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石畳の街/プラハ

不揃いな石畳の凹凸に、黄色い街灯が影を刻む。直線的で無機質な建物の外観とは裏腹に、バーカウンターに所狭しと並ぶボトルの曲線は、店内がどこか、プラハの街並みから切り取られた異空間のような印象を与える。


明日にはこの街を離れ、列車でドイツへと入る。

ビールと言えばドイツ、というとそうでもなくて、こと、黄金のピルスナータイプについていえばチェコこそ本場と信じている。手に持ったグラスの最後の一口を飲み干すと、少し名残惜しく感じたが、明日も早い、カウンターの女性に会計をお願いした。

「Bill please.」
かつては、海外のバーで注文するだけでも大冒険のように感じていたが、いまや手慣れたものだった。アカテン英語が、よくもまあここまで成長したもんだと、少し得意になった。


やがてカウンターから、バーテンがいそいそとぼくのもとにやってきた。手には、勘定ではなく、並々と注がれたビールをもって。
きょとん、とするぼく。ぼくの表情を読み取り、手のひらを口にあてて“やっちゃったと”目をまん丸くするバーテンさん。

「ごめんなさい、“ビール”を注文したのかと思って!“Bill”だったのね…。」
ご説明いただくまでもない。ぼくの英語力もまだまだだったらしい。
「こちらこそごめんね、せっかくだし、いただくよ。」

恥ずかしくいたたまれない気持ちだ。コソコソとグラスを持つと、向かいのカウンターに座っていた、寡黙そうなおやじと目が合った。彼がニッコリと笑いながら、僕に向けてグラスを掲げる。


おやじと乾杯すると、ぼくは急ぎグラスを空にし、今度こそ会計を済ませ店を出た。
酔いか疲れか、帰り道は何度も石畳に足を取られそうになった。

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