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不登校先生

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2021年の春に「うつ病」になりました。 15年間小学校の講師として働き、 この年もそのまま働くだろうと思っていた時に 突然自分にやってきた「うつ病、退職、療養の日々」について、…
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#小説

不登校先生 (1)

不登校先生 (1)

・・・・まもなく、貨物列車が通過します

      黄色い線の内側にお入りください・・・・

まもなく、貨物列車が通過します・・・・・

    ・・・黄色い線の内側にお入りください・・・

沈み始めた夕焼けの色が、貨物列車の赤色と重なる美しさで、

「もう思い残すこともないな、この駅に」

そんな思いが湧いてきて、体がどう動いていたか、覚えていない。

赤が紅になって、目の前一面が真っ赤になり

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不登校先生 (2)

不登校先生 (2)

ホームに飛び込もうとした30分前、

一度は食べてみたいと思って、

毎朝まだ開店時間じゃない店の前を自転車で横切っていた

うどん屋さんに、

ふらりと足が向いたのは、

もうすでに、心のどこか片隅に、

”生きてるうちにやり残したことはないかい?”

そうささやいていたからのかもしれない。

「いらっしゃいませ、お客様お一人ですか?」

はつらつとした店員さんは、そう挨拶をかけてくれると、

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不登校先生 (3)

不登校先生 (3)

誰もいないホーム、散らかった荷物をとぼとぼと拾い、

肩紐がちぎれて破れた作品バックを風呂敷の様に結びなおして、

家に帰る電車を待っていると、

貨物列車の赤と同じ色だった夕暮れの空は、

一気に濃い青と黒にグラデーションを変えていく。

心が赤信号だったのが、意識だけは何とか青信号に切り替えてくれるように

今の自分の状態をぼんやりとたたずみながらも、冷静に振り返っていた。

・・・・・・・・

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不登校先生 (4)

不登校先生 (4)

家に帰りつくと、大きな三つの荷物を、

引きはがすように、畳の上に置いた。

大したものじゃないといった荷物たち、

おそらくほとんどの人には、本当に大したものじゃない。

けれど、僕にとっては、どの荷物も、大事なもの。

これまで向き合ってきた、子ども達との時間の中で使ってきた。

先生としてやってきた中で使った道具たち。

「今度はいつ、力を貸してもらうことになるかわからんくなったね」

「ご

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不登校先生 (5)

不登校先生 (5)

辛うじて、命を放り投げる前に踏みとどまれたことで、15年前と同じにならぬように、どのようにして「守る」か、考えた。

しなくてはならないことは、

管理職(校長先生)への相談と報告。

心療内科、もしくは精神科への受診。

この二つを確実に行うこと。

まずはそこからだ。

僕と同じタイミングで異動・昇進されたばかりの校長先生は、

温和で、でも行動力の在りそうな人柄だった。

前任校の校務員さん

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不登校先生 (6)

不登校先生 (6)

「・・・・・すみません、予約が埋まっていまして。

     一番早くて5月の終わりでしたら診ることができますが・・・」

「・・・・申し訳ありません、完全予約で診ていまして、

            八月半ばまで予約が埋まっています・・・・・」

「・・・・診療の救急病院もありますので、そちらの番号を・・・・・・」

「・・・・・初診の方は、予約が2か月ほど先になりますが・・・・・・」

電話

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不登校先生 (7)

不登校先生 (7)

「私が前、病んでしまった時にかかりつけになったお医者さんなら診てもらえるかもしれないよ。」

先月まで働いていた職場の学校で、仲良くしてくれた同僚からの紹介で、

その病院に電話をかけると、今までとは違う返事が返ってきた。

「初診ですね。でしたら、保険証をお持ちになってこられてください。うちは予約制ではないのですが、初診の時は医院長先生の診断になりますので、月曜から木曜日の、午前か午後に来られて

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不登校先生 (8)

不登校先生 (8)

なんとか、どうにか、まずは最初の二つの課題をクリアできた。

本当だったら、自分自身に、よくやった。

そんな思いを感じても良いはずだけど

決して、自分が成長するための行動ではない。

受け持った子どもたちと向き合うための前向きな行動ではない。

命を手放しかけた自分を必死につなぎとめて、

とっさに同じことを起こさないように、

繋ぎとめるために必要だと思った二つの課題は

クリアしたからと言

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不登校先生 (9)

不登校先生 (9)

月曜日、保険証を確認して家を出る。

不思議な縁だ。昨年度、先月まで勤めていた小学校の校区に

その病院はあった。

異動して、降りる駅も変わって半月もしないうちに、

10年乗り降りしたなじみの駅から、

歩き出している自分がいる。

「初診なのですが」

「はい、今日は保険証はありますか。」

「持ってきました。」

「では、保険証を診察券代わりにお預かりしますね。

  帰りのお会計の際にお

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不登校先生 (14)

不登校先生 (14)

それでも時間は流れる。

何にもしなくても、時間は流れる。

こんな状況になって、何にもしない時間。

それでもそんな時間も、止まってはくれない。

朝になるとカーテン越しでも真っ暗な部屋は薄暗がりになり、

昼を過ぎると、紺のカーテンを突き抜けて日差しは入り込んでくる。

夕方になると部屋はオレンジ色に染まり。

夜になれば真っ暗な闇が、部屋中を占拠する。

そんな一日を、ただ、何もせず、眺める

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不登校先生 (15)

不登校先生 (15)

助けてくれたのはもう一人の自分だけか。

実際に、一人でここまで何とか踏みとどまるのは、

本当に一人だけでは、無理な事だった。

3人の親友。

3人の親友に助けられた。落ちそうになる自分の腕を

引っ張り上げて落ちていくのを何とか救ってくれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一人目のゆかさんは、僕に心療内科を紹介してくれた親友。

昨年度1年間一緒の学校で働いた、栄養教諭の

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不登校先生 (16)

不登校先生 (16)

救ってくれた二人目の親友は、ケンちゃん。

大学時代の同級生で、こちらは20年来の付き合いがある長い友人。

ケンちゃんは僕と同じく、学校の現場で働いている教員だったが、

僕が病んで不登校になる半年前に、

赴任校の管理職からのパワハラで、相当なストレスの末、

うつ病診断で病休→休職中の、不登校先生仲間でもあり、

不登校の先輩でもあるともいえる親友だ。

「ホームから飛び込みそうになったよ。

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不登校先生 (17)

不登校先生 (17)

不登校先生になっちゃうかもしれん。

家に帰って最初に冷静に電話をかけたのは、

実は、ゆかさんでもなく、ケンちゃんでもなく、3人目の親友。

たてなくんだ。

彼は大学生時代に出会った親友。説明するとなんだか不思議で縁深い。

大学時代は一つ下の後輩だった。

学部は違ったのだが、僕がアルバイトをしていたコンビニエンスストアで

深夜勤務をしていた同僚の部活の後輩でもあり、

アルバイトの後輩と

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不登校先生 (18)

不登校先生 (18)

無気力になった僕が、かろうじて毎週1回の診察と、

校長先生への連絡ができたのは、だいぶ元気を回復して、

振り返ってみると、

なかなかに頑張ったなと思ってしまう。

無気力の状態でも、かろうじて僕を日常とつないでいてくれたのは

わずかばかりのスケジュールと、

もともとの自分の神経質のせいなのかもしれない。

行く気も起きないなら、病院にすらいかなかっただろうし、

校長先生への連絡も、どん

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