見出し画像

「決着の刻ー詐欺とエジプト警察と私たちー」アフリカ大陸縦断の旅〜エジプト編⑭〜

*前回の物語はこちらから!!!



 2018年8月17日、午前8時半頃。警察関係者にも顔が利くオーナーの人脈と、詐欺師ムーディが大麻を吸っていた動画。この2つを武器に、私たちは宿の近くにある警察に向かいました。しかし、そこには頼りない小太りの男性警官が1人。ここでは何もできない、と私たちはギザ観光警察へ連れて行かれることになりました。「面倒な案件はたらい回しなんだ」と、諦め雰囲気が漂う車内。そして、おそよ15分が経過。重たそうに車のドアを開ける小太り警官。

「着いたから降りて。」

「はい。」

「(オーナー。本当に警察と話をつけてくれたんですか?)」

 終始面倒臭そうな態度の小太り警官を前にして、徐々に募る不安。

 目の前にある最後の希望、ギザ観光警察。先程までいた地元警察とは異なり、古そうで汚い外観。剥がれ落ちた白い塗装。雑に並べられた、今にも壊れそうなプラスチックの椅子。砂まみれの床。灯りの消えた、暗い部屋。ふと見れば、入り口付近では、柄の悪そうなボロボロの私服姿の男性たちが、煙草を吸っていました。

「(なんだここは。本当に警察か?)」

 その警察とは思えない雰囲気は、私たちに不信感を抱かせました。ここでもまた騙されるんじゃないだろうか。そんな考えが頭をよぎったその時、小太り警官が薄暗い部屋に向かって、大きな声で呼びかけました。

 すると、奥の方から白い服を着た男性がこちらに向かって歩いてきました。明らかに、上の立場の人が着る服。しっかりと整えられた髪と髭。胸や肩には、たくさんの警察バッジのようなもの。その身にまとった雰囲気のせいか、実際の背丈よりも大きく見える彼。

「(なんか怖そうな人が来たなぁ。おそらく大御所警官なんだろうな。)」

 そんなこと思っていた私たちのそばで、小太り警官が大御所警官に、何やら耳打ちをしていました。そして、理解した表情を見せた大御所警官は、私たちをあのプラスチックの椅子に座らせました。

「話は聞いている。犯人とそのグループもおおよその検討はついている。例の動画を見せてくれ。確認したい。」

 私たちはすぐに動画を見せました。そして、昨日の事件について話そうと口を開きました。しかし、大御所警官は私たちのそれを止めました。

「もういい。全て分かっている。もう大丈夫だから安心してくれ。」

 そう言うと彼は、入り口付近にいた男性たちに声をかけ始めました。

 すると、今まで煙草を吸って談笑していたことが嘘のように、その場に緊張の空気が走りました。煙草の火を消し、鋭い顔つきで散り散りに走るボロ服の男性たち。彼らも警察だったのです。

「君たちにはしばらく奥の部屋で待っていてもらう。」

 一瞬の出来事に状況が掴めず、言われるがまま奥の部屋に連れられた私たち。

「とりあえず、犯人を探してくれてるんかな?」

「ボロボロの私服着てたけど、大丈夫か?」

「分からん。でも、後は信じて待つだけ。」


 遠くの方から聞こえる、ドタドタと階段を昇り降りする音。走りながら、何かを報告し合う大きな声。

 犯人確保ために動いてくれていることに少し安心した私たちは、事の次第を静かに待ち続けました。


 そして、おそよ1時間後。あの大御所警官が私たちに声をかけてきました。

「2階の部屋に移動する、来てくれ。」

 彼に従って到着した、とある一室。様々な資料が置かれた、取り調べ室のような部屋。見慣れない雰囲気に、辺りをキョロキョロしていた私たち。と次の瞬間、勢いよく扉が開きました。

 先程のボロ服警官が2人と、彼らに両腕を掴まれて、ビクビクする1人の男性。

「(ムーディ、、、?いや、違う。誰だ?)」

 私たちの微妙な反応をよそに、大物警察官は連れて来られた男性に近づき、話し始めました。終始頷くだけの男性。それをじっと見る私たち。

「(そうか!あの時の運転手か!)」

「(でもなんで。動画には、彼の姿は写っていなかったはず。)」

 なぜ彼が連れてこられたのか、全く分からない私たち。しかし、彼は紛れもなく、あの白いボロ車を運転していた男。あの謎の砂漠から詐欺師のアジトへと、私たちを連れていった犯人グループの1人。

 私たちがこの状況を理解している間にも、まだ大御所警官による運転手への尋問が続いていました。

 そして、一通り話がついたのか、大御所警官はボロ服警官に何か話を始めました。すると、またも走り出すボロ服警官たち。


「次は絶対にあいつが来る。」


 そう確信し、待つことほんの数十分。

 扉がゆっくりと開きました。5名の男性に囲まれて、俯く男性。砂漠を走りまっていた時のあのヤラシイ笑顔も、私たちからお金を奪い取った時の刺すような目線も、そこにはありませんでした。ただ下を向き、目の前に来た大御所警官に怯える男性。抵抗の意志は一切なく、絶対的な関係がそこには存在していました。

「(来たか、ムーディ。もう嘘はつけない。こっちには証拠もある。絶対に金を取り返してやる。)」

 圧倒的な権力を味方につけた私たちには、もう詐欺師ムーディを恐れることはありませんでした。

「こいつで間違えないか?」

「はい。」

「では、少しだけ書いて欲しいものがある。こっちに来てくれ。」

 そう言われて椅子に座った私。用意された目の前の白い紙。どうやら被害届を書いて欲しいとのことでした。時間や場所、奪われた金額、それに至る手口など、拙い英語でなるべく詳細に書きました。

「(よし。これで金が返ってくる。あんなペテン師も逮捕される。ざまぁみろ。)」

 しかし、自信満々にそう思っていた私に対して、大御所警官は驚きの質問をしました。


「money or arrest ?」


「(え、、、?どういうこと?)」
「(金か逮捕かを選ばされてる?)」
「(どっちもは無理ってこと?)」


「money or arrest !」

「(なんだ、この人間を試されたような究極の2択は。)」

 疑問を持った私は、あれこれと質問しましたが、この2択が覆ることはありませんでした。これから旅を続けたい私たちに、「逮捕」を選ぶという正義感があるはずもなく、当然選んだのは前者。


「money ! ! !」


 そう伝えると、大御所警官は大きく頷きました。そして、被害届の1番下に書かされた文字。


「Everything is OK.」


 everything な訳がありませんでした。結局詐欺師ムーディが逮捕されることはなかったのです。

 それでも、取り返した5万円分のエジプトポンド。涙目を浮かべながら、「sorry.」を口にするムーディ。どうせこの涙も嘘なんだろう。また、こいつはどこかで犯罪を犯す。

 そう。奪ったお金を返しただけのムーディの生活は、今までと何一つ変わることはありません。


 自分たちがお金を取り返した安堵。しかし、何一つとして犯人に制裁を与えられなかったという悔しさと怒り。

 繰り返されるであろう、詐欺事件。


 私たちは何もできないこの状況に、複雑な思いを抱いたまま、ギザ観光警察を後にするしかありませんでした。

 そして、この詐欺事件は、私たちに様々な心境の変化をもたらす大きなきっかけとなるのでした。


*次の物語はこちらから!!!



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?