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六十話「長い脚の女」

真夏のある昼間。
Uさんが買い物帰りに坂道を徒歩でくだっていたとき。

奇妙な女と出くわした。

坂をのぼる彼女を見下ろす形であったが、その背丈は女性どころか男にしても高い。
そして黒い日傘からは黒髪が覗かせるだけでその顔は見えない。
坂道を歩くには足が品曲がりそうなハイヒール。
足首まですっぽり隠しきった、何重ものレースが着飾ざられたスカート。
手首まで伸びて、もはや日焼けする心配のない長袖のワイシャツ。
いわゆるゴシック系の服を着こんだご婦人だった。

Uさんは坂のうえで彼女を見かけたときからずっと

(汗も吹き出る暑さのなかでたいそうなこった)

などと毒づいていた。


ただ、そのすれ違う一瞬、その格好には似つかわしくない古臭い香りが、風に乗ってUさんに移ってきた。

どこかで嗅いだ覚えのある香りにつられてふと後ろ振り向く。


女は日傘で顔を隠したまま、こちらを見下ろしていた。
どことなく、すれ違ったときより背丈が大きくなっているような気がした。そして、その所作はこちらを嘲笑っているように見受けられた。
その、わざわざ自分と向き合ったいいタイミングに、女は両手でスカートの裾を持ち上げてお辞儀してきた。

まるでこうべを垂れるように、日傘は落ちることなくこちらに倒れこみ、スカートで隠れていた足元だけが、ゆっくりと陽射しのもとに露になった。


表面上、その質感は人間のそれだった。
ただ、人間のそれや、犬や馬の後ろ脚の骨格やらを無理やり繋げた、いわばストローの曲がる部分だけを子供が不規則に寄せ集めたような形をしていた。

それが女の所作と息遣いに合わせて、関節が微かに上下していた。


Uさんはそのまま坂道を転ぶように駆け抜けた。

駆け降りてもなお、後ろを振り返ることなく走り続けた。


このことが原因でUさんは無理をいって仕事をやめ、その町を引っ越した。



「逃げてる間も、ずーーーーーーっと後ろから視線を感じてたんです」

「アイツね、絶対、人間でいう『足の指先』しか見せつけてないんですよ」

「だから、足の関節をぜーーーんぶ伸ばして、高い高いところから、ずっっっっっっと俺のことを見下ろし続けていたんですよ」


目をつけられたから遠いところまで逃げたんです。
Uさんは引っ越した理由をそんな風に熱弁してくれた。


脚を隠すかのように着こんだスカートに対して、日焼けの心配がいらない、手首までボタンを閉めたワイシャツ。
両手でスカートの裾を掴んでいるのに、日傘を落とすことなくしたお辞儀。

そして、どこかで嗅いだ覚えのある古臭い香り。


他にも色々と言いたいことはあったが、彼にとってどれも良い話ではないので、私は黙っておいた。

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