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京大卒・元会社員の男は、なぜ「無職詩人」に憧れたのか。

動機

 京大卒・会社員の男Tは、会社を辞めて無職になった。金のためにインフルエンサーの真似事などをしてみたが、何の成果も出ず途方に暮れていた。
そもそも自分は何をしたいのか。……何もない。空っぽだ
 そんなときTは、電子網の海で「無職詩人」を知る。詩人の書いている「無職文学」に興味を持って、近づいた。

「無職文学」note⇒無職詩人’87アンエンプロイド文学

 現実世界で二人は会い、Tは詩人に酒を奢った。詩人の話を聞いた。
 Tは詩人の話を種に、何か書けないかと企んでいた。自分はつまらない人間だが、面白い人間を書けば認められるかもしれない。
 しかし、何を書けばいいのかわからなかった。Tは元来、人に興味のない人間だ。いま人の話を聞いて回っているのも、「自分だけでは限界だ」と感じているから。
 自分のため。
 不純な動機で、良質な話を引き出すことはできない。
「自分は何を書けばいい」とTは尋ねた。
 詩人は答えた。
京大卒の会社員だった人間が、なぜ何者でもない無職に酒を奢る気になったのか。それまでの経緯と心情が気になる
 わかった。それを書こう。
 どうせ自分には何もないのだ。面白いと思った人間の意見に従おう。

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(おれは子ザル。自分で進む道も決められない。)

三つの憧れ

 Tは、どうでもいい人間に酒を奢るような善人ではない。
 無職詩人に価値を感じたから奢った
 そこには詩人への「憧れ」があった。彼が持っていて、自分にはない、三つの美質への憧れが。

 一つ。「何者か」になるための才能と欲。
 二つ。破滅スレスレの生き方を選べる、勇気とタフネス。
 三つ。ブレない倫理。

一、「何者か」になるための才能と欲


 何者かになりたい。いつからかTはそう思うようになっていた。
 小学生で「本の虫」になり、「将来の夢」は作家になった。当時読みふけっていたファンタジー小説のまねごとで、五ページほど書いた。それ以上何も書けなかった。
 当たり前だ。お前にあるのは、「こんな風にすごいものを書いてみたい」という憧れだけ。「書くべきもの」など持っていない。空っぽなのだ

 中学生になると、音楽にハマった。今度はロックスターに憧れた。(作家はどうした?)本は読んでいたが、書きはしなかった。やはり「書くべきもの」などなかった。
 かといって、真剣にバンドを始めることもなかった。ギターを買い、少し練習して、友達とカラオケに行って歌う。
 それだけ。
 高校では合唱部に入り、少しは歌が上達して、文化祭のステージでバンドをやった。
 大学では軽音サークルに入ったが、すぐに幽霊部員になった。曲を作ろうともしなかった。
 その程度だ。お前の音楽への情熱など。
 根底にあるのは、「何者かになりたい」というぼんやりした欲。手段は極論、何でもいい。「アーティスト」的な何かになって、人から認められればそれでいい。

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(カッコイイダロ!!オレ!!)

 詩人も中学生のとき、ギターに出会った。彼は熱中した。プロのギタリストに師事し、「フジファブリックのギターより上手い」と言われた。
 詩人は勉強も運動もできなかった。ギターが心の支えだった。「コイツで一発逆転してやる」と夢を見た。
 詩人の父親は独裁者だった。詩人は幼いころから、自我を抑圧されて生きてきた。
 彼の心にあったのも、「人に認められたい」という欲だったのだろうか。
 だとしても、その欲はTのそれより純粋で、強烈だった
 Tは勉強ができた。家族にも恵まれていた。彼には「逃げ道」がたくさんあった。「何者か」にならなくても認められている。ただ、それが自分の心から望む形の評価ではない。
「あの作家のように、アーティストのように、あんな風に評価されたい」
 憧れという強欲。Tの欲は不純だ。そこには詩人のような切実さがなかった。

 Tは京都大学に入学したが、それで心が満たされることはなかった。「京大生」は「社会的に有利な手札」にすぎなかった。その手札が実質的に示すのは、「テストで良い点が取れます」という事実だけ。人に言われるまま、思考停止してやっていた勉強で、合格できた。それで?

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(何者にもなれない子羊の群れ。京大生なんて京都に行けばうじゃうじゃいるよ

 周りも全員京大生だから、いくら勉強ができても差別化にはならない。自分に価値を認めるためには、他のことで優位に立つ必要があった。創作や音楽。中高に比べて大学は暇だったので、小説や詩を書くようになった。適当に書いたものを友人に読ませ、お情けの「いいね」をもらう日々。承認欲求の乞食。
 社会人になって、二社目でライターとして採用された。
「よかったな、T」心の中の誰かが言う。「お前が望んでいた『文章で金を得る』じゃないのか? 担当のコンテンツは成果を出した。役職もついた。満足だろう」
「違う。勉強と同じだ。言われたことをやっているだけ。認めてほしい自分を認められたわけじゃない!
「いつまでガキみたいなこと言ってんだよ」
 大学時代から、小説を新人賞に応募するようになっていた。芽は出ない。当たり前だ。お前には「書くべきもの」も「技術」も「書くことへの切実さ」も、何もないのだから。当然、自分の小説から金が発生したことなど一度もない。そして気づけば、二十九歳だ。

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(自由になったはいいが、途方に暮れるわたし)

 詩人は約1年前に初めて書いた詩や小説が拡散され、noteでサポートや投げ銭をもらえるようになったという。
「影響力のある人にたまたま見つけられて、運が良かった」と言っていたが、見つけられても光るものがなければ広まりはしない。
それまで文章を書いたことはなかったが、やってみたら上手くいった
 純然たる、彼自身の才能だ。
 まぶしい。「何者でもない」はずの無職詩人は、Tにとって十分に「何者」だった

 Tは詩人の前で歌を歌った。
「才能がやべえ」と詩人はつぶやいた。
 真剣に音楽をやっていた人間にそう言われて、Tは軽率に喜んだ。
 もしかしたら……という安易な期待。「可能性」や「夢」と呼ばれる綺麗事
 仮に、Tに何かしらの才能らしきものが本当にあると仮定しよう。その才能を磨けば、「何者か」になれる可能性があると。
 だとしても、「何者か」になるまで本気でやり続ける意欲がない。
 Tに欠けているのは、才能以前に、何者かになることへの欲求の「切実さ」ではないのか?
 切実になれないのは、きっと「逃げ道」があるからだ。
 表現以外のすべてを捨てて、「逃げ道」を断てば、詩人のような切実さが手に入るのだろうか?
 だが、Tは臆病だった。
 すべてを捨てる勇気など、持ちあわせていない。

二、破滅スレスレの生き方を選べる、勇気とタフネス

 すべてを捨てる。それは破滅へ向かうということだ。
 Tはいつからか、「破滅する者」への憧れを持つようになっていた。
 たとえば次のような小説に、「破滅する者」が描かれていた。

 ポール・オースター『偶然の音楽』『リヴァイアサン』
 江波光則『スピットファイア』
 チャック・パラニューク『ファイトクラブ』

 これらの作品の主人公はみな、破滅を選んだ。自分が持っていたはずのものをすべて捨てて。
 世間一般で言う「幸福」ではなく、自分が決めた生き方を貫いて「不幸」になる。
 その姿が「美しい」とTは思った。
 彼らの迎える結末は「不幸」だ。だがそこには「納得」がある。
 最悪の結末にすら「納得」できる力。
 失い、ゼロになって、マイナスの果てへ突き抜けた自分すら「肯定」できる。
 それはすべてを「肯定」する、最強の境地ではないだろうか?

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(生きてるだけで充実してそうなライオン。こんな風になりたい)

 無職詩人は高卒で音楽の道を志し、東京へ行った。 
 それはリスクが高いけれど、勇敢で美しい生き方だ。本当に大切なことのために、リスクを取って他を捨てる。詩人はそれを実践した人間だ、とTは思った。
 詩人は言った。
自分は『我慢』ができないだけだ。学校もバイトも、ずっと通えたことがなかった。会社で毎日働くとか尚更ムリ、耐えられないから無職をやってる。サラリーマンを続けられるのは一つの特殊技能。自分にはできないから尊敬している
 たしかに、「我慢できる」も一つの才能かもしれない。Tはその手札を持っていたから、「大学受験」や「新卒で会社に就職」を選んだけれど、心から望んだ道ではなかった。「安全」だからそうしただけ
 自分が本当に望む道で生きていける自信も、その結果破滅していいと思える勇気もなかった。
「破滅したいわけではない」と詩人は言った。「今の生活に不安はある」
 だが、それでも彼は自分の生き方を貫いている
 Tがおなじ立場になれば、不安に負けて就職へと「逃げる」だろう。
 破滅スレスレの生活を耐え、生き抜けるのは、詩人の精神がタフだからだ。

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(詩人は会ってみたら、象っぽかったよ。デカいし。草食ってそうだし

三、ブレない倫理

 無職詩人はいいやつだと思う。
 世間一般の目で見れば、彼は会社員のような「ちゃんとした職業」に就かず、特定の異性と付き合ったり結婚したりといった責任をとる気もない「クズ」かもしれない。
 また、Tは詩人に会うたび奢らされており、そのくせ詩人はTよりも遠慮なく酒を飲み、金は細かく請求してくる。(年齢は詩人が五歳上だ)

 大阪・西成の飲み屋では、Tの手持ちの金が足りず、詩人の5000円札と合わせて払い、釣りの4000円を詩人に渡した。
 その後、帰ろうとしたときに詩人が
1000円……もらっていいすか
 みみっちいなオイ!おれ今日総額いくら奢ったと思ってんだよこの野郎!
 しかし、Tから見ればそれは許容できる範囲のクズさだ。なぜ許容できるかと言うと、「本当に大事な部分」では筋が通っているように思えるから。

 詩人の書く文章からも人の良さは感じられる。
 もちろん、文章だけならどうとでも書ける。詩人は善人ぶった嘘を書いているだけだという可能性もあるが、違う気がする
 たとえばこんな一文。

 そんな事を言っている19才の女の子。
 でも喋ってて「芯」があるのを感じた。 
 なんとなく。声にちゃんと自信を感じた。
 よれてるけどまだちゃんと芯がある。
 オレは薬の危険性を知らないし彼女の依存を止める事はできないのかもしれない。
 でも彼女はいつか眠剤も薬もやめて結婚して当たり前に普通のお母さんになるんだろうなとオレは思った。直感だ。
 そしてそうなる事を願ってる。
 引用元:本音でnoteを書き綴ったらメンヘラと友達になった。

「みんな幸せになりますように」って言ってる子供みたいな素直さ。

 そして何よりも不幸なのは
 オレがこんなストレートな言葉を親に
 吐きかけなきゃいけない人生を生きてる事だ
 そしてそんな事を平気で言える
 クソ野郎に育ってしまった事だ。
 引用元:無職詩集【赤ん坊の末路はネズミのような生活】

 話を聞いているかぎり、詩人の親はいわゆる「毒親」だ。
 けれど彼は親を罵る自分を「クソ野郎」だと言う
 その倫理観。
 Tは思う。「自分が彼の立場だったら、そんな親を罵ることに罪悪感など持たないだろう」

 偽善者には書けない文章というものが、おそらく世の中には存在する。
 Tはたくさんの本を読んできた。空っぽの自分を埋めるように。
 だから文章への「嗅覚」みたいなものは、ある程度育った。
 その嗅覚が言っている。たぶん詩人は本当にいいやつだ。

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(詩人=象のイメージを勝手に刷り込む)

 Tには倫理がない。
 一応七年間サラリーマンをやっていたからか、詩人と違ってまだ「無職オーラ」もなく、おそらく無害そうな人間に見えている。
 だが、バトルロワイアルが始まれば迷わず人を殺すだろう。
「やらなきゃやられる。そういうルールだから仕方ない」
 ルールなど環境で変わる。
 相対的なものとしか思っていない。
 常日頃から人をおとしめたいと思っているわけではない。
 できる限り善人でいようという気持ちはある。
 だが余裕があるときだけだ。
 余裕がなくなれば何にでも手を染めるだろう。
 悪人になることにすら耐えられなければ、人に寄生するか、自殺するか。
 どれも罪であることに変わりはない。
 罪だとわかっていても、Tはそれをやれてしまうクズだ
 詩人は違う。

 あんたが産んだあの赤ん坊が直面してるのは
 クソみたいな人生だ
 路上で人のゲロを食ってる
 きったねえネズミみたいな人生だ
 美しさなんて何一つねえ
 そこに落ち着いた
 引用元:無職詩集【赤ん坊の末路はネズミのような生活】

「美しさなんて何一つねえ」
 と彼は言うが、逆説的に、美しさの欠片もないような人生でも自分の倫理を貫けるのは、何より美しいことだと思う。

空っぽのTは、「他者」を利用することにした

 Tよ。お前は詩人が持っているものを、何一つ持っていない。
 才能も、切実な欲も。
 勇気も、タフネスも、
 倫理さえも、
 無い。

 お前にあるのは、憧れだけだ。
 すごい人や、すごい人がつくった美しい世界への憧れ。
 お前自身に何もないのなら、お前が憧れる「すごいものたち」の力を借りろ。
 そうしてお前は小説を書いている。

 2年以上かけて会社も辞めて書いてる小説、『ファミリーレコード』について

 この小説は「他者の力」でできている。
 物語はPeople in the boxの『ファミリーレコード』というアルバムの歌詞や、人類の歴史から膨らませた。
 方法論は演劇と映画から。
 キャラクターは長い歴史を持つ「十二星座」と、各星座に該当する実在の人物の発言、思想から。
 外から受けとったものを継ぎ接ぎして、別の形に変換する。
 空っぽだからこそ「外」を描ける。

 空っぽなお前は、自分の空っぽさをなんとか有効活用するしかない。
 そうして書きはじめた小説は、お前にとって生まれて初めて「書くべきもの」となった。
 自分は無力だが、「他者の力」は信じられる。
 完璧なものにしたい。どれだけ時間がかかっても。
 小説を書く時間がとれない。それが嫌になって会社を辞めた。

 金はどうする? 小説だけじゃ金は稼げない。自分でビジネスを起こす才能も欲もない。
 ここでも「他者」だ。才ある人間の「欲」を叶える。そのために動け。
 搾取はされず、互いに利益をもたらせる関係を築け。
「他者」に利用され、利用する。空っぽのお前にはそれしかなさそうだ。

つづき(?)⇨僕はなぜ小説を書くのか?人生の意味と、「美しい嘘」。

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