永川浩二_登場す_

永川浩二、登場す。 第8話

(第7話はこちら)

「被害者は加藤尚成45歳、江尻出版の編集者です」
広島県警の小倉英隆刑事は抑揚のない声で報告をした。小倉刑事は被害者である加藤の遺体発見に立会った関係で、会議のいの一番に発言をしている。
「江尻出版!第1被害者の赤田と同じ勤務先じゃないか」
工藤は口に手を添えながらそう言った。

小山田巡査のボウガンによる殺人未遂事件に、今しがた報告された、加藤尚成氏の殺人事件。立て続けに起きた2つの事件を受け、広島県警は福地高校内に設置していた臨時の捜査本部を解体し、警官を増員した上で山内署内に捜査本部を再構築した。
今、浩二の眼前に広がるのは、テレビドラマで何度も何度も見た「捜査本部」の様子そのものであった。スクール形式に並べられた机と椅子には、大勢の警官が並んでおり、彼らに対面するかたちで巨大なスクリーンを背景に座っているのは、この新生捜査本部で陣頭指揮を執ることとなった桑田寛己警部だ。

「あ、い、う、え、お、そして、か。お、の直後に、か」
浩二はそんな捜査会議を会議室の最後列に座ってぼんやり眺めている。通常関係者以外が捜査会議に参加するなど前代未聞だが、工藤が元警察という肩書を濫用して強引に会議室に入り込んでしまったのだ。

「加藤の死因は鋭利な刃物による刺殺です。被害者は45歳ですが独身、殺害現場でもある自宅アパートにここ20年間ひとり暮らしをしていました。部屋から異臭がするとの近隣住民の通報を受けかけつけたところ、死体発見となりました」
小倉刑事の斜め後ろに席取っている金刃高広刑事が次いで報告をした。
「すると、殺害時刻から死体発見まではラグがあるのか?」
「はい。死亡推定時刻は発見の2〜3日前との鑑定結果が出ています」
桑田警部の質問に対し、金刃刑事はスラスラと受け答えた。はじめに報告した小倉は髪もボサボサでうつろな目をし、あまり覇気のないように見えたのに対してこの金刃は仕立ての良いチャコールグレイのスーツを着こなし、髪をオールバックでがっちり固めている。年齢はまだ30代前半くらいだろうが、彼より年上に見える小倉よりも格段に凛々しく、仕事ができそうに見える。
同じ刑事っていう人種にもいろいろいるんだなあ、と浩二はふと思った。

「そうなると、小山田巡査の狙撃よりも前に加藤は殺されたことになる。今回はたまたま"順番通り"になったが、逆順になる可能性もあったということか」
桑田は腕組みして考えを巡らせる。

「警部、そもそも今回の事件は第2被害者の伊藤氏と第3被害者の上原氏の殺害時刻も逆順の可能性があることは検死結果から出ています。犯人はあまり順番にこだわりはないのでは」
「いや、順番にこだわりがないって…じゃあなんのためのABC殺人だよ」
殺害順序を巡って会議がざわついて来たので、桑田は大きく咳払いをし、場を制した。
「殺害順序の件は憶測だけで話すな。きちんと裏が取れた段階で報告しろ。他に、共有事項がある者はいるか?」
すると、先程報告した小倉が挙手をして、話し出した。
「先程報告するのを忘れてしまっていましたが、加藤の部屋には犯人の書いたものと思われるメモがテーブルの上に置かれていました。このような内容になります」
小倉は会議室の前に出ると、PCに繋がっているプロジェクターを一旦RGBケーブルから外し、自身のPCにつなぎ直した。
写真がスクリーンに投影されると、会議室は大きくどよめいた。

『惨劇、これにて終わりし 【鉄仮面】』

加藤の自室にあったと思われるメモ用紙に太字の赤ペンで書き殴られたその文字は、血文字で書かれているようにも見えた。
「これで犯行は打ち止めっつう声明か?警察をなめやがって」
昔気質の桑田は思わず感情的に声を震わせた。
「犯行はこれで終わりかもしれねえが、【鉄仮面】は絶対に挙げろ!ヤツはまだ山内市近辺にいるはずだ。各自、捜査に戻れ!」
桑田の号令を受け、警官たちはそれぞれの持場へと戻っていった。

***

「浩二、そろそろ俺たちも行くぞ」
警官たちが出払った、先程まで捜査会議に使われていた会議室の最後列に、浩二はまだぼんやりと虚空を見つめたままパイプ椅子に座り込んでいた。刑事たちの会議をまるでテレビのスクリーンの向こう側を観るみたいに感情の見えない瞳で見ていた浩二に、工藤は心配そうに声をかけた。
「ねえ、工藤さん」
浩二は椅子からゆっくりと立ち上がると、
「どうして誰も、20年前の事件に触れないんだろう?」
と、疑問を口にした。
「今回の【鉄仮面】事件は、20年前に類似の事件があるだけでなく、工藤さんの資料を見ると、今回殺された加藤をはじめ、現在の【鉄仮面】事件と関わりが深すぎる。それなのに、誰も20年前の事件との関連性を指摘しない」
浩二は早口でそうまくしたてると、さっきまでとは一転して、何か決意をしたような、そんな凛々しい表情を浮かべて工藤に正対した。
「工藤さん、警察内部に今回の事件と20年前の事件を関連付けられると困る人がいるんじゃないの?」
工藤は、硬い表情を崩さず、しかし浩二から目は逸らさない。
「そもそも小山田さんが高校の敷地内で狙撃された事自体、警察関係者の中に犯人か、あるいは共犯者がいることを意味しているんじゃないの?」
浩二がついに核心を口にすると、工藤はそこまで崩さなかった表情をやや歪め、苦笑した。
「浩二、ぼーっと聞いてた訳じゃなかったんだな。流石…トモさんの息子さんだな」
「工藤さん、はぐらかさないで…」
「浩二の見立ては、おそらく合っている」
浩二の言葉を遮り、工藤ははっきりとした口調でそう答えた。
「合っているが、俺は20年前の事件に関わっておらず、ついでに過去のツテは使えるものの今は警察の部外者だ。だから、俺の力ではここから先の警察のより深いところの情報を取ることはできない」
「そんな…」
「俺の力では、だ」
工藤はそう言うと、ジャケットの胸ポケットに仕舞っていた名刺入れから、古びて黄ばんだ1枚の名刺を浩二に差し出した。
「浩二、この人に会ってみろ。おそらく俺は…会ってもらえないから」
何故か工藤は、さっきとはまた少し違った苦笑の表情を浮かべ、名刺を浩二に渡した。

名刺は、"石毛博美”という雑誌編集者のものだった。そしてその編集者の所属先には、「江尻出版」としるされていた。

(第9話につづく)


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