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一方的な提案ではなく、「掛け合い」でデザインは面白くなると思う。|有限会社金波楼 石井盛志 × TRUNK

TRUNKのブランディングは、すべてお客さまとの共創によってできあがったものです。課題を解決するための進行過程で得られた気付きや、制作の裏側にあるストーリーをお伝えしていきます。

1日8組のお客さまを丁寧にお迎えする、大洗の小さな宿「里海邸」。その運営会である有限会社金波楼のコーポレートサイトが2023年2月に公開されました。当主の石井盛志さんに、自分らしく会社の考え方を発信するために大切にしていることについて伺います。

石井 盛志(いしい せいし)
有限会社金波楼 六代当主。明治時代より続く家業を継ぎ、2011年に旅館金波楼を「里海邸」へリニューアルする。大洗旅館組合長および一般社団法人大洗観光協会副会長。


「考え途中」の宿の魅力を、
どうやって外へ伝えていくか

笹目:里海邸の宿泊客向けのサイトは、以前にTRUNKで制作させていただいていました。今回それとは別に、運営会社である有限会社金波楼のコーポレートサイトをつくりたいということで、ご相談がはじまりましたね。

石井:はい。いまスタッフが30名ほどいて、彼らにはふだんの会話のなかで会社の考え方は伝わっていると思っています。でも、これから働いてみたいと興味を持ってくださっている方と、ゆっくりお話しする機会はなかなか持てませんよね。だから、いま私の考えていることを伝えられる場所があるといいな、というのはずっと考えていたんです。

笹目:うちに依頼してくださる経営者の方のなかには、会社の考え方を整理したい、とコーポレートサイトをつくる方もいらっしゃいます。そうした想いもありましたか?

石井:整理したい、というのとは少し意味合いが違うかもしれません。一般的に企業コンセプトって、ひと言できれいに整理されていますよね。でも私の場合、そもそも自分の考えは整理できないと考えているんです。なんというか、答えなんてそんなに簡単に出ないと思っているところがあって。

ずっと「考え途中」なんです。私自身、スタッフと話しながら「ああ、そんな考え方もあるな」と、変わり続けています。だからコーポレートサイトで伝えられるのは、いま私はこんなことを考えながら宿をつくっています、ということだけなんです。

笹目:石井さんらしくて、とってもいいと思います。

石井:でもこんなボヤッとした考えを、どうやってコーポレートサイトとして成立させたらいいかがわからない。そこでTRUNKさんに相談させていただいた次第です。

ゆっくり「会話」するように、
読み進めていくコーポレートサイト

笹目:当初は石井さんの宿づくりの想いをわかりやすく伝えられるよう、インタビュー記事のコンテンツを想定していたんです。でもお話を重ねるなかで、それは違うなと思い至りました。

石井さんの頭のなかにあるのは、いわゆる経営のことというより、日々移り変わる自然、自身を形成してきた音楽、影響を受けた作家たちの言葉など、もっと文化的なこと。伝えるべきはそれではないか、と。

決定的だったのは、石井さんが「文章は自分で書きたい」とおっしゃったこと。今回求められているのは、宿づくりの想いを全員に伝わる言葉にすることではない。表現者としての石井さんの想いを、ご自分の言葉で表現していただくことが非常に重要なのだと気づきました。そうしてできあがったのが、今回のサイトです。

石井さんの心のなかの風景を描いた文章からはじまり、メインコンテンツ「里海邸の日記」へ。まるで文芸作品を読んでいるかのような仕立てとしました。ご自身はどのような想いで執筆されていますか。

石井:大洗の海辺で過ごす時間のこと、お気に入りの本のこと。自分がいま感じていることを思いのままに言葉に起こしています。ゆっくりと「会話」を楽しむように、そんな気分で読んでいただきたいと思っています。

というのも私自身、本気でこの仕事で生きていこうと思ったきっかけが、人との「会話」だったからです。じつは若い頃フラフラと旅をしていたのですが、そのなかでとても心を動かされた宿との出会いがありました。私はとにかく感動して、オーナーさんの所に押しかけてお話しを聞かせていただいたのですが、それが人生でいちばんワクワクした時間だったんですよね。

笹目:そんな石井さんの若い頃の体験を、サイトで再現するということですね。

石井:かつて私がパチンと目を開かせてもらった、そんな感覚を味わえていない方がいるなら、ここに来れば変わるかもしれないよ、みたいな。おこがましいかもしれませんが、サイト上での私との「会話」が、そのきっかけになったらうれしいです。

笹目:今回、写真は石井さんが敬愛する作家 メイ・サートンの作品をイメージさせていただきました。

石井:彼女は女性であり同性愛者であり、自分とまったく違うはずなのに、その文章には、とても魅かれるものがあるんです。私自身がどこかアウトサイダーという意識があるからかもしれません。実際、私を含めスタッフにはそんなタイプが多いんです。たとえるなら、大勢が盛り上がっているなかで、ひとりで風にあたりにベランダに出て行くような。

そんなうちの空気感に何か通じるものがある方に、このサイトが響いてくれたらうれしいです。うちは1度来て「ちょっと違うな」と帰られる方もいれば、とても気に入って毎月泊りに来てくださる方もいる、そういう狭い領域で展開している宿なので。

掛け合いのなかで答えを探っていくほうが、面白いものになる

笹目:里海邸のオープン時から、インテリア監修などをさせていただいていたので、長いお付き合いになります。今回はどんなことを期待して依頼してくださったのですか?

石井:そもそも私のモヤモヤした話に、辛抱強く付き合ってくれる会社さんって他にないですよ。それによくデザイン会社さんって、彼らのなかで先に答えを用意していて、それをデザインとして出してきたりしますよね。それはひとつの提案として、悪いことではないんですが、そこに私の話を聞いて考えてくれた感じがないとダメですよね。

何かをつくるときは一方通行ではなく、掛け合いのなかで答えを出していく方が面白いものになる気がします。それにはもちろん、時間とお金がかかるんですが。

笹目:今回のプロジェクトも、最初のご相談から1年ほどかけて公開となりましたね。

石井:相談して良かったと思うのは、私の話をよく聞いてくれた上で、TRUNKさんなりの意見が出て、それに対して私もまた意見を言う…の反復ができたこと。全員が意見を出し合いながら現時点でのベストな答えを探っていくことこそ、会議のあるべき姿だと思うので。

コーポレートサイトをつくることで、今いる場所を見つめ直せた

笹目:サイトを公開してしばらく経ちましたが、現在はいかがですか。

石井:少し、心が落ち着いた感じがあります。

笹目:ご自身の考えをアウトプットできている効果でしょうか。

石井:それもありますし、自分の今いる場所を見つめ直せたことが大きいと思っています。コーポレートサイトって会社の土台みたいなものなので、つくろうとするとすごく苦労するんです。

でもそこを頑張ると、会社がどのように成り立ってきたのか、いかに周りに支えられているのか、どこに向かって進んでいるのかを再確認することができる。もしコーポレートサイトを持っていない会社さんがあれば、ぜひつくったほうがいいとおすすめしたいです。

笹目:これからのことも、見えてきましたか?

石井:今後の課題は、海外への発信ですね。何をするでもなく、ただ土地の自然を感じて、ただ土地のものを食べて帰ってくる。そんなうちみたいな宿や旅のあり方に興味を持ってくださる方が、きっと日本以外にもいらっしゃると思うんです。

笹目:メイ・サートンみたいな方が泊りに来てくれたら素敵ですね。これからも里海邸の魅力を伝えていくお手伝いができたらうれしいです。本日はありがとうございました。

ライティング|平嶋さやか
写真|矢野津々美