務"を担う」(*8)ことができるようになるかもしれません。「高年齢者が意欲と能力のある限り年齢に関わりなく働くことができる生涯現役社会を実現するため」という建前からできた”65歳超雇用推進助成金”なども不要になるのではないでしょうか。高齢・貧困化問題を抱えた今の日本には、大胆な政治的な決断が必要だと思います。
最後のお願い
さて、わたしの起業案は未だ宙に浮いたままとなっています。
"女性"起業家を支援するはずの東京都・男女共同参画局の東京ウィメンズプラザからは、「わたしが置かれた状況に何ら解決策を提供できなかったことを申し訳なく思う」とのコメントをいただいたきりです。わたしは殊更自分が女性であることを強調したいわけではありませんが、”自分らしく輝く”などというフレーズで、”家事や子育てに支障のない範囲で”の起業を奨励してきた過去の施策は、ジェンダーバイアスの強化につながりかねない欺瞞に満ちたものである、とはっきりと申し上げておきたいと思います(*9)。
なぜ、男女共同参画局は多額の税金を投じて「女性の起業支援」を行っているのでしょうか。それは、スタートアップやベンチャーが内輪の同質的な「メンズ・クラブ」(*10)から誕生するからでしょう。「”女性だから”事業がスケールしない」のではなく、女性の起業家がそもそも生まれにくい問題が、日本の核心構造にある。
小泉元首相と成し遂げた平成の「聖域なき構造改革」の総仕上げとして、竹中平蔵先生にこれを燃やし尽くしていただきたく、ここにお願い申し上げる次第です。
追伸
「スタートアップは同室性の高さが求められるから、メンズ・クラブになるのは理解できる」「女性起業家は女性だけでやればいいのでは」とのご意見をいただきました。わたしが「ウィメンズ・クラブ」に参加するだけで、男女や家族をめぐる不幸な構造問題は解決するでしょうか。この問題は、スタートアップやVCの皆さんだけでなく、永田町の皆さんも無関係ではないはずです。
わたし一人では手に負えないので、どうか一緒に考えてください。
「日本に寄付文化を」にご共感いただけましたら、サポートのほどよろしくお願いします🙇♀️💦