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決めかねる

あれはいつの出来事だろう。幼稚園に入る前かもしれない。小さかった僕は、旅行先のホテルのロビーで、アメが沢山入った小さなバスケットを見つめていた。

「この中からひとつ、選んでいいよ」

そう言われたのだろう。どうしよう、どのアメを食べよう。

バスケットの中でも、一際目を惹くアメがあった。パインアメ。たったひとつだけパッケージが透明で、アメ本体が見える。真ん中が空いたアメの黄色は光って見えた。パインってどんな味なんだろう。しかもパイン味じゃなくて、「パインアメ」だ。

いろんな色で満たされるそのバスケットを眺めながら、立ちつくしていた。どのアメを食べよう、というより、パインアメを取るか取らないかで悩んでいたのだと思う。僕はメニューをすぐに決めるのが、とても苦手な子どもだった。

ふと、ホテルのエントランスから笑い声が聞こえた。振り返ると、似たような家族連れの観光客がいる。同い年くらいで大きめの男の子が、両親のもとを離れてこちらへ走ってくる。僕は、やんちゃそうな子が苦手だった。

男の子は目の前まで来て、一瞬で最後のパインアメを取り去って行った。金色のパインアメと屈託のない笑顔を両親に見せつける。

その後僕は、泣いてしまったらしい。泣きわめいたらしい。悔しかった。はじめての「パインアメ」を横取りされて。ずっとずっと悩んでいたのに。あんなにもたやすく奪われた。たとえパインアメを取らない決断を下したとしても、自分で決めたかった。


選択肢があるのは、悲しいことだ。自分で選ばなきゃならない。敷かれたレールの上を走ることには反抗したいくせに、選択肢はいつまでも残しておきたい。思考停止も、能動的決断も、したくない。僕は不可逆が嫌いだ。人生は不可逆の連続であるということをまだ受け入れられずにいる。まだ諦められずにいる。

あの「パインアメ」は、人生の一大テーマを予言するものだったと思う。恋愛においても、「大切な人は失ってから気づく」らしいよ。「幸運の女神には前髪しかない」って言葉は、古代ギリシアからあるらしいよ。

これまでも決めかねてきたし、これからも決めかねる。決めかねたことへの後悔と虚無感と情けなさを感じたことが、あなたにはありますか?僕はいま、悲しいです。

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