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食わず嫌い/エジンバラ

昼時、満席のパブでやっとのこと席を見つけた。

イギリスにきて半年、ぼくはまだ、悪名高い“マズいイギリス飯”に出会ったことがない。なるほど確かに、口に運んで違和感を覚える味には何度も出くわしたけれど、それはあくまで“口に合わない”といった程度で、そもそも食文化が違う以上当然のことだろう。これをもって一国の食事全てを掃いて捨てるようにマズいと言うのはお門が違う。

とはいえ、このままでは大した土産話にならないな、と、初めて訪れたスコットランド、エジンバラで、“マズいイギリス飯”の代表選手、ハギスを注文することにした。
一言でいえば、「羊の内臓をミンチにして羊の内臓に詰めて煮るなり蒸すなりした料理」。うん、これはなかなか期待できそうだ。非常時に備えて左手にクランベリージュースのグラスをつかみ、いざ・・・


「ここ、良いか?」

ふと声を欠けられ、ぼくはフォークを置いた。
見上げると大男が三人、僕のテーブルを囲むように立っている。相席の申し出だった。

「もちろん、どうぞ。」
とはいいつつ、ただでさえぎゅうぎゅうの店内が余計狭く感じる。三人は誰もがラグビー選手のような身体つきで、ぼくなんて片手でへし折られそうだ。

いや、へし折るつもりかも…。

男たちはなにやらひそひそと話すと、僕の方をまじまじと見ている。自らの土地の伝統料理を、話のネタにと注文したことがばれたのか。そのあまりの迫力は、あたかもぼくの内臓をミンチにして、ぼくの内臓に詰めて煮るなり蒸すなりせんばかりだった。明らかな視線を感じつつも気づいていないフリを貫いていると、ついに大男のうちの一人が声をかけてきた。

「お前、✕✕✕か?」
声をかけてきた、はいいのだが、強いスコティッシュ・アクセントに何を言っているのか全く分からない。
「はいぃぃ、なんでしょうか…。」
さながら怯えた羊のような声で聞き返す。どうせへし折られるなら、せめて最後にかけられた言葉くらい理解しておきたい。この世に未練は残すまいと、彼の言葉を恐る恐る聞きなおした。

「お前、観光客か?」
「え、いや…そうですが。」

「そうか。」大男は頷くと、大きな身体を何だかもじもじとさせながら、意を決したように続けた。
「その帽子、格好良いな。よかったら借りて、写真を撮ってもいいか?」
「へ?」

どうやら彼らは、ぼくの帽子が気に入り、被ったところをSNSにアップしたいんだとか。ぼくは「喜んで」と、なんだかわけのわからない返事をすると、代わる代わる帽子をかぶってはしゃぐ大男のカメラ役を引き受けていた。


「ありがとうよ。旅行、気をつけてな。」
一通り撮影を終えると、彼らは満足そうに行って帽子を返した。

ハギスは、見た目のインパクトが強いが、多少塩辛い程度で実に美味しかった。

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