小説 空気 12 内緒の花園

ブランコの事故が起こった数日後、クラスの席替えがあった。
川上先生はしっかりと願いを叶えてくれた。
私は窓際の一番後ろの席で、いつも静かな加賀さんの後ろになった。
これでいつでも空を眺めることができる。

小山は廊下側の一番前になり、また後ろの席の人に強引に話を聞かせている。
「今度の夏休みはどこへ行くの?私はシンガポールへ行くの。」
「へーそうなんだ。」
「お手紙出してあげるね。」
「・・・。」
なぜか、私が恐ろしいくらいに恥ずかしくなった。

前の席の加賀さんは、小山の話を聞いていた。そしてつぶやいた。
「うち、家族揃って旅行とか、絶対にないよ。」
そうため息をつきながら机の引き出しから教科書を取り出した。

加賀さんのお家は確か牧場だったような。

生暖かい風がカーテンを揺らした。

私は窓際の揺れる和室のカーテンの側の壺に活けられた大きな紫陽花と、窓の外に見えるクレマチスが描かれている絵を思い出した。その時確か、この絵を描いた人はとても花が好きなのだな、と思ったような気がした。

「加賀さん、何が良いかなんて、分からないよ。」
私が言うと、加賀さんは後ろを振り返ってギョッとした顔をした。
変な物が喋った!とでも言いたげな顔をしている。

「加賀さん、手伝ってほしいことがあるの。カモミールとミントを、用具倉庫プレハブの裏の土のあたりに生やしたいと思ってて。一緒に種蒔きしてくれない?」
「しないよ。なんでそんなことをするの?怒られるよ。」
「怒られないよ。誰もあそこには行かないよ。それに、もしもの時は、私が一人でやったことにすればいいじゃん?」
「でも何で種まくの?」
「雑草が茂っているより、いいかなって。お茶にもなるし。」
「本当に私は怒られたりしない?」
「うん。」
「じゃあ。今日だけね。」


休み時間になり、殆どのクラスメイトは外へ遊びに行った。
私はランドセルの中から、カモミールとミントの種を取り出して、校舎の裏の用具倉庫へ向かった。

加賀さんは私と並んで歩きたくはないようだ。速度を落としても私の数歩後ろを歩いている。
「佐々木さん、授業中教室に帰らないで何してるの?」
加賀さんは私のことがあまり好きではないようだ。気がしれない、とでも言いたげだ。
「色々。用務員さんと高い場所を掃除したり、枯れ草を燃やしたり。あとは、良い場所を探してたの。種を蒔けるようなところ。」
私は何でもない風にして、靴箱から靴を取り出しながら正直に答えた。
「ふーん。」
加賀さんは私の顔をじっと見ながら靴を靴箱に入れた。

休み時間とはいえ、校舎裏の隅からは、誰も人が見えなかった。その隅にある用具倉庫の裏に何を植えても、きっと誰にも見つからない。自信があった。
「こんなところ、よく見つけたね。」
「絶対内緒ね。」
「うん。」
フェンスと倉庫の間は幅は50センチ程しかないが、長さが4メートルくらいはあった。軽く草むしりをしてから、種を蒔いた。
休み時間が終わるチャイムがなる直前に、持っていた種は全て蒔き終えることができた。ただ、倉庫の後ろ隙間の半分しか使えなかった。

2人は教室へ走り出した。
「佐々木さん、種足らなかったね。」
「うん。何にしようかな。」
「他にも蒔こうとしてる?」
「うん。」
「そうなのか。」
加賀さんは私の横に並んで走っている。
「加賀さんなら何を生やしたい?」
「いい感じのフェンスあるからね。蔓のとかいいかもね。」
「朝顔の苗とか?」
「いいね。」
「私の妹1年生なんだけど、朝顔育ていて、この前間引いた苗を妹が持っていたから、それを貰って兎小屋の後ろあたりに植えたの。日陰だからあまり大きくならないなと思ってたの。あそこに植え替えようか。」
私はそういえば色々なところに色々な植物の苗を植えたり種を蒔いたりしているのを思い出した。
「いいね。私も何か種持ってこようかな。」
加賀さんは靴箱から上履きを取り出しながら天井を見て言った。
「まだ沢山蒔けるからね。いいよ。」
私が上履きを履き替え終えるのを加賀さんは待ってくれている。
「じゃ、うちにあるタイム、今度持ってくる。タイムの花、好きだから。」
「いい花園になりそうだわ。」
並んで階段を上り始めた。
「佐々木さん、いつもこんなこと考えてるの?」
「うん。悪いことやってる。」
私は少し心配だった。まだ軽蔑されているのだろうか。
「悪いことでもないかも。でも先生には言えないな。お母さんにも。」
少し微笑んだ加賀さんを見て、少しほっとした。
「内緒ね。」
「うん内緒。」
そう言って、二人同時に教室へ入った。
先生は真顔で2人を目で追った。
私はごめんなさいの気持ちで手を合わせて、席に座った。
先生は何も言わずに、国語の授業を始めた。

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