見出し画像

【読書】 いまも続く、知って、覚えておくべきこと。 ~ 沙林 偽りの王国 帚木蓬生 ~

宗教とそれに関する、実際にあった過酷な事件について書かれた小説の読書感想文です。

しんどくなりそう・・、そんな予感がありましたら、ブラウザをシュっと切り替えて下さいね。


大好きな作家さんである帚木蓬生さん。

現役の精神科医でいらっしゃるので、医療物の小説は抜群に面白いです。

新聞の新書広告に本作が掲載されており、しかもオウムサリン事件が題材となっているとあり、素早く最寄りの本屋さんに走りました。

上下巻なのでまずは上巻・・と、新作コーナーをうろうろしていましたが、まさかの下巻のみ!!!

出遅れたため、隣の栄えた駅まで早歩きで移動し、無事に上巻を購入出来ました。


ストーリーは「自分も家族も苦しんでいる」という、後に誤認逮捕の冤罪により警察からもマスコミからも二重に被害を受ける会社員の方の119番通報から始まります。

所謂、松本サリン事件です。

広範囲に渡る原因の分からない症状の患者が次々と近隣の病院へ運ばれ、医療関係者及び病院は対処療法を模索します。

症状はくしゃみと鼻水、咳と息苦しさ、呼吸困難、そして瞳孔の縮小。

これらについて新聞記者から意見を聞かれたのは九州大学衛生学の沢井先生。

記者からの諸々の状況を聞き、当初は農薬中毒かと考えますが市販の農薬にここまで強力なものは無く、テレビニュースの情報を見ている内に化学兵器として使われている毒ガスに違いないと思い至ります。

自身の思い付きに戦慄を覚えつつ、様々な毒性の強いガスについて思いを巡らせる内にサリンの可能性に辿り着きます。


本書では犯罪に加担したオウム真理教の教祖以下信者、そして被害に遭われた方々も人物はほぼ全て実名にて登場します。

沢井先生や医療従事者、大学や研究所の方々、警察及び検察の方々は実際におられる方の名称を置き換えていると思われます。

沢井先生と云う研究者であり医療従事者である人物の目線で、実際に起こった松本サリン事件を皮切りに、地下鉄サリン事件、目黒公証役場事務長監禁致死事件、坂本弁護士一家殺人事件、警視庁長官殺害未遂事件など、オウムが敵とみなした対象への攻撃から、信仰に疑問を覚えて脱会を考えたり実行しようとする信者への情け容赦無い扱いが描かれています。

そして各事件に関する裁判、洗脳の溶けた元信者と教祖との対決、教祖の人間性なども、記録を元に再現されています。


帚木さんが資料として使われた主要参考文献で、筆頭に記載されている井上尚英先生が恐らく沢井先生のモデルと思われます。

大量の参考文献や裁判調書を読み込み、医療従事者の方々への取材などは相当な時間を費やし、詳細な薬学や劇物などの薬剤情報、様々な世界戦争、日本の731部隊により発見・進化した化学兵器や生物兵器についてなど、名称が簡単に読み込めないながら、素人の自分でもそれなりに理解出来るように書き上げられています。

そしてオウム事件の一連の出来事で露見した、当時の警察の横の繋がりの無さによる情報共有の欠如による一貫性の無い捜査、これによる冤罪や証拠逸脱、捜査の遅れなども見逃せない出来事です。

解説を狙撃事件の被害者である国松元長官が書かれている辺り、本小説が如何に史実に基づいて綿密に書きあげられた小説か分かると思います。


そして、一連の事件に至る恐ろしいことは教団による洗脳です。

高学歴のエリート達が何故にコロリと洗脳され、いとも簡単に化学兵器作成やその使用、殺人にまで手を染めていってしまったのか。

覚醒剤などの非合法薬物使用や、修行の名の下に肉体的精神的に死に至ることもある追い込み方で、思考停止に至らしめる方法にはゾっとします。

死刑宣告を受けた教祖と信者は刑の執行を既に全員受けているため、犯人が捕まっていない警視庁長官殺害未遂事件であったり、教祖の次に全容を知っていたと思われるナンバー2の刺殺事件の真相などは完全にわからないまま蓋をされてしまうことになりました。


自分は地下鉄サリン事件当時、金融機関に勤務していました。

9時の開店準備をしている最中だったか、ロビーにあるテレビの緊急速報に気が付きました。

霞が関駅で大勢の乗客が原因不明の症状に見舞われ、地上では大変なことになっているニュース映像でした。

トップ画面の絵のような状況。

当時、自分の姉は霞が関駅にある会社に勤務しており、時間的に駅を利用している可能性がありました。

上司に姉のことを話し、実家か姉の会社に電話を掛けさせてもらいましたがすぐに繋がらず、まさか・・と心中穏やかでは無い時間を過ごしていましたが、しばらくすると姉から折り返しの電話が掛かって来て、たまたまいつもと違う時間に出勤することにしていて、いまは駅が封鎖されていると聞き、脱力したような覚えがあります。

ここに端を発して、割とニュースや雑誌、新聞で教団の記事があれば必ず今に至るに目を通すようにしているため、興味本位以上に多少詳しい感じです。

雑なコピーにコピーを重ねたような動画は見ませんが、事実に基づいたドキュメンタリー、当事者出演の動画などは見ています。

オウムは後継団体として、アレフ、ひかりの輪、山田らの集団という三つに分派しています。

事件当時から立て板に水の語り口の後継団体代表者が、とある動画に出演して対談をしていたので視聴しました。

他宗教や宗教関連の法律についての知識は豊富なようで、当時よりは穏やかな口調ですが、変わらず立て板に水の語り口でした。

自分は事件当時成人でしたし、身内が被害に遭い掛けていたこともあり、丸っきり鵜呑みに話を聞く耳は無く、単純に「色々詳しいんだな」と思う程度ですが、数々の事件を知らずにこの方の話を聞いた場合、洗脳とは言いませんが、コロリと「教え」を鵜呑みにしてしまう高い可能性を感じます。


数か月ごとに、近隣地域のオウム真理教対策住民協議会の活動報告が新聞の折込に入ってきます。

先日も入っていたので読みましたが、三つの団体は身分を隠して変わらず信者勧誘を繰り返しているとあります。

機会がありましたら、協議会主催の有識者による学習会へ行って見たいと思います。

後継団体に潜入取材した方の動画では、二世信者の方がナンパのような気軽さで、宗教を隠してサークル的な勧誘を入り口に、生まれながらその環境であるがための罪の意識の無さで、次々と同年代の若者を道場へ連れて来るさまを目の当たりにしていたそうです。

安倍元首相狙撃事件で発覚した旧統一教会のこと、ここから見えて来た他の在来・新興宗教の過酷な環境下に置かれている可能性のある二世・三世信者の存在。

宗教に限らず占いや自己啓発セミナーなども場合によっては、悩みに寄り添うようにして洗脳されることもあると聞きます。

広い意味では推しに入れ込みすぎて、身を持ち崩して行くことも洗脳かもしれません。


誰でも不安になったり、仕事や勉強、家族や友人同僚など人間関係で上手くいかないことがあり、悩むことがあると思います。

そんな時に何某かが嗅ぎつけて忍び寄ってくることがあるかもしれません。

今のご時世は良くも悪くも情報が溢れ返っています。

それでも専門性のある堅実な場所を調べて辿り付けたり、信頼出来る相談相手がいると気持ちが落ち着いたり、肩の荷が降りて冷静に考えることが出来るようになるかもしれません。


オウムの一連の事件は刑の執行でひとつの終止符が打たれました。

全ての宗教が悪いとは思いません。

心の拠り所として、日々を穏やかに過ごせる一つの考え方や生活の一部だったりすると思います。

ただ個人的には、生きている人をやみくもに崇め称えたり、お金や資産を「寄付」「浄財」などと生活が立ち行かなくなるほどに搾取したり、無償の過度な労働や奉仕を強要するような相手がいるとしたら信用出来ません。

そして、あの教祖のような人がまた出てこないとも限りません。


作者が医療従事者であるため、サリンなどの毒物に対する描写がリアルです。
実際にあった事件に際して可能な限り対処した医療関係者の方々の描写を読むと、今のコロナ対策に於いての医療従事者の方々に重なり、頭の下がる思いです。


上下巻で約900頁の大作です。

過去の事件の記録としてだけでは無く、現在進行形の話として、実は身近に潜んでいる可能性も含めて、あの当時、テレビや雑誌などで目にしていた方もですが、特に事件を知らない年代の方にお読み頂きたいです。

そして実際にあったこと、現在進行形の出来事として知って頂きたいと思います。

割と重い読書感想文なので、
梅の開花で和んでおくれやす。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?