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大事なことは、大体バブルの申し子から教わった

私は新卒で出版業界に入り、1年後に女性情報誌編集部へ配属された。

https://note.com/tsu_re_zu_re_/n/n2e0ddf7ad82

その頃はまだ、雑誌とネット情報が対等で、流行やトレンドをとにかくネットより早く……まぁ、そんなことはムリなのでネットより詳しく! 丁寧に! と言われ続け、アクセクと走り回る毎日だった。

隔週の雑誌だったので、特集前半発売チーム、後半発売チーム、そして連載チームの3班制、そこに進行管理のお姉さんと、編集長がいた。

女性誌ということでメンバーの8割が女性で、しかも同年代が集まっていたのでいつも女子校の部活のように、キャッキャと仕事をし
「今度オープンするレストランのレセプションに行こう」
「あのブランドのファミリーセールへ行こう」
「クリスマスコフレのサンプルを貰ったから分けよう」
なんて、キラキラした会話をしていた。

私は、新人で年下のほうだったので(Kポでいうマンネライン、うふふ)、キラキラしているお姉さんたちに一生懸命ついていき、20代前半でSK-ⅡやらAlbionやら、クラランスやら高級化粧品のおすそ分けをもらったり、ちょっといいブランドの服を80%オフで買ったり、ハリウッドスターのインタビューの見学をさせてもらったり、いい思いをしていた。

はい! ここまで!!
いい話はここまでです!!

実際、隔週の情報誌なんて、先ほど触れたいい思いは、2割程度で、2週間に1度は徹夜だし、いつも何かに追い詰められてるし、いつも誰かに怒られてるし、もうネタなんて出ないし……と、残りの8割は、なかなかの地獄っぷりだった。

このなかで一番タフだったのが、編集長だった。
20~30代女性中心の編集部の中で、編集長は40代前半の男性。
ライバル誌からは「あそこの編集長、エセ石田純一」と言われており、「サマーセーターを肩に縫い付けている」とか「素足にローファーを履いている」という間違った都市伝説まで流されていた人だった。

彼はバブル全盛期に、最もトレンドを押さえていた雑誌からやってきた人で、「エセ石田純一」と言われても、まぁ間違っていないタイプの人だった。
高級ブランドが好きで、ゴルフが好きで、香水強めで、私たちを「おまえら」と呼び、常にどこかから、かかってくる電話に「シモシモ~」と言って応じていた。

私は、はじめて見るこの「バブル終わっていることに気づいていない人種」が恐くて仕方がなかった。
六本木ヒルズと表参道ヒルズのことを、ロクヒル、オモヒルって言うし、
「チャンネーとザギンでシース―食ってから、シータクでギロッポンに移動中」って電話かけてくるし、
フジテレビのことCXって言うし、
12時過ぎることを「テッペン」って言うし、
なんだかもう、恐ろしすぎて、できるだけ関わりたくない……と思っていた。

ある日、真夜中に私たちが、コンビニのお弁当を食べながら校了作業をしていると、
「おまえら、かわいそうになぁ~。俺たちのときは、ザギンで高級弁当取り寄せてたよ。そんなに添加物ばっかり食べてると、死体になっても腐らないらしいぞ! ははは」
と、場をしらけさせるようなことを言い、
「校了明け、そのまま大阪出張行きます」と言うお姉さんに、
「新幹線の始発で行くんだろ? 俺たちの時はヘリ飛ばしてたよ」
などと、「だからなんやねんっ!」という自慢をしていた。

たくさんいるメンバーの中で、新人下っ端の私なんて、ほとんど会話をすることもなく、認識もされていないんだろうな……と思っていたら、ある日突然、こっぴどく叱られたことがある。
私が、広告営業さんと電話をしながら「じゃあ、そこはモデルの〇〇さんを使って…」と言った瞬間だった。

「電話切って、こっち来い!」
「使うってなんだよ? おまえそんなに、偉いのか?? お願いするだろう? お願いする相手がいて成り立ってる仕事だってこと忘れるな!!」と怒鳴られた。
あまりの恐怖にブルブル震えていたのを覚えているのだが、編集長のいうことは当然で、私はあれから二度と、仕事相手に対して「使う」という言葉を使わないと誓った。

その他にも
「校了紙の赤字は額縁に入れてもいいくらいきれいに書け」
「固有名詞は形で覚えろ」
「工事現場を見たら、何ができるのか現場の人に聞け」
「スタッフさんたちと1度は、同じ釜の飯を食え!」
「味方をたくさん見つけろ」
「手土産はセンスだ!」
「撮影中のお菓子選びもセンスだ!」
「タイトルは1文字でも短くしろ」
「リードをダラダラ書くな!」
など、編集者として大事だなと思うことは、だいたい彼に教わった気がする。

こんな回想を書き綴ると、彼は引退したのかな? なんて思われるかもしれないが、じつは今も現役バリバリで働いている。
――というか、今の会社に先に転職していて、私を引っ張ってくれた人である。
編集長でもなくなって、YouTuberやブロガーなど、書籍の著者さんたちも変わっていく中で、時代についていけず、一瞬しぼみかけたように見えてしまったのだが、最近ヒット本を連発している。
しかも、YouTuberさんや話題の番組から、著者さんを見出している。

いや、編集長、素晴らしいです。
これって、情報誌上がりの探究魂だろうか?
工事現場にズカズカ入っていって、「これって何ができるんですか?」と聞けちゃう人だから、新しい世界でも臆することなく「本書いてみませんか?」って言えるんだろうな……。

バブルの力、スゴイ!

昔、本っっ当に、彼に頭にきて、どうしても仕返しがしたく、
「バブルなんてもうとっくのとうに終わっていることに気づいてないの、あなただけですからねっ!!!!」
と言って、傷つけたい!
と騒いで、お姉さんたちに止められたことがある。

これは、いつかまた、本っっ当に頭に来た時のために温存しておこう。

編集長のおかげで、ギョーカイ用語の翻訳がすっかりうまくなってしまい、
「ゴマダレ」のことをふざけて「レーダーマーゴ」と言っている若人に、
「”マーゴ―のレーダー”だよ。正しくは…」と教えてあげることが出来ました。


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