見出し画像

亀から学んだ、責任論


 亀がいたんです。

 ふっつうのアパートの駐車場に。

 近くに水辺もなければ、飼い主がいる様子もありません。

 そんな亀さん。30センチくらいある立派な体をしています。日が照っていたので頭と足を甲羅の中に引っ込めています。

 いつもなら写真を撮るだけ撮って、インスタにあげて、バイバイするのですが・・・。合ってしまったんです。目が。さっきまで頭を甲羅の中に隠していたのに、頭を出して。

 「暑いよ。助けて。」

 そう言っているような気がして、ほっとけなくなってしまったんです。

 ここから私と亀さんのうろうろタイムが始まりました。


 30センチほどの亀を抱えてうろうろする22歳。周りの目にはどのように映ったのでしょうか。思い出すだけで顔から火が出そうです。

 実際、軽トラで通りかかったおばちゃんに、

「それなんね?」

って声かけられました。「亀です」と答えると、

聞き取れない声で何かを言ったのち、「ふっ」と笑い、走り去ってしまいました。

絶対、呆れられましたよね・・・。

とにかく、亀を持って水辺はないかと探したんです。

幸い川はすぐ見つかり、その川に亀を放すことにしました。

亀は川に離すなり、すいすいと泳いでいきました。その姿を見て、

「良いことをしたな」

と、高揚感で心の中が一杯になりました。


 でも、そんな高揚感は長続きしなかったんです。

亀が泳いで行った先が、めちゃくちゃ汚いのを見てしまったからです。そこから堰を切ったようにたくさんの不安が押し寄せてきました。

「もしかしたら、この川では生きていけないかもしれない。」

「もしかしたら、飼い主が一時的に駐車場にお留守番させていただけかもしれない。」

「亀さんの家族と離れ離れにしてしまったかもしれない。」

「あの亀さん、外来種かもしれない。生態系を壊してしまうかもしれない。」

 浅はかな自分の行動をすごく後悔しました。

 結局、1時間くらい亀さんを見守ったのち、見失って、もやもやしながら家に帰りました。


 この一件から学んだことは「何かを救う」っていうのは、大きな責任を伴う行動だということです。

 中途半端な知識や力しか持たない者が、無責任に動くことは被害を悪化させることになってしまうんです。

 もし私があの亀さんを本当に救うのだとしたら、

 亀の種類を調べ

 警察に行って亀を探している人がいないかを聞き

 亀に最適な生育環境を調べ

 それでも見つからなければ自分で飼う

 くらいの覚悟でいなきゃいけなかったんです・・・。

 私は今後たくさんの子どもたちと接していくことになりますが、この教訓は絶対に活かしていかなくてはいけないなって思いました。

 簡単に”アベンジャーズ”にはなれないんです。


 あの亀さんがすごく心配です。ちゃんと生きているかな・・・。本当にごめんなさい・・・。

 ここまで読んでくれて、ありがとうございました。



 

 




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?