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私の歴史⑭


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2017年12月に、高校卒業から、約8年半勤めていた会社を辞めました

夢であった、自分の店を持つ、という事を目標に、リラクゼーションの業界へ修行の道に入りました


僕が夢を持つきっかけとなった、Nさんという方がいらっしゃるのですが、その方は健康サロンを営んでおりました

国家資格は持ってはいませんでしたが、リラクゼーションの技術と、国家資格を持った方からの指導を受けている方でした


僕は国家資格は取った方が絶対に良いとは思っていたのですが、学校に行くという事も嫌いだったし、お金も持っていなかったので、整体や鍼灸、柔道整復師の資格などは取らずに、チェーン店のリラクゼーションの会社に、業務委託という形で雇われることを選びました

お客様からすれば、国家資格も持っていない素人から身体を触られるのは嫌だし、信用もないと思います

でも僕は、お客様の体、精神を癒したい、という信念があったので、国家資格なんかなくても経験を積んで、自分を気に入ってきてくれる人に全力を尽くせば、そんな問題は解決すると思って、手技や知識の資格は取らずに独学で学ぶことを選択して、業界へ入りました

国家資格を取る時間を、実際に業界で働く時間に振った方が、絶対に成長につながると思ったいたからです

反論、異論ある方は本当に多いとは思います

特に国家資格を持った方からは、きっと批判されるだろうとは思いましが、早く業界で働いて経験を積むことが先決だと思ったので、僕はそうしました


僕が目指していたビジネスのモデルは、リラクゼーション、手技を用いた施術が一番のメインではなく、それはあくまで一つのツールとして活用するという事を決めていました

実際に人の体を触ったり、会話をしないと、体調や精神状態が解らないし、感覚的な面でも必要だと思ったので、リラクゼーションの業界は、その入門編として利用させてもらおう、という考えでした


僕のメインの事業として考えていたのが、健康機器を使った日常生活での健康管理です

来て頂いたお客様に、健康についての知識や考え方を教育して、ご自宅で、ご自分で自分の健康を管理する、という意識の向上を目的とした事業をする

というのが、僕の事業のメインとして考えていた内容です

その事業を通して、来て頂いた方の人生が、より健康で楽しくなるようにサポートしたい、というのが根底にある思いでした

リラクゼーションは、あくまで一つのサービスというだけで、できた方がいいだろう、という具合の感覚でした


それで僕は、リラクゼーションの業界に入りました

始めは、1か月ほど集中して、その店舗の指導者の方から、技術や現場での流れを指導してもらいました

1か月後すぐにお客様を対応することになりました


始めは本当に緊張しました

自分の知らない内容を聞かれたらどうしようとか、何を話せばいいだろうとか、どんなお客さんが来るんだろうとか、嫌われたらどうしようとか、すべての環境が新しかったので、本当に緊張しました

接客業というのは、高校生のバイト依頼したことがありませんでした


もともと僕は声が小さくて、小学校中学校の時に覇気がないとかよく言われていました

お客様と対面すると、緊張して、さらにおなかに力が入らなくなってしまい声が小さくなりました

人を癒してあげようとか、楽にしてあげようという気持ちの前に、お客さんに嫌われないようにしようとか、よく見られようという想いが先に来てしまって、その場を取り繕うので精一杯でした

そのうち慣れるだろうと思っていたのですが、お客様と接すること自体がストレスになって、だんだん店に行くのも嫌になってきてしまいました

店の扉が開くと、身体が硬直して、偽の笑顔でお客様を対応して、自分の心と体がガチガチの状態でお客様の対応をしていました

あ~、自分には向いていなかったんだな~、とすぐに引き返しても良かったのですが、自分はこの仕事で成功するんだという決心を持って転職したので、考えを変えることがすぐにできませんでした


僕は昔から友達と会うことですら億劫になる事が良くありました

大人数で遊ぶときなどは、特にそうです

本当に気の合う友達と2人で遊ぶのは好きだったのですが、顔を知っているだけで話したことがないとか、ちょっと話すだけで仲がいいとかいうわけでもない、そういう人がいると急に億劫になる事が良くありました

中1の時に、6、7人くらいで電車で遊びに行くという事があったのですが、その日の朝に友達が迎えに来たのを、具合が悪いと言ってドタキャンしたことがありました

人付き合い自体が向いていなかったんだなと、今では理解しています


直接お客様を対応する、という仕事内容が向いていなかったことと、もう一つ問題がありました

それは収入面です

会社員の時代は、給料は平均すると年収で、320万円くらいありました

リラクゼーションの業界に行くと、最初の年の年収が110万円ちょっとでした


というのも、はじめに勤めたリラクゼーションの店舗が、転職してわずか4か月ほどで閉店してしまったのです(笑)

その店舗で受け取った給料は、合計で20万円くらいだったと思います(笑)

月に換算にすると、5万円くらいです

僕が務めたのはその店舗が5年目くらいの時だったのですが、開店当初は、それなりにお客さんが来ていて、稼ぐ人だと月20万円くらいでした


転職前に、単純計算で年収で200万円はいくだろうと考えていたのですが、業務委託の完全歩合制の給料体制なので、肝心のお客さんが来なければ全く収入にはなりません

僕が務めた店舗は、お客さんも少なくて、稼げても月10万円くらいの給料でした

店の業績が悪く、大元の会社が閉店を決断したのです(笑)

まさかこんなに早く次の職場を探すことになるとは思ってもみませんでした(笑)

蓋を開けてみると、1人で生きていくことすらできないような給料しか稼ぐことが出来ないという現状に、僕は絶望しました


幸い、僕が転職をするきっかけとなった、Nさんの知り合いの方がいるリラクゼーション店舗を紹介して頂き、閉店後はすぐにその店舗で働く事が出来ました

それは転職して6か月くらいたった頃でした

その店舗では、平均すると月収で12万円くらいになりました

まだまだ給料としては低いですが、前の店舗よりは、金銭的なストレスはかなり楽にはなりました

それでも、年収としては150万円あるかないかです


貯金をすることも出来ないし、自分が好きな事もできない環境になってしまい、僕はドンドン鬱っぽくなっていきました

人と直接かかわる仕事内容にストレスを感じていましたが、それが自分に向いていないことに気が付けずに、何とかなると思い、がむしゃらに頑張る生活を続けました

十分な給料もないので、遊びに行くことは出来ず、完全に職場と家の往復だけの生活になりました


理想は、自分の笑顔や接客、技術がお客さんに気に入られて、固定客が付き、毎日楽しく仕事をする

自分の事業を成功させるために、開業のための資金を貯める

そして、固定客が増えてきて、その固定客を自分の店に引き込めば、自分の事業は成功する

というものでした


実際は、お客様と接することがストレスになり、ガチガチになってしまう

固定客はたいして付かない、せいぜい5、6人くらい

仕事が全く楽しめない、開業のための資金すら貯められない

理想と現実とのギャップに、僕の夢は完全に消え去りました


自分には向いていなかった、自分の店を持つ度胸もなかった、甘い夢を見ていた、というのを完全に理解したのは、2019年の年末ごろです

これからどうしていこう、自分の将来はこのままでは終わりだ、毎日毎日が恐怖で不安で、このまま頑張った先に安定した楽しい未来が訪れるという希望を持つことは不可能になっていました


もう一つ気が付けたことがありました

それは、自分の夢を持って脱サラをするというポジティブな動機よりも、会社員の束縛されることが嫌だ、責任を逃れたいというネガティブな動機の方が大きかったことです

会社が楽しくない、早く辞めたい、そういった動機の方が、実は自分の中で大きかったんだなと、気が付くことが出来ました

そのような想いもあり、また会社員に戻らなければ普通の生活はできないと思うと、先にも行けないし、後にも引けない、気の抜けた宙ぶらりんの浮遊霊のような状態になっていました

自分の夢も、会社員を辞めたいという動機から出た言い訳のようなモノだったんだなと、自分で自分を責めました


生きていくためにはどうにかしないといけないという想いはあったので、2019年頃から、僕はインターネットで解決策を探すという行動に出ていました

そこで僕は、現在のメンターである、松田豊さんに出会いました


続きはまた書いていきます

最後までお読み下さり、本当にありがとうございました




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