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長髪の女

 糖尿病である、と診断された。
「そうですか」と言うと、「そうですよ」と医者は厳しい顔を作る。
 自制心自体が自制しているようなので、ここ数年は甘いものや濃いものばかり飲み食いしていた。だからその診断結果にも「それはそうなるだろうな」としか思えない。
「見え方には問題ありませんか」医者はモニターと私を交互に見る。「チリやホコリのような、変なモノは目に映っていませんか」
 変なモノではないですが、と前置きして、返答する。
「目の端に、長髪の女が映ります」

 医者に直々に連れられて、眼科のブロックへと向かった。病院は広い。
「糖尿病網膜症かもしれない」と医者は言った。名前の通り、糖尿病が引き金となって起こる合併症だという。
 エレベーターのボタンを押して、医者は振り返る。
「じゃなきゃ、精神科だ」

 老老男女が話に花を咲かせている待合室を素通りして、医者は診察室の扉をノックした。どうぞ、と中から声がする。
「こちらへ」と眼医者に促され、丸椅子に腰を下ろす。医者は脇にあるベッドに腰掛けた。このまま付き添うらしい。
 眼医者に言われるまま、特殊な機械に顎を乗せる。青い光が目の前をスライドして行き来する。

 いいですよ、と言われて機械から顔を外す。
「網膜症か?」
 医者が眼医者に尋ねる。
 眼医者は難しい顔をして言葉を返す。
「目の端に、長髪の女のタトゥが入っている」
 医者と眼医者が険しい顔を見合わせる。
「目の端に、長髪の女のタトゥを掘ったのです」と私は言った。

 そりゃああなた、目の端に長髪の女が映りますよ、と医者が言った。
 はい、と私は頷いた。
「よかった」と眼医者は言って、「よかった?」と首をかしげた。



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