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短編集

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短編集です。タイトルに<前編>など付いていない記事は、一記事完結です。原稿用紙86枚分。
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短編 『ミカミという男』 初稿

短編 『ミカミという男』 初稿

 新しい物語を書いていて、その初稿ができたのでメンバーシップに先んじて公開します。

 初稿なので荒削りですが、どんな感じで物語を書いているのかを体感してもらうのも面白いかなと思ったので、このままどん!と投稿します。

***

▽ 人物

・僕 … 物語の主人公。第一稿では一人称視点としているが、僕にも名前をつけて三人称視点に寄せていきたい。

・ミカミ … ドレッドヘアで、半裸でいつも過ごして

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『一人になる手紙』

『一人になる手紙』

 一人で生活をするのが、恐かった。なぜそれだけのことを、これほどに恐がっているのかは、自分自身がよく分かっていない。でも、それでも生活のうちの多くの時間を、たった一人で過ごしていると、特に、ダイニングで夕食を食べながら他愛もない話ができないことや、ベッドに横になって隣に誰もいない中で目をつむることだったり、そういうことを想像してしまっては、僕はとても不安になってしまい、そんな状況をどうにかして避け

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『ショー、誰にでもなれるさ。』 ①

『ショー、誰にでもなれるさ。』 ①

 僕には物心ついた頃から、ずっと一緒にいる親友がいた。
 彼の肌は焦げついたような茶色で、僕の青白い肌とは対照的だった。眉毛もまた僕と逆の方向に、キリリと引き締まるように上がっている。彼はいつも独特な気配を放っていた。クールで、皮肉めいていて、それでいていつも好戦的だった。そんな彼のことが僕は大好きだった。出会った人を惹き付けてしまうような彼の雰囲気は、一緒に成長していく中で変わらないどころか、む

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『約束の湖』

『約束の湖』

『約束の湖』

 いつの日からか、何度も何度も、いつか必ず訪れようと語り合っていた、湖があった。その湖の名前は、グリーンレイク。流れ込んだ水がたっぷりと蓄えられて、水面が鏡のように、太陽の光をきらめきながら反射している。
 冬になると、たゆたう穏やかな水面は凍てつき、厚くて硬い氷の床に覆い尽くされる。僕の住んでいたカルロ村を南北に横切るホルン川に沿って北に二日間ほど歩き、はるか昔の時代にこの大陸に

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『玉木、ほら、お手。』

 「ほら、お手。」「ワン!」
このやりとりが滑らかにできるようになった最速タイムを叩き出したのは、玉木だった。
 私にとって玉木は、その点において最も評価に値する男だった。新しいアルバイトを二ヶ月で辞めてしまおうが、黄緑色の安物のソファで寝転がってゼルダの伝説ばかりやっていようが、気にならなかった。私は玉木に、これ以上のことを望んでいない。今が幸せで、とても楽しい。玉木との関係性はここが最高点なの

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『流水、ここからここに』 前編

『流水、ここからここに』 前編

『流水、ここからここに』 前編

 月

 水を一口で飲む女性。それが、ぼくが覚えている香取さんのことについての記憶の、最も大きな印象を占めていた。
 香取さんと初めて知り合ったのは、一年と半年前だった。香取さんはパン屋のレジでぼくのひとつ前に並んでいて、お釣りを落としたのを拾って渡したのが最初の短い会話だった。お釣りを受け取った香取さんは、
「お昼ごはんですか?であれば、近くの公園で食べませんか

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『檸檬、林檎の逆』

『檸檬、林檎の逆』

『檸檬、林檎の逆』

 くすんだ深緑色の扉をいつも通り押し開けて帰ってきた、玄関の狭い1Kのアパートの一室。仕事終わりで体というよりは心の体力を使い切ったぼくは、帰宅後すぐにお湯を溜めておいた狭い浴槽に、体も洗わずにざぶんと浸かり、昨夜、目黒の和食の大衆居酒屋の向かいの席に座った桜井が言っていたことを反芻していた。
「ワクワクしないとね、人生。楽しいことをするんだよ、仕事も。本当に好きなことをする

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『鋏』

 同じ高校の同じクラスに1人、気に食わないやつがいる。そいつの名前は、井上と言う。切れ目で身長が高く、いつも飄々とした素振りをしている。彼はいつも自分の本当に大事なことは心の深くに隠していて、戦術的に人付き合いをしているとぼくは感じていた。彼の薄笑いを浮かべた時に細く曲がる切れ目を見る度に、そのことを感じる。その曲がった切れ目を見る度、ぼくはなぜか井上に対してどうしようもなく憤りが抑えられなくなる

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『割れたガラスを踏む』

『割れたガラスを踏む』

 乗っていた船が大きく揺れた。ぼくは船の後部の甲板のデッキにいた。船は旅行客で賑わう大きな船だった。ぼくは普段仕事で毎日忙しくしていたため、息抜きにと夏の終わり頃に一週間ほど無理矢理休みをとり、クルージングの旅に来ていた。行き先はハワイだったが、この船での滞在の方がむしろ楽しみであったし、実際お金もかかっていた。

 船体が大きく揺れた時、ぼくは船の1番後部の甲板にいた。強い風と、風によって生まれ

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『2冊の図説の本』

『2冊の図説の本』

 ある日ぼくは同じ会社のデザイナーの同僚2人と、都内のコワーキングスペースで待ち合わせをして、一緒に作業をすることになった。ぼくたちの会社はほぼ全員がリモートワーク勤務となっていた。ぼくと同様その友人2人もそれなりにリモートワークを気に入っているが、その反面時々は誰かと一緒に作業をしたい日もあるという共通の欲求があった。男性の友人1人と女性の友人1人の計3人で集まり、外の見える窓際の席で、横並びに

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『劇場』

『劇場』

 ぼくは仕事の出張で、飛行機に乗っていた。どうやら乗客数が少ない便らしく、小型の旅客機だった。あと20分ほどで到着する時刻だった。飛行機が少しずつ高度を下げている。そのとき突然、ドンと大きく体が縦に揺れた。機体が大きく角度を変えて傾いている。アナウンスが鳴るが、シートベルトをして席から立たないで下さいという、誠実なのか不誠実なのか分からないような当たり障りのない内容だった。予期していなかったことが

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『腕枕』

『腕枕』

 大学のサークルのメンバー全員で、遠出して合宿に来ている。日中のレクリエーションを全て終え、みんなで部屋に戻ってきた。ぼくが所属しているのは20人弱ほどのサークルで、環境に関する社会活動を行っている団体だった。合宿の部屋は大きな和室に相部屋で、布団を横に並べて雑魚寝する形式だった。もう夜も遅くなってきていたので、ぼくたちは消灯して眠った。

 珍しい遠出での合宿だったのでみんな浮かれていたのか、少

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