見出し画像

『風とキューポラの街から』鋳物工業の衰退と<住工混在>

鋳物や鋳造の勉強をしたいと考えていたところ、面白い本に出会ったので紹介する。

『風とキューポラの街から』 井上 こみち 作, 山口 みねやす 画

小学校高学年向けに書かれた本なのでとても読みやすい。製造業が抱える諸問題をこどもにもわかりやすく伝えられてる名作。

本書が出版されたのは1990年だが、本質的な問題は現在もあまり変わっていないのではないかと思う。

僕はこの記事において解決策を提言をするつもりはない。自分には経験も知識も足りていないことは自覚している。ただ製造業界隈の諸問題を理解することで、関係者の気持ちに寄り添えるようになりたいと思っている。

舞台となった川口市について

本書の舞台となるのは埼玉県川口市。現在は都心に近くベッドタウンとして有名だが、もともとは工業地区として栄えていた。

特に川口市で有名なのが鋳物(いもの)。1947年には703もの鋳物工場があり、全国の約3分の1の鋳物生産を行っていた。しかし後述の諸問題の影響もあり、川口の鋳物産業は衰退していくことになる。

後継者問題

本書の登場人物である「鉄男」は鋳物工場に勤める父をもつ。そんな彼のセリフからは鋳物工場で勤務することの苦労が伝わってくる。

「鋳物の仕事っていうのは、力はいるし、よごれるしで、工場に勤めたいって人がいないんだって。見通しが暗いわけよ」
「このごろは若い人が少ないから、かなりの年の人も働いてるって、父ちゃんがいってたよ」
「長い間、ひとつの仕事をしてきて、きゅうにほかのことをやれといわれてもできないって、父ちゃんがいっていたよ」

工場勤務は「キツい・汚い・危険」というイメージが強い。一度業界に入ってしまうとほかの仕事に着けなくなるというリスクもある。そのため、工場で新しく働きたいと考える若い人が少ない。大手でもなく個人経営の零細工場ならなおのことである。

外国人の受け入れと産業の空洞化

後継者不足に悩む鋳物工場であるが、救いの手となってくれる存在がないわけではない。それが外国人労働者たちだ。本書でもバングラディッシュから出稼ぎにやってきた「マッキー」と、中国から来日した「ヤンさん」という二人の外国人が登場する。

この二人の外国人はそれぞれ異なる問題を浮き彫りにしている。

「マッキー」はかなりグレーな労働者。労働ビザを取得できず観光ビザを使って日本に滞在している。

カネのために言語もわからない国で働くことの不安は想像できない。いつ強制送還されるかもわからない。工場は承知したうえで彼を労働力として使役している。

日本の法制度や工場には、彼らを受け入れる体制が整っているのだろうか?仮に受け入れたとして、彼らを「ヒト」として扱っているだろうか?

一方で「ヤンさん」は鋳物技術研修生。川口から鋳物技術を学び、国に伝えるという使命がある。彼は「マッキー」とは異なり堂々と滞在することができる。

後に彼らが学んだ技術が中国や東南アジア諸国に伝えられていく。「国際貢献」というと聞こえは良いが、それが後の産業空洞化にもつながったのだろう。

各メーカーが国内から資材調達をせず、安価な海外製にアウトソーシングするようになった。その結果、日本の鋳物産業衰退が加速したという事実は無視できない。

工業地帯と住宅地の共存問題

廃業する工場が増えてくると、その跡地にマンションが建てられるようになった。川口という都心に近い立地からも、転入希望者が増加したことは想像に難くない。

川口は住宅街と工場が共存する<住工混在>の街になった。しかしそれまでずっと川口で工業を営んできた人間と、都心に通うために川口に移り住んだ人間が相互に理解しあうことは簡単ではなかった。

「鋳物工場は、この川口の町に、ずっとずっとむかしからあったんだ。それなのに、あとから住み始めた人たちが、キューポラからでる煙で、せんたくものがよごれるとか、工場の音がうるさいと、もんくをいうのはおかしいと思わないか。川口はそういう町なんだよ。鋳物工場のほうは、公害の発生源みたいにいわれて、ずいぶんまわりの人たちに気を使っているよ。煙も音もにおいも、むかしとはくらべものにならないくらい少なくなっているんだ」

川口市内の一部は「特別工業地区」として指定されており、現在も周囲の住人は多少の塵埃や騒音について承知してから住むことが求められている。

まとめと感想

本書を読み終えて、著者の川口への愛、そして問題提起が鋭く伝わってきた。本書「あとがき」からもその願いを読み取ることができた。

工場勤務をはじめ「キツい・汚い・危険」とされる仕事は、誰もが関わりたいと思うものではないかもしれない。それでも私たちの生活に間接的にかかわっているなくてはならない仕事だ。その現場で何が起こっているのか想像力を働かせて考えていきたいと思う。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?