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数切れのサーモンがくれた主体性

ふと、思い立って旅行をした。

モヤモヤしてて、満たされなくて。
なにかを成したいのに動き出せなくて。
滅多にしない遠出をしたら、何か得られるんじゃないか。変わるんじゃないか。

そう思い、旅行をした。


飛行機に乗るほどの遠出。
飛行機なんて全く乗らないから、まず予約を取るのは大変なのでは。
ましてや宿も取るなんて自分にできるわけないのでは。
そんな不安に駆られていたけど。

ネットで検索したら予約から支払いまであっさり終わった。
インターネットってすごい。
現代すごい。



旅先で友人が出迎えてくれた。
片手どころか指数本で数え切れる、貴重な友人のひとり。
旅先の地域に居住している友人は、歓迎ついでにおすすめの居酒屋に連れて行ってくれた。

お酒は飲めない、ちょうど油ものを控えている期間。
そんなこちらの事情を配慮してもらいくれて、お刺身を売りにしている居酒屋を案内してくれた

目についた『本日の刺身5点盛り』。
お刺身の内容が日によって変わるため、店員さんから内訳の説明が入る。

「〜〜と、サーモンと──」

友人はとくにサーモンのお刺身が食べたかったようで、その上でいろいろな種類が食べられるならさらに良いよね。
ということで刺身盛りを注文。

わくわくする友人。
それを見てほっこりする自分。

ややあって、到着する刺身盛り。
どのお刺身がどんなお魚なのか、説明が店員さんからされる。

店員さんからの説明が終わって、
「──あの。サーモンがないんですが」


間髪入れずに友人はそう言った。

あ、たしかに。
言われてみればサーモンがいない。

そして言われてみれば。
そもそも友人はとくにサーモンが食べたくてこの刺身盛りを一緒に注文していたんだ。

友人がサーモンを1番の目当てにして注文していたのを知っている。
知っている、はずなのに。

そこに疑問を抱かなかった──ことになにか。
チクリとした。


友人の言葉を受けて謝る店員さん。

注文を受けた方と料理を運んできた方とが同じ店員さんだったため、「そういえば……」と気がついたんだろう。

「少々お待ちください……!」

一旦、厨房へと下がった店員さんは、

「こちらサービスです……! 大変失礼しました! どうぞお召し上がりください!」

小皿に乗ったサーモンのお刺身を運んできてくれた。

店員さんに感謝を告げつつ、美味しくサーモンのお刺身を食べる友人。

一連の流れをすぐ側で見ていて、チクリとした『なにか』。

それは説明と注文内容が異なったことに対して、

疑問を抱かなかったことへの疑問だと気づいた。





友人は自分から見て、『自分』を持っている人だった。

早いころから自身のできることできないことを自己分析し、それと好きなこととを組み合わせて生計が立てられるまでになっていた。

節々の言動からも芯が通っている人だと思っていた。

いわゆる、自分軸。
主体性をしっかり持っている人だと、自分は認識している。


主体性。


「────あ」

ふいに。
見えない点と点が。

これまでに見えていなかった、目を背けていた点と点がつながった──そんな感覚が襲ってきた。

ずっと毎日漠然とモヤモヤしているのも。

やりたい、と思っていることに取りかかっても気が散ってしまうのも。

とりあえず旅行すればなにか掴めるだろう、と博打に出るのも。


注文した料理の内容が異なったときに、それを疑問に思わないのも。


主体性。
自分の軸が定まってないからだ。

社会の常識、共通認識になんとなく乗っかって流れにタダ乗りして。
傷付くことや衝突することと比べれば、自分を出さないこと。何も考えないほうが楽だから。
その価値観にいつしか疑問を抱かないレベルにまで染まっていって。

なんだか満たされないなぁという悩みに、それからも真剣に悩まず逃げ続けていたのは。


どうしようもなく他人軸で生きていたからだった。


それとなく主体性というものを掴めていたつもりだった。
言葉としてなら理解していたつもりだった。
別の要因があって毎日モヤモヤしているのだと思っていた。


天啓、というのはこんなものなんだろうか。
突如開けた視界に心から気持ちが軽くなった。
気づかせてくれた感謝を小皿へと向けて。

「サーモン、ありがとう」

「なに言ってんだ?」




それから。

本当の意味での主体性、自分軸というものの片鱗を見た自分はその重要性を再認識。
どうすれば持つことができるのかを勉強し、そして納得できる形で自分の人生を歩み始めたのだった。













「────ということが昔あっての。
今でもサーモン様には頭が上がらんのじゃ」

「おじいちゃんそのサーモンの変な話、何回したら気がすむのー?」

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