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いつも竹内紙器製作所のSNSをご覧いただきありがとうございます。 インスタグラムでは製品や製作所のこと、それから参加させて頂いたイベントや幸浦のことなどを紹介させて頂きました。 そして同じ横浜市金沢区を拠点に活動する人たちを紹介するコンテンツ「金沢ピープルファイル」を今後はnoteに移行して、より読み物として充実させていきたいと思います。まずはすでに公開済みのアーカイブから。 第1回目はAozora Factoryの本多竜太さん、 第2回目はヨコハマ機工の吉岡璋さんで

    • 金沢ピープルファイル003: 原田英二⑥

      どんな町にもたいていひとつは気のおけない食堂があります。竹内紙器製作所のある幸浦で言えば「メルヘン」がそう。これからするのはそのメルヘンをめぐる、ある家族についての物語。あらかじめおことわりしておきたいのはすべて本当の話だということ。 第6回 店のこと② 金沢自然動物公園で1992年に開店した動物園店はレストランと売店のどちらもかつてない規模で、セルフサービスを導入したり初めての連続だった。オープンしてから4年目に娘の結婚披露宴もここでやったんだ。娘の旦那が知らないホテル

      • 金沢ピープルファイル003:原田英二⑤

        どんな町にもたいていひとつは気のおけない食堂があります。竹内紙器製作所のある幸浦で言えば「メルヘン」がそう。これからするのはそのメルヘンをめぐる、ある家族についての物語。あらかじめおことわりしておきたいのはすべて本当の話だということ。 第5回 店のこと①  最初の並木の店はお洒落な喫茶店ということで始めたんだけど、その頃はまだ埋立地に町ができたばかりでまわりにはスーパーとウチと蕎麦屋と寿司屋と電気屋しかなかった。でも需要はいろいろあった。近所のスーパーも19時には閉まっち

        • 金沢ピープルファイル003: 原田英二④

          どんな町にもたいていひとつは気のおけない食堂があります。竹内紙器製作所のある幸浦で言えば「メルヘン」がそう。これからするのはそのメルヘンをめぐる、ある家族についての物語。あらかじめおことわりしておきたいのはすべて本当の話だということ。 第4回 会社員だった頃  これまでふたつの会社に勤めた。ひとつめは大塚商会。飛び込みでコピー機を売り込んだりして、当時営業職が300人くらいいた中でトップセールスマンになった。社長賞を獲ると社長と料亭に行けたんだよ。一回登ったら降りられない

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          金沢ピープルファイル003: 原田英二③

          どんな町にもたいていひとつは気のおけない食堂があります。竹内紙器製作所のある幸浦で言えば「メルヘン」がそう。これからするのはそのメルヘンをめぐる、ある家族についての物語。あらかじめおことわりしておきたいのはすべて本当の話だということ。 第3回 世界放浪と奥さんのこと 18歳のときに海外へ飛び出して20歳まで世界を一周していたんだけど、食うためにいろいろなことをしたよ。日本から持っていったお金はスリにあってあっという間になくなっちゃったから。ブラジルではコーヒー豆も担いだし

          金沢ピープルファイル003: 原田英二③

          金沢ピープルファイル003:原田英二②

          どんな町にもたいていひとつは気のおけない食堂があります。竹内紙器製作所のある幸浦で言えば「メルヘン」がそう。これからするのはそのメルヘンをめぐる、ある家族についての物語。あらかじめおことわりしておきたいのはすべて本当の話だということ。 第2回 おふくろのこと②  やがて日本は戦争に負けて、ベトナムにいた日本人たちも引き揚げていくんだけど、親父は会社の責任者だったからすぐには帰国できなくて1年くらいハノイで塀の中に囲われてたんだよね。当時おふくろはサイゴンにいてハノイとはそ

          金沢ピープルファイル003:原田英二②

          金沢ピープルファイル003: 原田英二①

          どんな町にもたいていひとつは気のおけない食堂があります。竹内紙器製作所のある幸浦で言えば「メルヘン」がそう。これからするのはそのメルヘンをめぐる、ある家族についての物語。あらかじめおことわりしておきたいのはすべて本当の話だということ。 「なんの話をしていたんだっけな。まったく、何を話していてもおふくろにたどり着いちゃうんだ」 30分ほどお話を伺ったところで原田さんはそう言って楽しそうに笑いました。そう、メルヘンのことを語るにはまず「おふくろ」の話をしておかなければなりません

          金沢ピープルファイル003: 原田英二①

          金沢ピープルファイル002: 吉岡璋⑤

          ▶︎チャーミングな大人◀︎ これまで、吉岡さんのような立場にある、様々な業種の方にお会いする機会がありましたが、吉岡さんのようにチャーミングな大人はあまり見たことがありません。 「人が好きなんだろうね。どこか店に入っても初めての人と会っても、もう何年も前から付き合っているみたいな感じになっちゃう。 吉岡さんは怖いもの知らずだね、なんてことも言われるけれど自分じゃわからないなあ。怖いのは奥さんだね(笑)。胸襟はいつでも開いているよ。 50年やってきているからそれなりに社員は育っ

          金沢ピープルファイル002: 吉岡璋⑤

          金沢ピープルファイル002: 吉岡璋④

          ▶︎プライド◀︎ 〈ヨコハマ機工〉の創業は昭和43年、吉岡さんが24歳のときのこと。 「〈マックス〉での営業成績はトップだったんだけれど、先輩に辞めて失敗したなって言われても、またどこかに勤めればいいやと思っていた。でもそんなのは何もわかっていないってことなんだよ、負債を抱えることになるわけだから。 最初は経験を詰めるだけでもプラスになると思っていた。4畳半に机を二つ並べて、土間に釘を置いてね。結果は非常にラッキーなものだった。ほんとうに、ついていただけだよ。 支社が増えてい

          金沢ピープルファイル002: 吉岡璋④

          金沢ピープルファイル002: 吉岡璋③

          ▶︎職人は速いが機械はもっと速い◀︎ 〈ヨコハマ機工〉を創業する前、吉岡さんは2年半の間〈マックス(株)〉という会社に勤めていました。 「入社したての頃、希望する営業先を聞かれて神奈川を選んだのは京浜工業地帯があったから。長野を選んだ先輩に理由を聞いたときの答えが印象的だった。『ドライブしに行くようなもんだから』って言うんだ。そんな給料分しか働かないような発想の人もいるんだってびっくりしたよね。ぼくは商人の息子だからかもしれないけれど、お客がたくさんいるところに行って、忙しい

          金沢ピープルファイル002: 吉岡璋③

          金沢ピープルファイル 002: 吉岡璋②

          ▶︎ 結果オーライ ◀︎ 〈ヨコハマ機工〉の仕事はファスニング、つまり「打つ、締める、綴じる」のプロフェッショナルだということ。しかし吉岡さんの家業は本屋でした。四谷で営まれていた〈吉岡書籍株式会社(通称:吉岡書店)〉では販売だけでなく、出版も行なっていました。 吉岡さんはその3代目となるはずでしたが、そうはなりませんでした。そこには例えば山田太一が描いたりしそうなドラマがあるのですが、それはまた別の機会に。 「親の仕事は継ぐものだと思っていたけれど、もし本屋になっていたら新

          金沢ピープルファイル 002: 吉岡璋②

          金沢ピープルファイル 002: 吉岡璋①

          ▶︎かっこいい大人◀︎ 仕事にがむしゃらになっていると(それはそれで幸福なことではあるのですが)なかなか他のことに目を向けることができなくなってしまうものです。 「Aozora Factory」に初めて参加した頃というのはまさにそんな状態で、「金沢区を盛り上げていこうとしている人たちがこんなにたくさんいるのか!」と驚かされ、同時に励まされもしました。 そこで出会った方々の中でも特に心を掴まれたのは〈ヨコハマ機工〉の創業者であり社長の吉岡璋さんでした。 「こんな大人になりたい!

          金沢ピープルファイル 002: 吉岡璋①

          金沢ピープルファイル 001: 本多竜太⑤

          現在「Aozora Factory」の開催を中心に据えて金沢区の魅力を発信するために東奔西走する本多さんは、ふだんはどこか飄々とした雰囲気を漂わせています。しかしその未来について尋ねたときにふと見せた表情は、打って変わって情熱的なものでした。 物づくりのあるべき姿を取り戻したいのだと、職人の格好良さをジャズマンに準えて話してくれました。他人から見ればただの場末のライブハウスが、時に偉大なプレイヤーの聖地になることもある。つまり組織としての大きさも格も関係なく、自分自身を保てる

          金沢ピープルファイル 001: 本多竜太⑤

          金沢ピープルファイル 001: 本多竜太④

          自分というものは探してみたところでそう簡単に見つかるものではありません。 しかし、自分では気がつくことができなかったキャラクターを、誰かが見つけて面白がってくれたとしたら、それも中途半端にではなく全力でその力を信じてくれたとしたらどうでしょうか。 また会ってみたいと思うだろうし、きっといざというときに逃げ出すことなく、力を合わせて立ち向かえるという信頼に変るはずです。 他業種間で交流をするとその度に必ず新しい発見があると言いますが、それを誰よりも楽しんでいるのは本多さん自身な

          金沢ピープルファイル 001: 本多竜太④

          金沢ピープルファイル 001: 本多竜太③

          本多さんのモチベーションは地域を面白くしたいということ。地域を面白くする原動力となるのは人と人の出会いにあると本多さんは言います。 そのためにはひとりひとりが当事者であるという意識が必要になってきます。幸い"LINKAI横浜金沢"には当事者意識(=社長気質)を持つ人が少なくありませんでした。あとはそこにある強みを見つけ、できることをつなげていけばいい。 ある人は「良くも悪くも会社は人を普通にしてしまうところ」だと言います。しかし本多さんは、その人の「強み=キャラクター」を見つ

          金沢ピープルファイル 001: 本多竜太③

          金沢ピープルファイル 001: 本多竜太②

          「Aozora Factory」の代表を務める一方で印刷会社にアルバイトで入社し、工場長を経て常務取締役にまで叩き上げた本多さんの元には、本業以外にも様々な案件や相談事が舞い込んでくるのだそうです。 最近ではものづくりの環境もシステマチックになり、同じ産業団地にいるにも関わらず他の会社が何をしているのか知らなかったりすることが多く、企業間の横の繋がりがなくなりかけているのではないかと本多さんは感じていました。 だからこそどんな案件でも断わることなく、知らない業者であればあるほ

          金沢ピープルファイル 001: 本多竜太②