「とつとつダンス」をことばで伝えるには?〜オーディオコメンタリーの試み
今年度、「とつとつダンス」チームの新たな試みとして、オーディオコメンタリー付き2023年度マレーシア・シンガポール活動記録映像を制作しました。
2023年度にダンサー・砂連尾理とtorindoがシンガポールとマレーシアで行った、認知症者・高齢者と介護者とのダンスワークショップ「とつとつダンス」の記録動画は、
画面にうつっていることを従来の音声ガイドとして、ナレーターの彩木香里さんに説明を入れていただきながら、
ブラインドコミュニケーターの石井健介さん、ダンサーの砂連尾理さん、torindo代表の豊平豪が画面で起こっていること=ワークショップ時の様子について解説している動画になっています。
このオーディオコメンタリーは、どのようにしたらとつとつダンスを音声コンテンツとして楽しむことができるのかを探る試みともなっています。
なぜオーディオコメンタリーなのか
2022年から継続している【日本⇔アジア太平洋 国際交流事業~認知症者・高齢者と介護者とつくる「アートのような、ケアのような 《とつとつダンス》】では、
昨年も石田智哉監督による2023年度活動記録映像「からだにたずねて」と、活動報告展示会のトークショーの記録映像を、音声ガイドや日本語・英語字幕などのアクセシビリティを付与して公開してきました。
「からだにたずねて~とつとつダンスをマレーシアへ~ 」(石田智哉監督)
※音声ガイド版、バリアフリー字幕版あり
とつとつダンス2022年度活動報告展示会トークセッションダイジェスト
※日本語字幕、英語字幕版あり
本年も2023年度活動記録映像に音声ガイドを制作することを検討していた際に、制作スタッフの横田から「オーディオコメンタリー形式にするのはどうでしょう?」とのアイデアが上がりました。
2023年度のとつとつダンスは、活動の範囲を広げていくなかで「どのように伝えていくか、どのようなことばで語れるのか」が大きなテーマのひとつでした。
そこで、視覚情報に頼らない方にとつとつダンスについて質問していただきながらお話していくことで、なにか新しい気付きがあるのではないかと期待しました。
また、音声ガイドは一般的に「視覚障害者のためのもの」という認識があり、晴眼者(日常生活に問題なく視覚を使用している人)はなかなか聞く機会もありません。しかし、音声ガイドは、晴眼者が聞いてもあらたな発見などもあり面白いものだと、制作チームが常々考えていたことも制作理由の一つです。
さらにヒントとなったのは、昨年度記録映像の音声ガイド制作の際に当事者モニターを努めてくださった石井さんが、「見えないわたしの、聞けば見えてくるラジオ」というポッドキャスト番組のパーソナリティを務められていたことです。
見えない方に説明をすることで、見えている人にも見えていない人にも面白いオーディオコメンタリーができあがるのではないか?「はじめてでどうなるか未知数なところはあるけれど、やってみよう!」と話が進み、ポランの会としても活動をされている彩木さん、そして石井さんにもご参加いただけることが決まりました。
制作プロセスについて
①脚本化&事前打ち合わせ
オーディオコメンタリー部分だけでなく、音声ガイド部分についても、制作の横田が脚本を起こしました。
特に音声ガイド部分については、彩木さんに確認・監修をしていただきました。
オーディオコメンタリーに登場する3名、石井さん、砂連尾さん、豊平とは、オンラインで事前に企画のねらいや脚本について打ち合わせを行いました。
このとき、映像に合わせるだけでは時間(尺)が足りないのではないかとの話になり、収録時には長くなりそうな部分に動画の尺を追加して、収録に望むことになりました。
②ワークショップ
石井さんにはぜひ収録前に砂連尾さんのワークショップを体験していただきたいと考え、収録スタジオ近くの集会所でワークショップを行いました。
まずはじめは「ゆっくり歩く」ワークから。
5mほどを5〜10分以上かけて、動いているのか止まっているのかわからないくらいにゆっくり動くワークショップです。
石井さんからは、「水面の上をそうっと歩いている感じで、足元の自分が力を加えたところから波紋が広がっていくイメージを持った」との感想をいただきました。
続いては、「手を合わせる」ワーク。
最初は普通の握手のように手を合わせます。
その後、砂連尾さんと石井さんが手を重ね合わせるワークが行われました。椅子に座り、石井さんの膝の上に置かれた手の甲の上に砂連尾さんの手のひらが置かれ、そのまま二人は5分近く手を重ねていました。周りにいた参加者たちは、少し張り詰めた空気に共に緊張しながら見守りました。
二人が手を離した後、会場の緊張の糸がほどけ、参加者全員で砂連尾さんと石井さんの間で静かに行われていた、声のない会話のような、ダンスのようなものについて深く伺いました。
普段のとつとつダンスで行われている認知症者や介護者との「手を合わせる」ワークショップについても、砂連尾さんと豊平からいままでの現場でのお話がたくさんありました。
最後に、砂連尾さんから「距離をとる」ことについて、石井さんはどのように「距離をとる」ことをしているのか、という質問がありました。
石井さんからは「人であれば、名前を呼ぶなど、声を出してもらうように誘導して認識する」「物理的に触る他には、音の反響を確かめる方法も」と、石井さんの世界の距離の測り方を伺いました。
その話から派生して、ケンカなどで気まずくなった友達や家族との距離の取り方についての質問のあと、パラサイクルの話まで及び、さらには「鼻息を合わせること」という話題まで、話が尽きそうにないほど盛り上がり、午前のワークショップは終了となりました。
石井さんからは、視覚障害がある方たちとのとつとつダンスワークショップを行ったら面白いのではないかとの提案もありました。
③オーディオコメンタリー収録
午後の収録には石田智哉さんも駆けつけてくださいました。
まずは彩木さんの音声ガイド・吹き替え部分の収録から。
その後、別室の広い部屋に3本のマイクが置かれ、3名のオーディオコメンタリーを収録しました。
先程収録した彩木さんの音声ガイドにあわせて収録していきます。
3名とも、映像の長さにあわせて会話をするのははじめての経験で、長くしゃべりすぎてしまったり、時間を気にして声が小さくなってしまったり、最初は非常に四苦八苦していました。
しかし、何度もテイクを重ねるうち、中盤からは全員がコツを掴みはじめ、トークが盛り上がりながら、すべての収録が4時間ほどで終了しました。
④編集
スタジオ所属の永濱さんに整音いただいた音声データを、本作の監督・馬場光太さんが編集し、音声のみの部分には「sound only」という画面を制作していただきました。
⑤情報保障
日本語バリアフリー字幕版は、石田智哉さんに制作いただきました。
オーディオコメンタリー部分の文字起こしテキストも石田さんに制作していただき、こちらのnoteで公開しています。
新たな可能性の扉
制作に関わってくださったみなさんから、動画公開後にいただいたコメントを紹介します。
メディアを越境する、新たなチャレンジへ
制作チームの中でも、音声だけになったことでナレーションでとつとつダンスの説明を聞くことは新鮮で、よく知っているはずのプロジェクトなのに新たな出会い方をした気持ちになったとの感想もあった。また、映像の中の音楽や息遣いに気が付くようになったりと、映像のみのバージョンでは気づけなかった部分が感じられたことが印象的だったという声も。
「とつとつダンス」をどのような言葉で表現できるのかということについて、石井さんとお話しするなかで、これまでにない可能性を感じることができました。
また、「とつとつダンス」では、これまでも話し言葉や声に、意味を伝えることにとどまらないダンスとしての魅力も感じてきました。今回のオーディオコメンタリーをきっかけに、「話すこと」「聞くこと」の中に「とつとつダンス」という体験を広げていくことができないか、さまざまな可能性を探っていきたいと思っています。
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