【小説】 変える、変われる。 : 68
近くのスーパーへ立ち寄って、おすすめシールの貼ってある「天ぷら船」と長ネギを1本購入した。天カスも悩んだけど、船があるから今回はスルー。
車を駐車場へ入れて、部屋に一緒に帰って来た。
「すぐに茹でますから、お茶でも飲んでいて下さい。」
冷蔵庫から麦茶を出して、マグカップ2つに注いでいると、
「手伝います。」
シャツの袖をまくりながら石黒さんが寄って来た。
「狭いので大丈夫です。仕事してきた方はゆっくりしていて下さい!」
笑いながら麦茶を手渡すと、笑いながら受け取ってテーブルへ運んでくれた。
確かに気まずいかも、と思ったので食器棚から麺つゆを入れるのにちょうど良さそうなお皿と箸を適当に選んで運んでもらった。
お蕎麦を茹でている間に長ネギを切って、小鉢に乗っけて、これも運搬依頼。
「お蕎麦の良い匂いがしますね!」
「もう、ボチボチ良いかな。」
ザルに上げて冷水でガッシガシに締めた。
「出来ました。お腹空きましたね、食べましょう!」
天ぷらは上手く温められない自信があるので、麺つゆをレンジで温めて食べることにした。
「いただきます!」
景気付けみたいに両手でパンッと柏手を打って、元気良く。
石黒さんも軽く手を合わせて「いただきます。」
茹で加減が割と上手くいって、腰のある美味しいお蕎麦となっていた。天ぷら船も思ったよりサクっとして美味しい。
「美味しいですね。」
「そうですね、茹で加減ちょうど良かったですね。」
全然食べないかもしれないと思っていたので、普通に食べてくれていて安心した。
「えび天、どうぞ。 お仕事ご苦労さまでした!」
「えへへ、やった!」
遠慮なく楽しそうに取って、サクサク食べている。
超が付く美人だけど、中身は超地味なんだろうなとこっそりとしげしげ見た。普通に蕎麦をパクパク食べている。
ひと通り食べ終わって、麦茶でひと休み。足りないかと思いきや、蕎麦の量が多かったようで満腹。
「足りました?」
「はい、お腹いっぱいで、凄く美味しかったです。えび天、、すいませんでした。。」
「いえいえ、僕はしいたけを食べたかったので。」
「あはは」
「じゃ、送ります。帰ったらお風呂にゆっくり入って寝て下さい。」
「・・・お風呂は無いので。」
そういえば、そんな感じの部屋だった。シャワー室があるか無いかみたいな間取りだったような気がする。
「湯舟は2年位前に社員旅行で行った温泉が最後だったと思います。」
「銭湯とかは・・・?」
「いえ、、近くに無いですから。」
「あぁ。。。そうですか。」
何か聞いたり言ったりすると、思いがけない返事が返って来る。仕事や人間関係以外にも、そういえばずっと我慢の連続だったことを思い出した。
「お風呂・・・、入っていきます?」
下心丸出し風のことを言っているのは自分でも良くわかっている。かなり気持ち悪いことを言っている。でも、別に何かしたい訳では無い。
湯船に浸かる心地よさ、疲れが溶けて流れて心身が快復する様を感じて帰って欲しいのよ。でも、言っていることにそんなことは伝わらないに違いない。
石黒さんが口をギュっと結んで、ジっと見据えて来た。
ああ、違うのよ・・・と思っていても後の祭りは盛大。後に言葉が継げなくなって、しばしの沈黙。
「・・・すいません、ヘンなことを言いました。お風呂は気持ち良いですから、それで。。」
言えば言う程、おかしなことになりつつある。
「私が使わせて頂いたら、ヘンですよね。」
これまた意外な返事。目の赤さは引いているけど、顔が代わりに赤くなっている。
「入るんでしたら、すぐに洗って来ますけど。。」
とうとう真っ赤になった。
「洗って来ます。麦茶、飲んでて下さい。」
すっくと立ちあがって、風呂場へ駆け込んだ。
「入りたい」んだ、お風呂。
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