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18.5歩目。漁師さんの人生の振り返り。

●漁師さんの人生の振り返りについて


「私は、二番目の子どもでしたから、兄のように皆を引っ張るような存在ではなく、それを支えるための存在だと言われながら育ちました」

「ですので、兄が羨ましいと思うよりも先に『兄や弟妹たち、家族皆を支えて幸せにするのが、自分自身の生まれた役目である』とずっと考え、それを信じて生きていました」

「父親が倒れ、両親が徐々に不仲になり、兄や私が家族を助けるために必死になる…それも当然で、当たり前の流れだと感じていました。そうしなければ、皆が飢えてしまい、その日の食事にもありつけずに、病床の父親の世話をする母親が自身をすり減らすようにして働いていましたので…そう、それをしなければ、皆が共倒れになることが見えていたからです」

「父親から基礎は教わったとはいえ、ほぼ見様見真似でしか覚えていない技術で、父親のように漁を行い、結果を出すのは至難の業でした。頑張っても中々収穫量が増えないことに兄は焦りと苛立ちを募らせていましたし、私を始めとして、弟や妹たちも皆、不安で張り詰めていました」

「そんな状況で、母親が網漁の匠の元へ、食料や金銭を分けてもらう目的で通うようになっていました。ただ、通うことが増えれば増えるほど、父親がすさみ、兄や私に(言葉だけでしたが)当たるようになっていったのです」

「私が匠の元へ修行という名目と、事実上の養子に出た際、家族は一時的に私がいなくる隙間を埋めようとしてくれたのか、まとまったような雰囲気になっていました」

「家族と離れ、匠の元で修行している間、始めはとても寂しかったのですが、匠をもうひとりの父親のように感じ始めてからは、実家のことを時々忘れることがあるくらい、充実していましたし、何よりも『自分のことに集中していて良い』ということを認めてくれる匠の存在が、本当に大きかったです」

「修行を一通り終えて、家族の元に行き来するようになり、私がいなかった間に変わったことなどのフォローをしていくうちに『自分のことよりも家族のことを考えなければいけない』時間が増えていきました」

「何よりも、私が離れていたことで、こんなにも家族がバラバラだったり、荒んだ関係性になってしまっているとは思わず、私自身はその間、匠の元でとても気持ちが満たされるような経験をたくさんしていて、自分のことばかりになっていた…と深く自分のことを恥じ入り、後悔したからです」

「弟たちに匠から習った技術を教えて、(始めは匠にもたくさんお世話になりましたが)面倒を見るようにしたのも、それが理由です。それに兄は、妹を嫁に取ったことで、親以外の家族の面倒を見る余裕がない、とも言っていたので、後は私が見るしか無いと思ったからです」

「父親が居なくなって数年経っても、戻ってこなかった時に『もう亡くなったものとして扱っても良いのではないか』という意見が出ましたが、兄は『遺体を確認するなり何なり出来ない内は認めたくない』として、結局、私が先に亡くなるまで父親の生存を信じ続けていました」

「下の弟が亡くなった時、兄は弟の葬儀には来ませんでした。妹が幼い子どもを数人連れて、顔だけだしていましたが、それ以降妹にも会うことはありませんでした」

「匠を看取った後は、上の弟と共に何となく生きていましたが、弟の様子を見ていて『あぁ、これなら一人でもやっていけるだろうな』と思ったら、気持ちの糸が切れてしまったのでしょう。気付いたら、そのまま体が動かなくなっていました」

…ということでした。
漁師さんは話し終えた後、「一張羅」だと話されていた薄い青みがかった色調の着流しに袖を通し、身支度を整えた後、光の中にゆっくりと歩いて溶けていかれました。


生まれた時から、【子ども】としてではなく、【誰かを支えるための補助役】として望まれ、本人もそれを「当たり前」として受け入れ続けた…

それが良いことなのか悪いことなのかは、ご本人にしかわかりませんが
ずっと誰かを支え、母親が動けなくなってからは母親の、父親が居なくなってからは父親の役をずっと担ってきたように思います。

そして、ご自身が唯一【子ども】で居て良い、未熟であっても良い、と認めてくれたのが「匠」さんの隣で…そこで、最後まで弟子であり、息子で在り続けられたから、他の家族に対しては別の役を求められ続けても、その存在で居続けることが出来たのだろうかなぁ…とか色々と考えてしまいました。

心の支えがある、というのは「そこでは自分が完璧でなくても良い、未熟であっても問題ない」と感じられる拠り所を持つことなのかなぁ…とか、今回はその「心の支え」の形について考えてしまう内容となっておりました。

今回は、このへんで。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

とよみ。

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