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リフノート

「シルバーフォックス」の轟音


まるで2000年代のシブヤのようにドライな雰囲気を持った地下街「吉街きちまち」。
その一角に、ライブハウス「シルバーフォックス」はあった。

店頭には狐のオブジェが置かれているが、片方の眼は割れ、あちこち塗装もはがれて、変なスゴみが出ている。

サイネージディスプレイにはカラフルな無数のヒビがはいり、「本日の出演者」が「日の出」としか見えなくなっている。

五條アヤナは鉄っぽい重いトビラを押し、中に入った。
かつぎ慣れているはずのスティングレーが、今日はやけに重たい。

店の奥からメンバーたちの声が聞こえてくる。

「レン!そのリフいいな!オリジナルか? 5ETHイーサでオファーするぜ!」

「残念だな、こいつはヴィンテージNFTエヌエフティーだ。オリジナルじゃあない・・・ドンフォマの #00011 さ」

大神レンはぶっきらぼうに返した。

そして思いたったように、抱えていたリッケンバッカー330の横っ面を、こんこん、と人差し指で叩きながら話しはじめた。

「知ってるだろ?ケイ 今どきオリジナルのリフなんかねぇよ……
50年前にドンフォマ…『DNTFMTドントフォーマット』が1万フレーズをリストした。それが最後だ。そこでロックの歴史は終わったんだ
……ったく、ドンフォマもそのままフィジカルでいれば究極のロックスターだったのになあ!」

「ああ、ありゃーすげえバンドだったってな……
ん!?ちょっと待て! おまえ、そのNFTの二桁台を持ってんのか?」

「ジイちゃんの代からのガチホさ ぜってぇ二次流通とかしないぜ笑」

──オリジナルのリフでオリジナルの曲を創る

そんなはかない夢に取りかれたミュージシャンたちが、自然と此処ここ「シルバーフォックス」に集まってくる。

音楽のあらゆる要素が『NFT化』されたこの世界では「創作活動」イコール「発行済みのNFTを組み合わせる」ことだった。
そこにオリジナリティは存在しない。

強いていうならば、「そのNFTを所有している」ことが「その人のオリジナリティ」だった。

「レン、悪い、遅くなった」
「おう。アヤナ、 バイト忙しそうだな・・疲れてる?」
「余裕だわ・・・」

アヤナのこの口癖が出るときは、たいてい逆の精神状態だ。
レンはそれを知っていたが、なにも言わなかった。

「すぐセッティングするから」

アヤナはベースの1弦を ビン ビン ビィン ビィーンと弾き、チューニングを始めた。

人類の99%が、その日常の99%を「ワールド」という仮想空間で過ごすようになっても、彼らのような若者たち -「フィジカルクリエイター」はリアルの世界にこだわり続け、昔ながらの「芸術」を追い求めている。

「吉街」はトーキョーで唯一、「ワールド」への入り口「Doorsドアーズ」が存在しない街だ。
そのせいもあってか、ミュージシャン、イラストレーター、ダンサーなど、あらゆる「フィジカルクリエイター」がここに住みつくようになった。

「さて、と ・・リハ始めるか! アヤナ、チューニング済んだか?」
「ああ・・・たまには『Kamui カムイ』でも演る?」
「いいねえ!ケイ、リズム分かるよな!」
「テキトーにヤル。ジェネラティブのパターンでいいよな?」
「オーケー!じゃ、いくぜ!」

カッ!カッ!ドンツカタタタッ!

ダーダダダダー ダーダダーダー

乾いたスティックの音がカウントを刻むと、ミシシッピ川の濁流のように、轟音がライブハウス中に響いた。

それは誰もが魅了されるような、荒々しいギターリフと甘美なメロディから構成された曲だった。

──そしてそれは、誰もがどこかで一度は聞いたことがある、そんな懐かしさを感じさせるサウンドだった。

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リド
Vocal & Bass 五條アヤナ
Guitar 大神レン
Drums タカミ ケイ
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NFT革命前夜


今から約100年前、「NFT革命」が起きた。
それは人類が意図したものではなく、極めて静かに、神秘的に、生命が進化するがごとく世界中に浸透していった。

そして気がつくと、すべての芸術が『NFT化』されていた。

ロックギターの「リフ」も、その何億、何兆、何京ものフレーズがすべてNFT化された。

かつて自由なカルチャーの象徴だったロックミュージックも、もはやクリエイティビティなどは存在しない。
単にサンプルをつなぎ合わせるだけの音楽となった。


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「レン、知ってるだろ『リフの書』のうわさ」

アキラはタブレットから目を離さず、ペン先を器用に動かしながら、話しはじめた。

「『NFT革命』が起きる前にドンフォマが量産したNFTでさ、マーケットに出さなかったってヤツ それがイエローワールドのクリプト神社に分散されて存在してるって話」

「都市伝説だろ、そんなの」
レンはぶっきらぼうに返した。

「それがさ、最近『ネイチャー』のやつらに聞いたんだけど……」
「!!ヤッバッ!! おまえ『ネイチャー』なんかと付き合ってんのか!」

ネイチャーは反政府組織だ。
表向きは芸術のオリジナリティ確保を啓蒙し「フィジカルクリエイター」の保護活動をしている。
だが、裏では暗号資産に関わる様々な不正行為で資金を得ているともっぱらのうわさだ。

「いや、ちょっとDAOダオをのぞいてみただけだよ、関口にアカウント借りてさ」
「……オイオイオイオイ、関口もおまえもちょっとネジ飛んでんな!おまえらぜったい頭脳警察ブレインポリスに捕まるぜ!」

「いいから…ちょっとマジで聞いとけ、あいつらが今必死で解読しようとしているのはさ、鳥居に刻まれた…」
「??鳥居??」
「そう、鳥居に刻まれたオーナーたちの名前だ」

アキラや関口はイラストレーター系の「フィジカルクリエイター」だ。
イラレ系はなぜか情報通が多い。
最もフィジカルに固執しているクリエイター層だ。

レンは何故だか、そんな彼らとつるむのが好きだった。

そして付き合いが長くなるにつれ、イラレ系の狂信的な「NFT以前のアート信仰」に惹かれていった。

──次の日、レンはアキラと関口、そしてごアヤナと一緒に、クリプト神社の大鳥居の前に立っていた。

大鳥居の先には朱色の千本鳥居が、異次元ヘの入り口のごとく、延々と並んでいる。

全員が黙りこんでいるなか、アヤナが口火を切った。
「あのさ、私ヒマじゃないんだけど!・・・だいたい神社に『リフの書』がかくされてるなんてベタ過ぎるでしょ!ベッタベタッ!

「これはかなり確実な情報なんだ……」
アキラは千本鳥居の先のほうを見つめ、視線をそらさずゆっくりと答えた。
「ネイチャーのやつらが言ってたことが、関口のご先祖さんの言い伝えと一致してるんだよ」

関口も口を開いた
「俺のひいひいじいちゃんも鳥居に名前を刻んでるんだ」

その言葉にレンとアヤナは思わず顔を見合わせた。

音楽NFTの界隈では、関口はちょっとした有名人だった。
彼の家系は代々音楽家で、4代前、つまり高祖父こうそふにあたる人物は、音楽好きなら誰もが知っている有名ミュージシャンだ。

関口エイミー
──『エグゼ』というバンドで大成功をおさめ、『DNTFMTドントフォーマット』とも交流のある伝説のギタリスト。
それが彼のひいひいおじいちゃんだった。

レンは興奮を押さえながら関口に問いただした。
「エイミーが名前を刻んでるのか?お前のご先祖さんの!」
「ああ……」
「それで?言い伝えってのは何なんだ?」

関口はゆっくりあたりを見回した。
それにつられて他の3人も、周囲を見回し、そしてふたたびゆっくりと顔を見合わせた。

「俺のひいひいじいちゃんはいつも曲が完成した後、キーを半音上げていた・・・そのほうが曲が明るくなってヒットするって言ってた」
「聞いたことあるわ、その話!」
「ああ、ひいひいじいちゃんの有名なエピソードだからね。で、亡くなる前最後に書いたスコアのタイトルがさ・・・」
「タイトルが!?」
「『柱の男のメロディ-Original Em』っていうんだ」

一瞬の沈黙のあと、レンが口を開いた
「そんなタイトル聞いたことねえな」
「だろうね、そのスコアは エグゼNFT#91986のアンロッカブルコンテンツにしか入ってない。#91986はワンオーナーだから、その人と、ひいひいじいちゃんしか知らないはずだ・・・でだ」

「で?で?」
アヤナも興奮していた。
関口エイミーはロックミュージシャンなら誰もが憧れる存在だ。
彼女も例外ではなかった。

「……スコアの本当のキーはGmなんだよ」

アキラが続けた
「ネイチャーたちが言うには『イエローワールド・署名・GM』っていうのが・・・それが『リフの書』の座標を表しているんだと」

一同は息をのみ込んだ。

レンはあらためて千本鳥居のほうを見た。
暗闇にぼーっと浮かんだ朱色の群像は、ヒトの内臓のようにも見える。

その一番さきのほうが、気のせいか青白く光ったように感じた。

アバター会議


オトは「ネイチャー」のボスだ。

目が大きくて、口は小さめで、鼻は高くはないけど形が良くて、髪の毛の色はピンクアッシュで・・NFTトップクリエイター「おにぎりメン」の手がけるヒットコレクション「キューティー・ガールズ」の可愛いキャラクターによく似ている。
高校生ぐらいに見えるが、その貫禄から30歳代後半位とも思える。
背中にハートの刺青とかしてそうな雰囲気もある。

だが、実体は分からない。
アバターだからだ。


オトに限らず、ワールドでは誰もがアバターの姿をしている。
誰もお互いの本体は知らないけど、きわめて普通にコミュニケーションし、きわめて普通に経済活動を行っている。

イエローワールドの「クリプト寺子屋」
そこは表向きはワールド内のフリースクールだったが、地下に反政府組織「ネイチャー」の本部があった。

その中枢部の指令室で、オトはクラシックスタイルのゲームチェアーに深々と座っていた。
直角に曲げた右肘を肘掛けにおき、人差し指と中指をピンと伸ばして、せわしくこすりあわせながら、彼女はひとりごとのように話しはじめた。

「神社なんてむかしっから言われてたのにねえ、ベタすぎてもうベッタベタ!・・あんなトコ、前世紀の遺物でしょ笑 この件がなかったら一生行ってないわ笑」

彼女の正面には頭脳警察ブレインポリスの最高責任者、ダン総督が立っていた。

「我々がこうして手を組むのも今回だけだ、オト」

ダンももちろんアバターだが、自身が巡査部長のときからずっと同じアバターを使っている。
そのせいかどうかわからないが、知名度は相当高かった。

警察組織の長でありながら、広く一般に顔を知られている。
もちろん、アバターの顔を、だ。

「『リフの書』の確保および凍結作業は我々の第一級特例任務となる。それを遂行するために、我々はいかなる組織であろうとも協働することを有力な選択肢としている」
「あいかわらずカタい物言いね。協力しよう、でよくない?」
「きみこそあいかわらずへらへらしているな。計画は進んでいるのか?」
「ウチには暗号解読のプロフェッショナルがいるの!24時間以内に『リフの書』を奪還するように指示を出している」

「ケンカはやめたまえよ、きみたち」

もう一体のアバターが口を開いた。
イエローワールドのワールド長、カネリン・ドーターだった。

カネリンは忍者の格好のアバターを着ている。
彼はCryptoNinjaのオーナーだった。

「現時点でなぁあーんにも問題はない。可及的速かきゅうてきすみやかに計画は実行されとる。そういうことだな、ん?」

彼の話はまったく中身のないものだった。
どんな組織の、どんな会議でも、こういう人物はいる。

そのとき突然、壁を埋め尽くしているモニターのうち半分に「EMERGENCY」が点灯し、奇妙なサウンドが部屋全体をおおいつくした。
残り半分のモニターにはひきつった男の顔が映し出された。

「総督!総督!緊急ジタッ!ガーーーーッ!!」

画面の顔は頭脳警察ブレインポリスの隊員だった。

「どうしたッ! 情報を正確に! 何が起きた!?」
「想定外です! ギ、ギバエイが来るるぅぅーーーーッ!!」

司令室に緊張が走った。

カネリンワールド長だけが、多くの日本人がそうであるように
『ちょっと大変そうだけど、まあなんとかなるだろう。少なくとも自分は大丈夫だろう』
というていで、ぼーっとしていた。

もちろん、彼が日本人かどうかはわからない。
アバターだからだ。

モニターの画面はますますけたたましく警告音を鳴らし出した。

「応答せよ! 状況を! どうしたッ!!」
ダンが叫び、それにかぶる勢いでオトも叫んだ。
「ネイチャー(うち)も北鳥居のほうにいるはずよ! そっちは!?」

モニターに映る隊員の顔が大きく歪んだ。
「わから・・・わか・・ガーーーーッ!!!! は、波動があァーーーーッ!!!!」

次の瞬間、すべてのモニターが消えた。
正確に言うとワールドが強制終了して、すべての機能が停止した。

そこにいたものは全員、強制的にログアウトされ、イエローワールドは一瞬にして、真っ暗闇で一切なにも存在しない「無」の世界と化した。

メタバースの卵


「お、おまえ、どうした・・・?」
レンは目の前で起きている出来事がまったく理解できないでいた。

五條アヤナは……いや、かつてアヤナだったもの、と言ったほうがいいのだろうか。
彼女は生きているのか死んでいるのかもわからない状態で、その姿かたちは異形いぎょうのものになりつつあった。

膝を抱え座り込んだ状態のまま、手や脚のひふはズルズルと溶解してくっつきはじめていた。
その外側はだんだんと白く変色し、硬質化しているように見える。

──30分ほど前

レン、アヤナ、アキラ、関口の4人は、目指す鳥居近くまで来ていた。

ワールドはリアルの時間に合わせて、日が落ち、薄暗くなっていた。
神社は急な階段が続き、ボディースーツを通じてその負荷がかかってくる。
一同は本当に階段を上っているかのように、息を切らしていた。

と、そのとき、突然銃撃が彼らを襲った。
銃撃と言っても音は一切聞こえない。
アキラと関口は、自分の身に何が起こったかも全く分からないまま、その場に崩れおちた。

「あん? アキラ?・・・関口?」

レンが振り返るより早く、低く押し殺したような声がヘッドギアに響いた。
「そこのふたり!動くな!頭脳警察ブレインポリスだ!」

「冗談じゃないわ」
アヤナはうなった。
「こんなとこでパクられてたまるか!」
言い放つとアヤナは走りだした。

「やめろ!アヤナ!」
レンは叫んだ。
刹那、青白い細い糸のような光線が、アヤナの身体を貫いた。

「アヤナぁあーーーーッ!!」

ぱたん、とアヤナは鳥居の横に倒れ込んだ。

しばらく静寂が続いたあと、ふと、レンは左右にひとの気配を感じた。
頭脳警察ブレインポリスたちが両側に立っているのだろう。
だが、レンは左右を見る気力もなく、ぼうぜんとその場に立っていた。

「PC(フィジカルクリエイター)だな、連行する」
「・・・俺たちがなにをやったっていうんだ!」

カサ!
草むらからかすかに音がした。

「こちらに説明する義務はない」

カサ! カサ!

「いや、あんだろ!・・なんなんだ!? お前ら!」

カサカサ! ガサッ!

──まるで津波のように、それは起こった。
一見ゆっくりと、しかし猛烈な勢いをもって。

最初は、レンがいるところから10本ほど先の鳥居 - ちょうどアヤナの倒れた場所の鳥居に異変が起きた。

その鳥居の柱が青白く光り始めたかと思うと、瞬く間に目もくらむ強い光源となり、それに呼応して、ワールドのライトニングも青白く光りはじめた。

紫のけむりがあたりに立ち込める。
うおん、うおん、うおん、と音が鳴りはじめた。
鳥居を中心に共鳴が広がっていき、それもあっという間に大きくなってギターのフードバックのような轟音に変わった。

「ぐわーッ みみが、耳がやられるぅーッ!!」
頭脳警察ブレインポリスたちはその場にうずくまった。

だけどレンは平気な様子だった。
「この音は! ジミヘンのフィードバックとそっくりだ!・・けどそんなにデカイ音なのか?・・俺には普通だ・・・」

しかし音はますます大きくなり、波動となって竜巻のような風を巻き起こし始めた。
これにはレンも立っているのがせいいっぱいになった。

「アヤナァーーッ! そこにいるのか!? どうなんだァーーッ!?」

空はますます青白く鋭い光を放ち、もう誰も目を開けられない。
波動は嵐のように、そこにあるものすべてを吹っ飛ばしはじめた。

「総督!総督!緊急事態発生!!」
階段を転げ落ちながら、頭脳警察ブレインポリスのひとりが叫んだ。

「想定外です! ギ、Giveawayギブアウェイが来るるぅぅーーーーッ!!」

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──イエローワールドはじまって以来の出来事だった。

ワールドのすべての機能は停止して、そこはまったくなにもない「無」の世界になった。

だがしかし ──
大神レンと五條アヤナだけが、その漆黒しっこくの世界に存在していた。

不思議なことにふたりは確かにそこに存在し、レンの目にはすべてがはっきりと映っていた。
けれどレンは、目の前で起きているその出来事を、まったく理解できないでいた。

ミシッ……ミシシッ……!

異形いぎょうのものになりつつあるアヤナは、人間が膝を抱えた姿から、あちこちが溶解してくっつき合い、卵のように丸くなりはじめていた。

「お、おまえ、どうした・・・? 生きてるのか・・・?」

ミシミシッ……ミシシッ……ピーーン!!

ついにソレ・・は卵のような球体になった。
すると上部から一筋の光が放たれ、みるみるうちにヒトのかたちのホログラムに変化した。

「!!!!」
レンは言葉を失った。

ホログラムは、伝説のギタリスト関口エイミーだった。

そのたたずまいは月影の騎士のように、凛としていて、まるで実体がそこにあるかのようだった。

彼はレンをじっと見つめていた。

数時間たったのか、それとも4分33秒ぐらいだったのか、もしかしたらほんの数秒だったかもしれない。
沈黙が続いた後、ホログラムのエイミーはゆっくりと話しはじめた。

「And You and I……同志よ、『リフの書』を解き放ってくれてありがとう。きみたちは数百年後、また再開するだろう。
そして私も、その聖なる館で、ともに音楽をつくる喜びを知ることとなるだろう……」

リフノート


「サクヤ~!『リフノート』、コピーしたか!?学祭まで時間ないぞお!」
大神コハクの声が、C大学の学食「乃木のぎや」に響きわたった。

「余裕だわ!!」
五條咲耶さくやも負けじと大きな声で返した

ちなみにふたりの距離は1mほどだった。

「ちょ!ふたりとも声デカ!」
高見隼人はやとが周りを気にしながら、ふたりを交互に見た。
だが、彼女たちの表情につられ、すぐに笑みをうかべた。

「『Kamui カムイ』演るんだっけ? あれ名曲だよな笑」

疫病の流行で世界が混沌としているこの時代でも、ニッポンの大学生たちはそれぞれのライフスタイルを楽しんでいた。

大神コハク、五條咲耶、高見隼人はC大学のバンドサークル「BEATWAVEビートウエイブ」に所属している。
「リド」というバンドで一緒に活動していた。

「隼人、なに他人事みたいに言ってんの!?」
「そうよ!あんたが一番覚え悪いんだからね!」

隼人は肩をすぼめた。
まるで、4人家族で3人が女性というシチュエーションの父親のように。

「あの『リフノート』めんどいんだよ……開くのにいちいちシードフレーズ12個入れなきゃだから……」

いまから500年以上前、「NFT革命」が起きて、すべての芸術は「NFT化」された。

それから150年ほどの歳月をかけて、音楽の楽譜は──
クラシックからロックに至るまですべての楽譜は「リフノート」と呼ばれるNFTに統合された。

利用者はインスタント・メタバースギアを使って、楽譜を直接、視神経に投影する。
太古のように、譜面台を立てて、紙の楽譜をめくって、というわずらわしい作業は一切必要なくなっていた。

「それはあれでしょ」
コハクが、膝においたメタバースギアを、こんこん、と人差し指で叩きながら話しはじめた。

「エイミーのアレンジしたスコアだからしょうがないの。彼は超絶マニアックな人物だったらしいから……12個のシードフレーズって全部意味があって、曲を上手に演奏するのに必要なキーワードらしいよ。まあ、『GM』とかはわかるんだけどね」

「GM?わかった!グッドモーニングのことでしょ!」
咲耶がボケをかましたが、コハクはまったく反応せずに話を続けた。

「この曲のオリジナルキー、Eなんだけどさ、Gに上げて弾くとめっちゃ響きがいいわけ!ギターもキーボードもすごい艶のあるサウンドになるの!なるほどそういうことかあ!!てなるわけ。
他にも『boil』っていうのはね、ギターの弦をお湯で煮るってことらしいの。エドワード・ヴァン・ヘイレンはそれを取り入れて、あのブラウンサウンドを編み出したんだって!」

「ふうーん・・・俺らドラマーには関係ないなあ……じゃあ、この『NineLivesナインライブズ』ってのは?」
「うーん、それは謎なんだよね。諸説あるけど・・・どれもただの憶測なんだよね・・・
ちなみにぃ!エアロスミスとスティーヴ・ウィンウッドとボニー・レイットがさ、『Nine Lives』ってアルバム出してんのよ!」

コハクはロック狂だ。
ロックの話になると止まらなくなることが、よくある。

咲耶はボケを無視されてしばらくムッとしていたが、『Nine Lives』の話に反応した。

「なんかさ、あれじゃない?9人の勇者がいてさ、それが集まったときになにかが起こる!的な・・神が舞いおりてきてなんかGiveawayギブアウェイしてくれるとかさ!」
Giveawayギブアウェイ??」
「あたしはあれだな、とろけるメタグミ1年分!とかがいいな笑」
「グミ?なんソレ笑」

コハクと咲耶は大きな声で笑った。

隼人はまたもや、周りを気にしながらふたりを交互に見た。

「あ、あのぅ・・BEATWAVEビートウエイブのかたですよね?」
いつの間にそこにいたのか、小柄な女子学生が3人に話しかけた。

「あ、わたし、ギターとかやってて・・・その、はじめたばっかりでまだ全然なんですけど、バンドとかやりたいなあ、って思って・・・」

「じゃあウチくる? 私は大神コハク、ギター、商2だよ!」
「あ!わたしも商学部です!1年です!」
「あたし五條咲耶 法2でベースとボーカル」
「わ!ベースボーカル!!かっこいいですねー!!」
「俺は高見隼人 ドラ・・・」
「じゃさ!音練室行ってみる!早速だけど笑」
コハクはわざと隼人の言葉をさえぎった。

その1年生は クスッ と笑った。

「商学部1年の関えいみです!よろしくお願いします!」

学食の窓からは桜紅葉が見える。
その先のペデストリアンデッキからは、学園祭の屋台の準備をする学生たちの、笑い声と作業音が響いてくる。

季節のうつろい、若者たちの活気、コンクリートの建造物に反響するノイズ

──それらはどの時代であっても非代替性的ノンファジブルな価値あるものだった。

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And You and I ……同志よ、『リフの書』を解き放ってくれてありがとう。きみたちは数百年後、また再開するだろう。
そして私も、その聖なる館で、ともに音楽をつくる喜びを知ることとなるだろう。

私のNFTを解き放つことができるのは、特別なフォースを持った者でなければならない、それがきみたちだったということになる。

私のNFTのアンロッカブルコンテンツには、他のすべてのNFTのアンロッカブルコンテンツを開くことができる「キー」が入っている。

それは3兆余りの解読パターンがあったが、暗号学者の同志ブラックモアと、DNTFMTドントフォーマットの盟友ペイジの協力により、5万個の共通鍵の制作に成功した。

この5万個のNFTを解き放てば、すべてのNFTはすべての人類の共有物となる。
誰がどのNFTを利用しようと構わない。
自由に使えるようになるんだ。

なに、簡単な話さ。
誰でも好きなようにギターのリフをつくり、曲をつくり、アレンジして、演奏する。
当たり前の話だ

きみたちはいったん眠りにつくことになる。
このNFTは全人類対象のGiveawayギブアウェイで配布する。
そのためにはとてつもないフォースが必要なんだ。

だから「核」だけを残して、その生命エネルギーをすべて借りることになる。

もしかしたら、きみたちの周りの人間、数名にも力を借りるかもしれない。
これだけはどうか許してほしい。

だが、その先に広がる世界は「自由な世界」だ!
Freedomだ!

そしてFreedomの中にこそ非代替性的ノンファジブルがある。

それこそが「NFT」のあるべき本来の姿なんだ!

きみたちはそれ・・を実現するために、導かれ、ここにきた。

──だからもう一度言おう。

And You and I ……同志よ、『リフの書』を解き放ってくれてありがとう。きみたちは数百年後、また再開するだろう。
そして私も、その聖なる館で、ともに音楽をつくる喜びを知ることとなるだろう。

Save Your Love For me

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(あとがき)
NFTとロック・ミュージックの小ネタだけで綴りましたw
2022年2月現在、リアルのできごとと、過去の音楽ライフの経験を丸ごと放り込んでいます。
このあとも小ネタを追記しようと思っているので、ときどき読みに来ていただけるとうれしいです。

◆作中の登場人物にはモデルとなった方が数名いらっしゃいます。
その方々がNFT界を盛り上げてくださったことに感謝し、敬意を評します。

◆この小説は拙著「ニンジャキャンパス」のスピンオフです。
「ニンジャキャンパス」は日本の有名なNFTコレクション
「CryptoNinja」の二次創作です。
なので本作は実質 CryptoNinja三次創作 …のはず!

ゴーオンマガジン

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