価値共創の営業 vol.1: BuyerーSellar Relationship (バイヤー・セラー・リレーションシップ)
価値共創の営業 vol.0: 営業活動が届ける価値をサービスの観点から考える
価値共創の営業 vol.1: Buyer-Sellar Relationship
価値共創の営業 vol.2: Value-based Selling
価値共創の営業 vol.3: Key Account Management
noteの説明
最初に今回のnoteの目的です。このnote(合計4本、残り2本は9月最終週までに順次up予定です)で達成したい目的は、B2Bセールスに携わる皆さんが自分たちがお客様に届けられる価値って何だろうかと考えるきっかけとなり、それらを実現するための一つの参考図書的存在になることです。ここで説明される内容はスキルではなくマインドであり行動様式ですので、例えば業種やプロダクトが変わっても適用できる普遍的かつ土台となるものを目指します。
価値共創の営業 vol. 0では、サービスに焦点を当てて、価値共創の震源地であるサービスドミナントロジックに触れながら、サービスを通じたB2Bビジネスにおける価値創造プロセス(価値共創プロセス)を考察しました。その中で重要な事として、価値共創は買い手と売り手の相互作用によって促進されるというものがありました。このnoteでは、買い手(バイヤー)と売り手(セラー)の関係性に着目してまとめることで、価値共創を進める上で買い手と売り手の相互作用をどのように促進していけるか検討していきます。題材として買い手と売り手の関係性に関連する研究論文に目を通すことで、どのような角度から検討、検証されてきた歴史があり、現在地が示されているかを理解しながら、実際に我々が行っているB2B営業実務において買い手である企業との関係構築、価値共創に役立つ内容となることを目指します。
結論から申しますと、B2B営業パーソン(あるいは営業組織)は買い手と売り手の二者間の境界領域を越境して、顧客のコミットメントを得るための関係構築を目指すことで価値共創の機会やその成功確率を高めることができると考えられます。
価値共創についてこれから読み進めるにあたり、まだVol. 0をご覧になっていない方は是非以下のリンクからご覧になっていただいくことをお勧めいたします。
導入として: 買い手と売り手の関係の現在地
買い手(つまりバイヤー)に着目した調査に触れる機会が増えてきました。マツリカが発表したJapan Sales Report(マツリカ, 2022)では、購買担当者や意思決定者を対象とした調査と追加分析レポートを通じて購買プロセスにおける課題意識と社内プロセスの苦労を浮き彫りにしました。
先日出版されたセレブレックス今井氏の最新著書である「されたい営業」では、997名の購買経験者にアンケートを行い、その結果と照らし合わせたリモート時代における買い手と売り手の関係構築でおける営業戦略として、「場を作る」4つのキードライバーと12のディテールを説明したいます(今井, 2022, p. 185)。COVID-19以降に世界のビジネス環境が大きく変わり、営業活動においても(特に日本では)対面で行われていた様々な営業活動がオンラインに置き換わり始めています。その中でも、変わらずに(もしくはこれまで以上に)顧客との価値共創を進めるためにはどんな役割をB2Bセールスパーソンは求められるのでしょうか。
また、B2Bビジネスにおいて非常に重要なことはバイヤーとは誰なのか?を考えることです。B2Bビジネスにおける購買体験では、購入者と実際の利用者が異なったり、意思決定が複数部署に跨るなどして多くのメンバーがその購買決定に関与します。Buying Centerという概念で説明される通り、実際に購入を行う窓口となるBuyers (Economic Buyer)、購買位置決定に関与するInfluencers、実際に購入されたものを使うUsers、契約プロセスを次の段階に挙げるか判断を下すGatekeepers、そして意思決定を行うDecidersです。セールスプロセスにおける重要な各役割に対するアプローチについてはマジックモーメントの渡邊さんがとても読み応えのある解説をしてくださっています。
本編に入る前に、一つ面白い論文を取り上げます。WoojungはAIセールスパーソンと人間のセールスパーソンの営業活動における効果についてBuyer-Sellar relationship stage毎に検証する研究を報告しています(Woojung, 2022)。この論文では、買い手と売り手がビジネスを開始する段階から離脱するまでの関係性ライフサイクル(Exploration/Build-up/Maturity/Decline)と、それぞれのフェーズにおける関係構築の重要な点を示すことで、買い手の期待に対してAIと人間がどのように効果的なアプローチを達成できるかという検証を行っています。この中で重要だと感じるポイントは2つあり、1)買い手と売り手の関係構築では、フェーズ毎に求められる資源が異なると考えられる、2)人にしかできない関係性強化アプローチ(直観力と共感力に基づくもの)と、AIが得意とするもの(ファクトの提示やビッグデータ駆動の情報提供)がそれぞれ効果的なフェーズがあるという事です。価値共創の営業 Vol. 0でも触れた通り、買い手が売り手から価値提案(Value proposition)され、受益する価値はモノ自体ではなくそれに乗って運ばれるコンピタンス(知識や経験やスキルなどのオペラント資産)であるため、各購買ステップのゲートをクリアしながら価値共創の相手としてパートナーシップを結ぶためにはそれぞれのフェーズで最適なアプローチを検討しなければいけません。この時に、「されたい営業」などで提示されている営業コンテンツマネジメントやそれら届ける仕組みは今後ますます重要となり、これをB2Bセールスプロセスで発揮するためにも顧客体験(CX)強化も視野に入れるべきことかと考えます。
長期的な関係構築
価値共創において、買い手と売り手が相互作用を起こすためには両者の関係構築が重要です。B2Bビジネスにおける関係構築とは、買い手が売り手のサービスを認識して、売り手の提案を評価・検討して、契約が完了したのちにパートナーシップが始まる流れの中で、それぞれをより適切にかつ効果的に判断したりベストな選択を続けるために相互理解、信頼することです。会社対会社の関係性で考えた場合に、一つの取引(一件のセールス案件)はこの構成要素でしかなく、企業活動が目指すものと同じくゴーイングコンサーン(永続的に続く)であることが望まれます。その一方で、買い手と売り手の関係性は非常に動的なものであるため、企業は変化する顧客の価値要求に応え続けなければいけません(Woojung, 2022)。
Julieはフォーチュン100に選出される技術集約型企業の主要幹部18名に対する電話インタビューの結果の中で、ベンダーという言葉と明確に切り離されたパートナーという関係を用いてその重要性を説明しています。つまり、売り手企業の営業担当者は(パートナーである)顧客の利益を促進するために緊密に協力しようという意欲を持ち、さらには複雑な環境における不確実性を軽減するために、顧客は協力的な視点を持ったマーケティング・コンサルタントから価値を得ることができることを見出しています(Julie, 2006)。パートナーという位置づけは非常に重要で、これは価値共創を目指すうえで重要な目的の一致とそれに向かった協力、協業の関係にあることを示します。それは一つの取引によって達成される短期的なタスクの達成ではなく、例えば"XYZは私たちとともに成長してきた"という言葉に示される企業と顧客がともに成長する長期的な関係性となります(Julie, 2006)。
目的の一致は買い手と売り手の間で共通の価値観が共有されている結果であり、営業担当者が顧客との関係構築を強化する理由の一つになると考えられます。すなわち、売り手(企業)が買い手(企業)の価値観や目的を理解してそれに見合った行動をとるために、企業は担当者レベルの付き合いではなく組織あるいは企業レベルでの情報のやり取りが有効で、お互いの提供できるケイパビリティをある一時点ではなく継続的に、そして動的にかつタイムリーに対応するためのコミュニケーションチャネルが形成されていることが重要です。この効果はいくつかありますが、プレセールス領域では素早く正確なソリューション提案や社内フィードバックによる研究開発対応(応用開発など)、ポストセールスにおいては顧客ロイヤルティの形成による口コミ効果と他のサービスへのスイッチングコストなどが挙げられます。ポストセールスにおける効果の前者は顧客体験に関する記述の中でも触れましたが、B2Bビジネスでも企業間の人的なつながり(例えば購買者同士の勉強会や特定の業界の学会やコンソーシアムなど)はあり、ある製品やサービスに関する評判は買い手が大企業であるほど横展開される可能性があります。買い手企業の目的(経営計画だったり製品パイプラインだったり)に沿った価値提案を通じて価値の共創ができている場合は、顧客が自社の製品やサービスの活用による効果を共有してくれる機会も多くなります(一方で、業界内の競争優位を保ちたいがために価値あるサービスを自社のみで独占したいと考える買い手もいるかもしれません)。他のサービスへのスイッチングコストは、ただ単に製品を提供しているベンダーポジションと比較して、買い手の業務プロセスに入り込み、スキルや経験として買い手企業の価値創造に貢献している場合に非常に高いものとなります。この時、売り手企業はすでに買い手企業の価値共創の一部を担っているため更なる改善や新しい創造にも関与する可能性があり、その実現に向けたリソース投下を通じて将来的な(確実な)利益と強力な製品、サービスポートフォリオを得ることができます。
まとめ:価値共創に重要な買い手と売り手の関係構築においては、ある一点のビジネスタスクではなく、長期的なパートナーシップを目指す活動が必要である。
関係構築に必要となる要素
ここまで、価値共創に必要な買い手と売り手の関係性について長期的な関係構築によるパートナーシップを題材にして説明してきました。次に売り手が買い手と実際に関係構築を行う上で重要な点について確認したいと思います。実務として営業パーソンが何をすればよいのかを理解できればと思います。
Robertらは自身の研究におけるリレーションシップ・マーケティングの理論的背景の中で、信頼とコミットメントは、時間の経過とともに当事者間の相互作用のルールを形成することによって、関係を囲い込むと説明しています(Robert, 2006)。そして企業間の関係構築、強化において信頼とコミットメントは重要なもので、その下に一定期間投資されたリソースは十分に高いスイッチングコストとなります。これを買い手側から考察すると、B2Bビジネスにおける価値創造のパートナーシップ(つまり買い手との価値共創)を任せられる企業の選別と決定は非常に重大な意思決定事項であり、製品やサービスの導入による価値創造を信じ(信頼)、選定と価値検証には自社も多くのリソースが投入される(コミットメント)ため簡単には離脱したくないという心情になります。価値共創の営業 Vol. 0の冒頭でも触れた通り、買い手にとっては契約はスタートなのです。
Bohyeonらが韓国のフランチャイズビジネスを対象にした買い手を売り手の関係性における日和見主義を研究した報告では、二者間のコンフリクトが未解決のままであったり制御できないまま放置されていると関係性は機能不全に陥り、相互に同意した意思決定を導けないと説明しています(Behyeon, 2015)。日和見主義はご都合主義ともいわれ、対立間にある二者で日和見主義が働くことによって互恵的な利益ではなく狭い範囲での自己利益のみを追求する傾向にあります。そして先ほどとは逆の目標の不一致が見られる場合にはお互いの関係に対する期待が異なるため、お互いの行動にマイナスの要因を与え対立はより激化します(Behyeon, 2015)。コミットメントと対立は正反対の情動に見えますし、それぞれが二者間での目標の一致と不一致に影響を受ける事ことが面白い関係です。
買い手と売り手は明確に他者であり、ゆえに境界領域が存在します。営業パーソンはこの境界を超えるBoundary Spannerとしての役割が望まれており、その境界領域の行き来において情報やリソースを交換して信頼のための実績を積み上げていきます(ここでは取り上げませんが、興味のある方はバウンダリースパナ―でググってみてください)。Rogerらはその研究背景の中で価値創造を含む5段階の関係発展プロセスモデルを取り上げています(Roger, 2004)。すなわち最初の3段階は探索と選択、目的の定義、境界の定義であり、第4段階の価値創造はそれらの段階から発展したハイブリッドな構造の上に成り立つとしていて、ここで相互目標の設定、回収不能な投資の投入、プロセスや製品への関係固有の適応が、構造的な結合、協力、 コミットメントの強化とともに、価値が流れる構造を提供するのです。そして最後の第5段階で第4の価値創造ステージで形成され始めた構造的な絆、協力、コミットメントによって、関係の安定性が確保されるステージになります。重要なことは、境界を超えるまでにまず関係の構造にフォーカスしたフェーズ(第3段階まで)があり、それらを積み上げた発展的なステージとして互恵的なアクションを導くコミットメントの形成とその維持と安定があることです。また、Michaelらの研究では企業間のつながりの強さ(Tie strength)が買い手のコミットメント形成に影響することが明らかになっています(Michael, 2007)。この研究では119のバイヤー組織を対象とした調査を行い、ソーシャルボンディングの中で相互サービス、相互信頼、感情的強度の3つが買い手のコミットメントと正の関係にあると述べています。この効果として、買い手による売り手からの購入は長期にわたって安定化し、頻繁に行われ、取引量も多くなり、購入プロセスもより効率的になるよう発展するとしています。
まとめ:価値共創のために営業パーソン(あるいは営業組織)は買い手のコミットメント形成に努め、それを阻害するコンフリクトを取り除きながら絆を深めていく行動が求められる。
ここまでに取り上げたいくつかの研究実績にて共通していることは、買い手と売り手の関係構築において、買い手のコミットメント形成が非常に重要なドライバーになっているという事です。そして、買い手と売り手は相互理解から目的を共有・一致させて、その達成に向けて一貫して(ご都合主義ではなく)取り組むことで長期的なパートナーシップとなり、信頼を積み重ねていくことができます。価値共創の営業において、営業担当者はこれを実現するべく売り手との境界を越境してお互いのケイパビリティをマッチングさせながら提案価値の最大化に努め、価値の共創プロセスを実践することで顧客との長期的な関係に導くことが求められます。これにより営業担当者は企業に対して、1)より深化した顧客理解から発掘される課題への機会提供、2)顧客ロイヤルティが生み出す新規の利益機会の創出、3)スイッチングコスト形成による将来的な売上予測の確保などで貢献することが可能になります。
最後に、このような営業パーソンの行動を促すためには、営業パーソン個人だけではなく組織の市場志向(Firm's market orientation)も重要であり、組織として顧客にコミットメントを示し、市場情報を生成し、営業部隊に情報を伝達してセールス組織内の協力精神(つまり市場志向)を生み出すことは大事です(Eli, 2003)。そうすることで、営業パーソンは仕事の満足度と組織に対するコミットメントを高めることができ、高い職務意識をもって顧客への価値提案に臨めるのです。
参考文献
マツリカ Japan Sales Report 2022 〜Buying Study:購買活動の実態調査〜, https://product-senses.mazrica.com/dldocument/japan-sales-report-2022-summer
お客様が教えてくれた「されたい」営業 今井 晶也(著/文) ISBN: 978-4-86680-187-2
Chang, W. (2022). The effectiveness of AI salesperson vs. human salesperson across the buyer-seller relationship stages. Journal of Business Research, 148, 241-251. doi:10.1016/j.jbusres.2022.04.065
Huntley, J. K. (2006). Conceptualization and measurement of relationship quality: Linking relationship quality to actual sales and recommendation intention. Industrial Marketing Management, 35(6), 703-714. doi:10.1016/j.indmarman.2005.05.011
Spekman, R. E., & Carraway, R. (2006). Making the transition to collaborative buyer-seller relationships: An emerging framework. Industrial Marketing Management, 35(1), 10-19. doi:10.1016/j.indmarman.2005.07.002
Kang, B., & Jindal, R. P. (2015). Opportunism in buyer-seller relationships: Some unexplored antecedents. Journal of Business Research, 68(3), 735-742. doi:10.1016/j.jbusres.2014.07.009
Baxter, R., & Matear, S. (2004). Measuring intangible value in business-to-business buyer-seller relationships: An intellectual capital perspective. Industrial Marketing Management, 33(6), 491-500. doi:10.1016/j.indmarman.2004.01.008
Stanko, M. A., Bonner, J. M., & Calantone, R. J. (2007). Building commitment in buyer-seller relationships: A tie strength perspective. Industrial Marketing Management, 36(8), 1094-1103. doi:10.1016/j.indmarman.2006.10.001
Jones, E., Busch, P., & Dacin, P. (2003). Firm market orientation and salesperson customer orientation: Interpersonal and intrapersonal influences on customer service and retention in business-to-business buyer-seller relationships. Journal of Business Research, 56(4), 323-340. doi:10.1016/S0148-2963(02)00444-7
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?