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「語彙力を外付けできる辞書」で打線を組んでみた。

「語彙力を鍛えるために本を読め」とよく言われる。
だが「語彙を適切に使用する能力」である語彙力は、読書だけでは鍛えることが難しい。

書くことを料理に例えるとそれが分かる。
食材(語彙)が増えても美味しさ(語彙力)の向上にはつながらない。だが、適切なレシピが手に入れば美味しさは向上する。

語彙力もレシピのような外的リソース(自分の中にはない知識・技能)に頼って向上させることができる。
そして、その語彙力でレシピに当たるものが「辞書」なのである。


【「語彙」と「語彙力」の定義】

以下、語彙力について述べていくが、その前に「語彙」と「語彙力」の違いを明確にしておきたい。

【語彙】
その個人が使用する語の総体(を集めたもの)。ボキャブラリー。

山田忠雄ら編(2020)新明解国語事典(第 8 版),三省堂

【語彙力】
語彙力とは、物や事象を説明したり、ある言葉を他の表現に言い換えたりすることで、相手や場面にあわせて、よりわかりやすく、説明、表現することができる力のことです。

日本漢字能力検定協会「語彙力ってどんな場面で役立つの?」,https://www.kanken.or.jp/dan-sprt/kanken/tool/data/sup_k_h_c_01_4.pdf

辞書は「言葉がたくさん載っている本」というイメージが強いが、実は「『言葉の使い方』が載っている本」もある。

「食材(語彙)を探しに行くスーパー」にあたる辞書もあれば、
「調理法が分からないときに頼りになるレシピサイト」のような辞書もあるのだ。

本記事では、語彙力が無くても語彙豊かな文章を書けるようになる辞書を9冊紹介する。

【打線】

「言葉が広がる一冊」/1(一)『新明解類語辞典』

『新明解類語辞典』は「似た言葉を探せる」辞書だ。

辞書といえば50音順に並んでいるものが多いが、この辞書は「テーマ順」に並んでいる。
例えば、索引で「こいのぼり(鯉幟)」を探し、そのページに行くと「風車」や「雛人形」などの近い言葉が載っている。
この「似ている言葉が近くにまとまっている」という構成により、自分の知っている言葉を起点に、語彙を縦横無尽に増やすことができるのだ。

類語辞典の構成イメージ(目次などをもとに作成)

「『面白い』ということを言いたいけど、もっと別の言葉を使いたい」など、「違う言葉や似た言葉を使いたい・探したい」というときに大活躍する一冊。

「圧倒的なスピードに驚く一冊」/2(三)『三省堂 反対語対立語辞典』

『三省堂 反対語対立語辞典』はその名の通り、「反対の意味を表す言葉」を探すことに特化した辞書だ。
50音順に言葉が並んでおり、それぞれの言葉に「意味」ではなく「反対語・対立語」が載っている。
シンプルな構成で「反対の言葉」へスピーディにたどり着ける頼もしい一冊。

「 『言葉の組み合わせ』に特化した一冊」/3(投)『てにをは辞典』

例えば「金木犀の香りがする」という表現が納得いかなかったとする。
だが「香りが〇〇」の〇〇を調べることは中々難しい。

この、「言葉の組み合わせ」を調べられるのが『てにをは辞典』だ。
先ほどの「香りが〇〇」であれば
「あふれる。熟れる。覆う。こもる。しみこむ。」
などの表現が30個載っている。

ひとつひとつの言葉を吟味する推敲の段階で特に活躍する一冊。

「 『正解』が見つかる一冊」/4(二)『三省堂国語事典』 

「新語がめっちゃ載っている」で有名な辞書。
丁寧かつ徹底的な「用例最終(様々な場所や時間、世代で使われている言葉を集める行為)」のおかげで、
「“今の日本”でどの言葉がどのような意味で用いられているか」を知ることができる辞書となっている。

ここまで紹介したのは「語彙を増やす」という意味で語彙力の糧となる辞書であった。
『三省堂国語事典』は語彙を増やすというよりは、「使った語彙が適切か否か」を確かめることができる辞書である。

ページを開くと、冒頭には「辞書は“かがみ”である」という信条が書かれている。
“かがみ”は世の中で言葉が使われている様子を映す「鏡」と、言葉の規範しての「鑑」を意味している。
(ただし、この「規範」は誤用に対して「誤用である」と言及するような「規範」ではなく、あくまで個々人の「判断材料」になるという意味での「規範」である)

本来、言葉や意味にただ一つの正しい答えは存在しない。
だが、「正解のようなもの」はあるように思われるし、存在しないはずの「正解」が必要になるときもある。
そんな「世間での正しさのようなもの」を確かめたいときに活躍する一冊。

「語彙のルールブック」/5(中)『記者ハンドブック』

狭義の辞書ではないが、語彙力という戦場において非常に戦闘力が高い本であるため紹介。
語彙力を外付けしたい場面において活躍するのが同書内の「用字用語集」だ。

「こと・事」や「とき・時」など、漢字で書くか、ひらがなやカタカナで書くか悩む場面があるが、「用字用語集」は「出版しているメディアごとの基準となる表記」が載っている。
(リンク先は共同通信社の『記者ハンドブック』を載せているが他のメディアからも出版されている)

せっかく適切な言葉を選んでも、その書き方(表記)で読み手に違和感を与えてはもったいない。推敲の先、校正(誤字脱字がないか確認する段階)で特に活躍する一冊。

「日本で一番売れている国語辞典」/6(捕)『新明解国語事典』

「言葉の説明がユニークなこと」で有名な辞書。
そのユニークさは「ウケを狙っている」と捉えられがちだが、本質はそこにはなく、言葉とその意味が丁寧に考えられているところにある。
それについて序文では「ことばの本質をとらえた鋭い語釈(言葉の説明のこと)」と書いている。

「その言葉って本当はどういう意味なんだっけ?」
と立ち止まって考えたいとき、僕はこの辞書を紐解くことにしている。

キャッチコピーなどひとつひとつの言葉の重みが問われる場面において、その言葉について深く考えたいときに頼りになる一冊。

「言葉の誕生ドラマを知る一冊」/7(右)『新明解 語源辞典』

「語源」を集めた辞書。
様々な言葉の由来を知ることができ、「引く」だけではなく一冊の読み物として「読む」ことも楽しめる辞書である。

キャッチコピーやネーミングなど言葉に命を宿す仕事においては、「その言葉がどのように生まれたのか」を確かめておきたい場面もある。
意外とネガティブな誕生秘話をもった言葉も少なくないからである。

字面だけではわからないその言葉のドラマを知ることができる一冊。

「語尾から広がる一冊」/8(左)『逆引き広辞苑』(※品切れ)

「『こいのぼり』と言うけれど『~のぼり』と付く言葉はどのくらいあるのだろう?」
と調べたいときなどに役立つ一冊。

この辞書は通常の辞書とは逆に、
り>ぼ>の>い>こ(例:こいのぼり)
と後ろから引く辞書である。
「鯉幟(こいのぼり)」の近くには「追幟(おいのぼり)」や「絵幟(えのぼり)」など「~のぼり」と付く言葉が並んでいる。

「語尾は分かっているんだけど・・・」や「この言葉の語尾と同じ言葉を探したい」という場面で大活躍の一冊。
品切れなので新品の購入は難しいが、中古での購入は可能。
若干手にしづらいが、一度手に入ればパワフルに活躍してくれる期待の一冊。

「文人の言葉遣いを知る一冊」/9(遊)『新潮現代国語事典』(※品切れ)

あらゆる文芸作品や文献から集めた言葉でできた辞書。
文学作品を読んで分からない言葉が出てきたとき、他の辞書に無くてもこの辞書には載っていることもある、本読みにとって頼りになる辞書である。

用例(言葉がどのように使われているか書いたもの)が特徴的。
例えばこどもの日でおなじみ「かぶと」であれば以下のように書かれている。

【かぶと】
戦闘などで、頭を保護するためにかぶる鉄製の武具。
「ー形の帽子〔ふら〕」

山田俊雄ら編(2000)新潮現代国語事典(第 2 版),新潮社

「ふら」は永井荷風の『ふらんす物語』のこと。
つまり、この辞書では用例に文学・文芸作品が多く使われているのである。

辞書には載っていない言葉の微妙なニュアンスを「先人がその言葉をどう使ったのか」ということから知ることができる。
先人の気配を感じることで、言葉に説得力や力強さが宿ったような気にもなる。

『逆引き広辞苑』同様に、現在品切れとなっているが中古で購入が可能。
先人が語彙の先生になってくれたようで非常に心強く、頼もしい心地になる一冊。

【まとめ】

辞書はコンビニのように「何でもあること」をウリにしたものもあれば、鮮魚店や青果店のように専門性をウリにしたものもある。
今回は「語彙力を外付けできる」という点にに着目して辞書を選書した。

語彙の広さと深さ(右は料理で例えた比喩)

上図のように、語彙には広さと深さがあるが、辞書を適切に選ぶことで語彙を広さと深さの両面で縦横無尽に広げることができる。

仕事が他者に伝えるということで成り立っている以上、何らかの形で「書く」という行為に関わっており、語彙や語彙力とも密接な関係にある。
言葉に悩んでいるとき辞書は悩みを聞いてくれる友達にも、アドバイスをくれる先生にもなる。
「語彙を増やしたい」
「語彙力を高めたい」
という方は辞書を仲間にしてはいかがだろうか。

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