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やさしさに見える無関心について


多様性を保った社会の実現に向けて、ようやく世間的には一歩踏み出した感じがしますね。

他者の意見や行動を尊重して、優しくしましょう、受け入れよう、という方向に解釈されていることが多いですが、その実態は本当に優しさか、漫画にしました。


実は他人に対して、無関心なときほど受容的な態度は取りやすいと思います。自分に関係ないし、同じコミュニティにいないうえ、なんの発言責任もないのだから。

助言やアドバイスや進言は、時には鬱陶しいし放って置いてくれと思うこともありますが、逆に考えれば同じコミュニティに属していると捉え、多少でもベストな方法を一緒に考えてくれているとも言えます。

もちろん、有益な進言と無益な感想、意見の押し付けは玉石混合であり、助言であれば必ず聞くべきであるとは言えません。しかし、同様に一見、優しさに見えるからといって信じて良いわけでもありません。

アドバイスと同様、優しさもそのまま受け取るべきか考えるときがあって、重要な分岐点を見逃してしまうこともあります。

自分にとって甘い言葉だけ聞き入れて、飛躍のチャンスを逃す時も残念ながらある。

本当に自分のことを思って差し出した優しさなのか?嫌われたくないために、なあなあにしておくために、優しさに見えるものを咬ませているにすぎないのか?

その人のことを信じられるのか、優しくされたことそのものを信じているのか?

自分がもっと飛躍するために、正しい道を歩むために、時に優しさに見えるものにも、距離を取らなくてはならないときがある。それが自分に関心を持ち続けると言うことだ。

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(ずーっと見てるよ?)
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出版プロデューサー/コンテンツ発掘人&自分もコンテンツ作る人。 前職は広告野郎。『上馬キリスト教会の世界一ゆるい聖書入門』6刷『ウケる人、スベる人の話し方』3刷。創作に関するノウハウやメンタリティを発信。創作する人を応援。noteマガジンpicker/企業ブランディング支援。
コメント (2)
とても心に刺さりました。私は今あえて他者に対して無関心になり、優しくしない時期にしようと決めているのですが(ちょっと病気の治療をしているので、その一環として)、他者からの優しさまたは無関心をもきちんと見極めたいなと思いました。ありがとうございます。
寛容とは少しずれるかもしれませんが、やたらと「すごいですねー!」と褒める人を思い出しました。字面としては称賛でも本質は無関心で、その一言で相手の後の言葉をシャットアウトする使い方をする。「いいと思うよ」に近いなと思いました。
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