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『腕枕』

 大学のサークルのメンバー全員で、遠出して合宿に来ている。日中のレクリエーションを全て終え、みんなで部屋に戻ってきた。ぼくが所属しているのは20人弱ほどのサークルで、環境に関する社会活動を行っている団体だった。合宿の部屋は大きな和室に相部屋で、布団を横に並べて雑魚寝する形式だった。もう夜も遅くなってきていたので、ぼくたちは消灯して眠った。

 珍しい遠出での合宿だったのでみんな浮かれていたのか、少し早めの時間から起きてヒソヒソと話していたり、寝ずにトランプにふけっているような人たちもいた。ぼくは寝るときに他人が同じ部屋にいると気になってしまうタイプで、物音がするといつもすぐ目が覚めてしまう。この日も、まだ日の出ていないうっすらとした暗さの時間に、目が覚めてしまった。

 その時間に同じく起きていた女性のⅠ人がぼくの近くに来た。ぼくはその人のことをかわいいと感じてはいなかった(人間としてその人のことが好きや嫌いということではなく、異性としての表面的な外見的好みは無意識にある。こればかりはどうしようもない。)のだが、ぼくはふと、その人に腕枕をした。その人が、ぼくにそういうことを求めているような感覚がしたからだった。そして大概そういう気配のようなものは、当たっていることが多かった。しばらくその人に腕枕をしながら、ぼくは本を読んでいた。その人がふと「こんな自分を、こんなふうに受け入れてもらえていることが、すごく嬉しい。」と小さな声で言った。さらに自分に近付いてきて、身を寄せる。ぼくは返事をしなかったが、それを拒むこともしなかった。ぼくは腕枕をしながら本を読み続けた。

 周りで起きていた男性の友人数人がその様子に気付き始めていた。「どういうことだ…?」といった目でこちらをチラチラと見ている。その数人は特に騒ぎはせず「まぁそういうこともあるだろう」と解釈したのか、そっとしておいてくれた。ぼくは何となくバツの悪い感じがしていたが、腕枕をしながら何の気ない顔をして、枕元に置いていた違う本を手に取り、また読み続けた。

 その時、隣でスヤスヤと寝ていた坊主頭の男性が目を覚ました。その人は、ぼくがあまりいい印象を持っていない人だった。いつもぼくを追い詰めてくるという感じのする人だった。坊主頭の男性は、ぼくがその女性に腕枕をしていることについて気付き、すぐにはやしたて始めた。そのまま盛り上がってしまい、その部屋にいたサークルのメンバー全員に伝わっていってしまった。

 ちょっとした盛り上がりになった後に、坊主頭の男性は冗談めいた口調で「要領がいいことはいい加減やめろよ。」とぼくに言って、ガハハと笑った。「要領がいいことをやめる。」というのは、前日の合宿のレクリエーション内のディスカッションで、ぼくのパーソナルな課題として出てきた話題だった。それをいじったのだった。和やかな空気で、みんなが笑って、ぼくをからかっている。みんなが笑っている中、ぼくはどうすればいいのか分からなくなっていた。ぼくはみんなに合わせて大きな声で笑って、要領よくその場をやり過ごしている。

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