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幸せの秘訣 ver1.0 (絵本以上小説以下の文量です)

1章 ”神様の国”

 ここは命を送り出す、神様の国。今日も地球に一つの命が送り出されようとしています。

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 彼の名前は”たぁ”。好奇心が旺盛で活発な子です。”たぁ”は、地球に送り出されるのを、今日か今日かと待ち侘びていました。なぜなら”たぁ”は地球の本やヒーローが大好きだからです。地球に生まれた暁にはそれらを目一杯に楽しみ、最高の人生を送ってやると心に決めていました。

 そんな”たぁ”のもとに一通の通知がやってきました。”たぁ”の地球行きが決まったという内容でした。”たぁ”は飛び跳ねて喜びました。いよいよ待ちわびていた時がきたのです!!

 いよいよ”たぁ”が送りだされる番になりました。地球に続くスライダーの前には、番人である神様が立っています。神様は言いました。

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神様「いよいよ君の番だよ、”たぁ”。君は地球でどんな人生を送りたい??」

”たぁ”は答えます。

”たぁ”「最高に幸せで、イカした人生です!!」

そんな”たぁ”に神様はこう言いました。

神様「とても良い答えだね。じゃあ、君に1つアドバイスをしよう。幸せでいるための秘訣の1つは”ありのままでいること”だよ。良いかい?自分を見失っちゃあだめだ。ありのままでいることこそ”幸せ”なんだ。よし!じゃあ行っておいで。最高に幸せでイカした人生を!!」

 ”たぁ”は勢いよくスライダーに乗り込みました。地球に到着するまでの時間で、神様からもらったアドバイスについて考えました。

 「幸せの秘訣は”ありのままでいること”」、神様はそう言いました。そんなに難しくないことのように思えます。”たぁ”は自分が最高に幸せで、イカした人生を送れることを疑いませんでした。たくさんの期待に胸を膨らませた”たぁ”はまもなく地球に到着します。

 こうして”たぁ”は地球に生まれることになったのです。

2章 ”『キャプテン・マン』と『呪いの刃』”
 

 ”たぁ”は小学生になっていました。神様の国でのことは全く覚えていませんが、相変わらず好奇心が旺盛で、本とヒーローが大好きな、活発な子でした。だから、すぐにお友達もでき、楽しい小学校生活を送っていました。

 小学校3年生の夏休み明けのことでした。”たぁ”は少し面倒臭いと思いながらも、楽しい1日になることを予感していました。学校に着くとすぐ、仲良しの子に話しかけました。

”たぁ”「昨日の『キャプテン・マン』見た??カッコよかったよね!!」

「キャプテン・マン」とは地球で放送されているヒーロー番組です。”たぁ”はキャプテン・マンが大好きでした。すると、友達は

友達「まだそんな子供っぽいもの見てるの??もうそんなもの誰も見てないよ。『呪いの刃』みてごらん?それに比べたら『キャプテン・マン』なんてくだらないよ。」

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”たぁ”は呆気にとられました。夏休み前までは、みんなで「キャプテン・マン」で盛り上がっていたのに・・・。急においていかれた気がして、焦り始めました。

 ”たぁ”は帰ってすぐに「呪いの刃」を観ました。正直、「キャプテン・マン」の方が面白いと感じましたが、今の”たぁ”にはみんなにおいていかれるかもしれないという、不安がありました。

 また、”たぁ”はお小遣いで「呪いの刃」のグッズをたくさん買いました。そうすればみんなとまた、たくさんお話しができると思ったからです。

 その目論見は完全に当たりました。”たぁ”はすぐにみんなの話についていけるようになり、以前のように楽しくお話しできるようになりました。

 ”たぁ”は「キャプテン・マン」を視聴し続けましたが、学校で「キャプテン・マン」について話すことは止めてしまいました。それどころか、家で「キャプテン・マン」を見るときも、なんとなく恥ずかしさを覚えながら視聴するようになりました。そのせいか、以前より夢中になれなくなってしまいました。

 それから少しして、2年生の時に同じクラスだった友達と廊下でばったり会いました。去年、一番仲の良かった友達です。彼も「キャプテン・マン」が大好きで、彼とは毎日飽きることなく「キャプテン・マン」について語ったものでした。彼は、こう話しかけてきました。

友達「昨日のキャプテン・マン見た??カッコよかったよね!!」

”たぁ”はそんなことを聞いてくる彼に、なぜか嫌悪感を覚えました。”たぁ”も昨日の「キャプテン・マン」を視聴し、カッコよかったと思っていたのにも関わらずです。そして、”たぁ”は友達にこう言い放ってやりました。

”たぁ”「まだそんな子供っぽいもの見てるの??もうそんなもの誰も見てないよ。『呪いの刃』みてごらん?それに比べたらキャプテン・マンなんてくだらないよ。」

呆気にとられている友達を見て、”たぁ”は大きな優越感を得るとともに、少し体が重くなるのを感じました。

3章 ”なんで『普通』にできないの?”
 

 ”たぁ”は好奇心が旺盛でした。だから、よく「何で?」という言葉を使いました。それは中学生になってもそうでした。

 数学の問題の公式について「何でこんな式になるんですか?」と聞いたり、学校の校則について「何で前髪が眉にかかってはいけないんですか?」と聞いたり、とにかく疑問に思ったことは何でも聞いていました。

 そんなある日、三者面談がありました。教室に”たぁ”と親と先生が一同に会しました。こんな状況、なかなか無いので「『リベンジャーズ』集結みたいだな」と、”たぁ”は少しワクワクしていました。軽い挨拶もそこそこに、担任はいきなりこう言い放ちました。

「”たぁ”さんはいつもくだらない質問ばかりをして、先生や他の生徒を困らせています。正直言って、このまま高校生になり、社会人になった後のことを考えると非常に不安です。親御さんからもよく聞かせておいてください。」

 その後も散々なことを言われ、三者面談は幕を閉じました。

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 面談後の母親との帰り道、ずっと嫌な雰囲気でした。あんなことを言われるなんて思ってもいませんでした。”たぁ”は先生の言うような「くだらない質問」をした覚えはありません。ただ疑問に思っただけだから聞いただけです。重苦しい空気の中、母親が口を開きました。

母親「なぜあなたは『普通』にできないの??」

 よく見ると母親は涙を流していました。その一言と涙に”たぁ”は大きなショックを受けました。自分が「普通じゃない」と思ったことはありませんでしたが、確かに周りの人は”たぁ”のような質問はしません。自分が「普通」でないことで母親が悲しむなら、「普通」になれるように努力しよう、”たぁ”はそう決意しました。

 まずは「くだらない」と言われた質問をすることをやめました。いくら気になることがあっても、好奇心を押し殺し、「普通」にできるように努めました。そうすると先生から

先生「お前はすごく成長した。素晴らしい。」

と褒められるようになりました。なぜ褒められるのか”たぁ”にはさっぱりわかりませんでしたが、褒められること自体は嬉しかったし、これで母親が悲しむこともないと思うとすごく安心しました。

 ”たぁ”は大きな安心感を得ました。同時に体が重くなるのも感じていました。”たぁ”はそれを無視しました。


4章 ”『普通』になる努力”


 ”たぁ”は高校生になりました。中学校の三者面談の時に「普通」になると誓ったあの日から、”たぁ”は「普通」であるための努力を欠かしませんでした。「普通」でいれば安心感が得られると分かったからです。

 ”たぁ”は本が好きでした。しかし、最近の高校生は本を読むくらいなら「アウト・ムーン・グラム」というSNSをするのが「普通」らしいです。そこでは「映える」食べ物や風景を撮ったり、ダンスをしてそれに音楽をつけて投稿したりします。だから”たぁ”は本を読むのをやめ、「映える」を探すようになりました。体が少し重くなりました。

 ”たぁ”はアニメやゲームが好きな人と話が合いました。彼らといるのはとても居心地が良かったものです。しかし彼らと一緒にいることで、中学の時の友達から「お前インキャになったなあ」と言われました。なぜか「インキャ」と言われるのにものすごい恥ずかしさを覚え、「ヨウキャ」の人たちとつるむようになりました。居心地はよくありませんでした。体が少し重くなりました。

 

 大学生になっても「普通」を意識して生活しました。

 大学生は夜中まで飲み会をして騒ぐのが「普通」みたいです。夜も、騒ぐのも、お酒も全部苦手だけれど、それに倣いました。体が少し重くなりました。

 大学生になると、女の子や後輩にはご飯を奢ってあげるのが「普通」らしいです。みんなバイトだから収入なんて変わらないはずなのに、なぜ払わないといけないのだろうと思っていましたが、それが「普通」らしいです。ならば従わなくてはなりません。”たぁ”はお金がない時も頑張って奢り続けました。体が重くなりました。財布は軽くなりました。

  大学生はたくさん遊んで「アウト・ムーン・グラム」に充実している様子を投稿するのが普通みたいです。別に遊びたいと思わないときも、暇な時間を作ると「インキャ」と呼ばれてしまうので頑張って遊びました。体が重くなりました。

 ”たぁ”は、いつの間にか、何をしていても楽しくないことに気づきました。なんていうか、「楽しい」って気持ちに大きな重りがついているみたいな感覚です。でも、”たぁ”にはなぜこんな感覚になっているかわかりませんでした。

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5章 ”不思議な夢”


 相も変わらず、全く楽しくなかった飲み会の後、”たぁ”は不思議な夢を見ました。会ったことのない、けれどどこか懐かしい感じのする男性が話しかけてくる夢です。

???「いいかい?自分を見失っちゃあだめだ。ありのままでいることこそ”幸せ”なんだ。」

 夢の中の男性はそう言った後、大きな鏡を見せてきました。鏡なんて見せられてもそこには”たぁ”が写っているだけ・・・だと思いきや、そうではありませんでした。そこに写っていたのは大きな塊でした。よく見慣れた、”たぁ”の体は見当たりません。よーく見たら塊の上からひょこっと顔が出ています。見るからに苦しそうです。

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 夢の中の男性は鏡を見せた後、悲しそうな顔をして去っていきました。そして男性が去るのと同時に目が覚めました。

 いつもは夢の内容なんてすぐに忘れてしまうのに、今回の夢は鮮明に覚えていました。何度思い出しても鏡に映し出された”たぁ”の姿にはギョッとします。恐ろしく重そうで、ずっと苦しそうでした。そして、男性の「ありのままが幸せ」という言葉・・・。何か引っ掛かりを感じたまま、大学へ行こうと家を出ました。

 ”たぁ”は家の外に出た瞬間、腰を抜かしそうになりました。たくさんの大きな塊が街中を動いているんです。夢の中で鏡に写っていた”たぁ”のような塊です。人間はどこにも見あたりません。まだ夢を見ているのかと思い、ほっぺをつねりますが、しっかり痛みを感じます。ということは、夢ではないということです。とりあえず家に戻り友達に電話をします。

”たぁ”「街中、変な塊だらけだけど大丈夫!?」

友達「何言ってるの?まだ酔ってる?遅刻するよ。早く来いよー」

 そう言って通話を切られました。”たぁ”はますます混乱しました。念のためもう一度外に出てみますが、相変わらず塊がうごめいています。”たぁ”は途方に暮れてしまいました。


6章 ”塊の正体”


 塊が現れてから一週間が経ちました。生活を送って行く中で、塊についてわかったことがいくつかあります。

 1つ目は、塊の正体は人間であることです。道端にいる猫やカラス、リールに繋がれている犬はそのままの姿です。だけど、人間だけが塊になってしまっています。それは”たぁ”の友達、そして・・・”たぁ”自身も例外ではありませんでした。鏡に映る”たぁ”の姿は夢で見たものと全く同じ、重そうで苦しそうな大きな塊になっていました。

 2つ目は、塊が見えているのは”たぁ”だけであるということです。これは誰に聞いてもそうでした。友達に聞いても、親に聞いても、SNSで検索してもそうでした。”たぁ”はこの問題を一人で抱え込まなくてはならなくなったのです。

 3つ目は、塊の大きさは人それぞれであること、そしてごくたまに塊がほとんどこびりついていない人がいることです。”たぁ”はこの不可解な現象を解き明かす鍵はここにあると考えました。塊がついていない人がどんな人なのか、法則性を見つけることで、解決の糸口を見つけられると思ったからです。

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 だから、”たぁ”は塊がこびりついていない人がどんな人なのかを観察し、メモを取ることにしました。今から、”たぁ”とったメモを何個か紹介していこうと思います。

 メモ1 女子大生N(22)
  ・優しくて、穏やかな性格
  ・でも、怒らせたら全然許してくれない。感情に素直
  ・空気が全く読めない。女子社会で生きていけているのか心配になる
  ・いるだけで場の空気が良くなる。人間版空気清浄機

  メモ2 社会人男性M(19)
    ・優しくて、穏やかな性格
    ・基本人に嫉妬しない
    ・常に自然体。全く無理をしている感じがしない
    ・植物のような空気の持ち主
    ・周りから愛されている

  メモ3 男子大学生O(20)
    ・いつも教室でギャルゲーをしている
                →全然恥ずかしそうじゃない。メンタル強すぎ
      ・人の目を気にしてない。ばかにされても笑っている。
     ・友達が少ない。でも友達といるときはキラキラしてる
     ・人に怒ったりしない

メモ4 男子大学生K(21)
    ・すぐにバイトを辞める
      ・体調が悪かったり、気分が乗らないとドダキャンする
      ・ご飯を食べる約束をしているのに、空腹に耐えきれずご飯を食べる
               →自分に素直
     ・それでも、みんなに愛されている
         ・面白い。優しい。いいやつ。
       ・なんか、キラキラしている       
    
メモ5 芸人E(39)
         ・ウケ狙う時より素が面白い
      ・やらかしても嫌な気がしないし、叩かれない。愛されてる
         ・キラキラしている


 ”たぁ”は他にもたくさんメモをとりましたが、紹介はこの辺にしておこうと思います。”たぁ”はなんとなく重要だと思う部分を太字にしてみました。

 メモ1 女子大生N(22)
  ・優しくて、穏やかな性格
  ・でも、怒らせたら全然許してくれない。感情に素直
  ・空気が全く読めない。女子社会で生きていけているのか心配になる
  ・いるだけで場の空気が良くなる。人間版空気清浄機
  
メモ2 社会人男性M(19)
    ・優しくて、穏やかな性格
    ・基本人に嫉妬しない
    ・常に自然体。全く無理をしている感じがしない
    ・植物のような空気の持ち主
    ・周りから愛されている
  
メモ3 男子大学生O (20)
    ・いつも教室でギャルゲーをしている
                →全然恥ずかしそうじゃない。メンタル強すぎ
      ・人の目を気にせず、やりたいことをやる。ばかにされても笑っている。
     ・友達が少ない。でも友達といるときはキラキラしてる
     ・人に怒ったりしない

メモ4 男子大学生K(21)
    ・すぐにバイトを辞める
      ・体調が悪かったり、気分が乗らないとドダキャンする
      ・ご飯を食べる約束をしているのに、空腹に耐えきれずご飯を食べる
          →自分に素直
     ・それでも、みんなに愛されている
      ・面白い。優しい。いいやつ。
       ・なんか、キラキラしている       
    
メモ5 芸人E(39)
         ・ウケ狙う時よりが面白い
      ・やらかしても嫌な気がしないし、叩かれない。愛されてる
         ・キラキラしている

 ”たぁ”は「自然」とか「素直」っていう言葉に目星をつけました。これらの言葉がキーワードなのではないかと思ったからです。これは何となくそんな気がしただけで、自分でもなぜそう思ったのか説明できません。不思議なことですが、”たぁ”には「これしかない」という強い確信がありました。  

 そして、こういった「自然」で「素直」な人たちにはもう1つ共通点がありました。それは周りから愛されていたり、キラキラしているということです。これに比べて”たぁ”はどうでしょう。自分を客観的にメモしてみました。

   メモ ”たぁ”(22)
            ・自分がしたいことが恥ずかしいことだと感じることがある
           ・周りの目を気にして、行動ができないことがある
        ・やらかしたらすごい叩かれる
        ・悪口をよく言われる。すぐ喧嘩する
            ・すぐ人と比べて落ち込む


 見事に対照的です。そして”たぁ”は夢の中で出てきた男性の言葉を思い出しました。

 ???「いいかい?自分を見失っちゃあだめだ。ありのままでいることこそ”幸せ”なんだ。」

 「自然」、「素直」、「ありのまま」・・・。見事に全てがつながりました。塊がない人は「ありのままでいる人」なのかもしれません!。逆に言えば塊がある人は「ありのままではない人」だということになります。そして塊の正体はその人の「ありのままでない部分」つまり「無理している部分」なのではないでしょうか。

 ”たぁ”は決意しました。塊を削ぎ落とすために、「無理している部分」を無くしていこうと。


7章 ”塊をそぎ落とす”


 「ありのままの人には塊がついていない」という仮説を立てて早一ヶ月。
”たぁ”の塊は全く小さくなりませんでした。

 ”たぁ”はこの社会で「ありのまま」を目指すことがどれだけ難しいか、痛感していました。「ありのまま」を目指すには世の中にはびこる「普通」と戦わなくてはならないことに気づいてしまったのです。


「普通、大学生は『キャプテン・マン』についてSNSに投稿しない」、
「普通、大学生は飲み会で騒がないといけない」、
「普通、大学生は授業を真面目に受けてはならない」
「普通、バイト先が嫌でも簡単には辞めてはいけない」、
「普通、友達の誕生日はSNSでお祝いしないといけない」、
「普通、先輩の誘いは断ってはいけない」、
「普通、後輩や女子には奢らなくてはならない」、
「普通、大学生は暇であってはいけない」、
「普通、就活で失敗してはいけない」、
「普通、バイトでミスしてはいけない」、


 これら全て、”たぁ”が一ヶ月で直面した「普通です」。今までは多少無理をしてもこれが「普通」だと思っていたため、何の疑いも持たず実行してきました。しかし無理をすることは「ありのまま」から遠ざかることになってしまいます。だから、”たぁ”はこれらと戦うことを決意しました。

 しかし、「普通」はあまりにも強力なものでした。”たぁ”はこれらの「普通」全てに敗れ去りました。

 「普通」と戦おうとすると小学3年生の夏休み明けのことを思い出します。3年生で「キャプテン・マン」を観ているのは「普通」ではないと言われ、みんなにおいていかれてしまいそうな強烈な不安に駆られたあの時を。「普通」でなければ周りから人がいなくなる、そんな不安が”たぁ”にはずっとあったのです。

 また、中学生の時の面談のことも思い出します。自分の性質が「普通」ではないと言われ、母親を泣かせてしまったあの時を。「普通」でなければ周りに迷惑をかける、「普通」でなければ社会から排除される、そんな漠然とした不安がずっとありました。

 だから”たぁ”は「普通」に流されてしまいました。周りから人がいなくなる、社会から排除されるというリスクを考えると、「普通」でいた方が安心です。”たぁ”は一ヶ月にして「ありのままの人」を目指すことを諦めかけていました。

 

 友達Kが就職に失敗しました。この友達はメモにも登場した「塊のない人」です。”たぁ”は就職に失敗したKを心の底からかわいそうだと思いました。自分がKなら、人生が終わったと感じることでしょう。「普通」就職はできて当然だからです。精一杯慰めてやろうと思い、たくさん差し入れを持ってKの家へ向かいました。

 神妙な顔を作り、インターホンを鳴らすと、すぐに扉が開きKが出てきました。パッと見た感じはいつものKです。少し安心して、いつも通りお酒を飲みながらゲームをしていました。

 いつの間にかKが就職に失敗したことも忘れ、夢中で遊んでいました。あまりにもいつも通りのKだったからです。そんな時、ふとKが口を開きました。

K「来年何をしようかなー」

ついにきたか・・・。”たぁ”はそう思いました。さっきまでの楽しいモードから、神妙モードに切り替え、どんな言葉で励ますか頭を巡らせました。しかし、Kから発せられたのは意外すぎる内容でした。

 来年はヨーロッパに行ってみたいだとか、可愛い彼女を見つけたいだとか、いろんなバイトをしてみたいとか・・・。Kは来年のフリーター生活を心の底から楽しみにしていたのです。”たぁ”は聞かずにはいられませんでした。

”たぁ”「就職に失敗して、何でそんなに明るくいられるの?」

と。すると、Kはこのようなことを言いました。

K「別に就職に失敗したからって死ぬわけではないし、どうせこの失敗もいつかは笑い話になる。だから今悩んでても無意味だし、どうせなら、楽しいことを考えていた方が得じゃないか。」と。

”たぁ”はなぜか嫌な気持ちになりました。Kは自分のことばかり考えているなと感じてしまったからです。だから”たぁ”はさらにこう聞きました。

”たぁ”「親とかに申し訳なくないの??。お世話になった人たちには??。そして恥ずかしくないの?みんな普通に就職するんだよ?」

 かなり嫌な言い方をしてしまいましたが、聞かずにはいられませんでした。Kは少し考えてこう言いました。

K「たった一度きりの、自分だけの人生なのに誰に遠慮する必要があるの??自分が幸せになること以上に大切なことって、この世にそんなにたくさんあるのかな??」

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 ”たぁ”はバットで後頭部を殴られたくらいの衝撃をうけました。何でこんな当たり前のことに気づかなかったんだと、心の底からそう思いました。そうだ、「自分が幸せであること以上に大切なこと」なんてそんなに多くはありゃしない。それに比べたら、「就職に成功すること」や「友達が多いこと」、「大学生活を充実させること」なんてどうでも良い。それらはあくまで幸せになる手段であって、それ自体が目的ではないんだから。極端にいえば、就職に失敗して友達が少なくて、大学生活がずっと暇であっても幸せでありさえすればそれで良いんだ!!

それに気づかせてくれたKに感謝するとともに、”たぁ”はこう決意しました。

”たぁ”「最高に幸せで、イカした人生を送ってやる!!」と。


8章 ”最高に幸せでイカした人生を目指して”


 ”たぁ”はまずバイトをやめました。そのバイト先は人間関係が面倒くさく、いつも大きなストレスになっていました。散々「恩知らず」とか「常識知らず」とか言われ、少し心がぐらつきましたが「幸せなこと以上に大切なことなどあまりない」というKの言葉を胸に、思い切って辞めました。体が少し軽くなりました。

 次に、「キャプテン・マン」が好きなことを公言するようになりました。SNSで投稿したり、イベントに出向いたりしました。周りの友達からはネタにされ、少し恥ずかしい思いもしましたが、好きなことを好きと言えることがこんなにも嬉しいことなのだということを思い出しました。体が少し軽くなりました。

 久しぶりに「なぜ?」という言葉を多用してみました。中学校の面談の時から封印していた言葉です。最初は意識しながら、おそるおそる使っていましたが、その言葉が心の奥底に隠れていた、「好奇心の強い”たぁ”」を呼び戻してくれました。それからは意識しなくても「なぜ?」という疑問が勝手に湧いてくるようになりました。それに伴って知識欲が増し、昔のように本をたくさん読むようになりました。体がかなり軽くなりました。

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 「キャプテン・マン」や本に夢中になると、以前のように友達と遊ぶ時間がなくなっていきました。だから、友達の誘いを断るようになりました。最初は友達が減ってしまうのが不安だったのですが、やはりKの言葉を糧に自分がしたいことを優先させました。すると、無理やり大学生活を充実させようとしていたあの時より、よっぽど充実して毎日を過ごせていることに気がつきました。体がとても軽くなりました。

 

 「自分の幸せ」を優先し始めると、周りに自己中な奴と思われ、友達が減ることを覚悟していました。実際、日常で絡む人の数は減っていきました。しかし、それによって”たぁ”が不幸になることはありませんでした。しょせん、ここで減った友達はこれまで無理して付き合っていた人たちであって、本当に一緒にいて楽しい人は例外なく今も仲良しだからです。

 また、自分の気持ちに素直になって生活しているうちに新しい出会いもたくさんありました。”たぁ”が意外だったのは、大学生にも「キャプテン・マン」が好きな人がたくさんいたことです。「キャプテン・マン」好きを公言することで、今までそんなに仲良くなかった人とすごく仲良くなったり、新しい友達ができたりしました。

 ”たぁ”はこれまで周りの「環境」に合わせて自分を変えてきました。周りが「ヨウキャ」であれば「ヨウキャ」になろうとしたし、みんな本が好きでなければ読書を辞めました。その結果、塊まみれになりました。

 しかし今はどうでしょう。自分の気持ちを優先させることで徐々に「環境」が変わっています。”たぁ”に合わせて「環境」が変わっているのです。いつの間にか、
”たぁ”の周りの環境は「キャプテン・マン」が好きな人が集まる「環境」、本が好きな人が集まる「環境」に変化していました。そこにいれば”たぁ”はずっとありのままでいることができます。”たぁ”は日を追うごとに幸せになっていくことを実感していました。

 

 

 3年後。目が覚めていつも通り洗面台の前に立つと、そこに写っていたのは塊の全くついていない”たぁ”でした。徐々に塊が減っていましたが完全に塊がなくなったのです!!

 ”たぁ”は当初、塊をそぎ落とすことが目的でした。しかし、こうやって塊がなくなってみると「ありのままになること」が目的だったように思えます。これはきっと、神様が”たぁ”を幸せにするために与えてくれた試練だったのではないかとさえ思えてきます。”たぁ”は神様、信じてないんですけどね。

 自分の塊が全て削ぎ落とされて3日。他人が塊に見えるという現象も終わりを告げました。3年も塊たちと過ごしてきたので、逆に違和感がありました。まあ、じきに慣れるでしょう。

 ”塊現象”が収束し改めて感じたのは、この社会には塊、つまり「無理している部分」を身に纏っている人が非常に多いということです。今はもう塊は見えないけれど、きっと信号待ちをしているあの人も、犬の散歩をしているあの人も、大きな塊を纏っているのでしょう。体は重く、苦しいに違いありません。”たぁ”は自分の運の良さに感謝するのとともに、できるだけ多くの人の塊をそぎ落としてやりたいなと思いました。

 ”たぁ”は新たな決意を胸に、今日も幸せな気持ちで、職場に向かいます。

9章 ”神様の国”


 ここは人生を終えた命が還ってくる神様の国。今日も1つの命がエレベーターに乗って還ってきました。

 エレベーターの前には番人である神様が立っています。エレベーターが開き、そこにいる子に神様はこう尋ねました。

神様「どんな人生だった??」

 すると彼は元気よく、こう答えました。

???「最高に幸せで、イカした人生でした!!」

 神様はさらにこう尋ねます。

神様「いい人生だったね。じゃあ、その秘訣を教えてもらっていいかな??」

 彼は少し考えて、こう答えました。

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 ”たぁ”「”ありのままでいること”です!!」

 神様はその答えを聞いて、満足そうに頷きました。





 

                           

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