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夕暮れの飛行機雲 ⑥(小説)

 夕焼けの飛行機雲 ⑥

 川べりの並木道の緑が濃さを増すにつれ、クラスも受験の雰囲気へと変わっていった。
 今年の夏はきっと、家族での一泊旅行もなく、夏祭りも浮かれ気分では行けないに違いない。去年、ゆかたと帯を新調したばかりなのに・・・
 私は来年の春に迫る高校受験を前にして気が重い日々を送っていた。
 夢見がちだった将来も現実の路線に軌道修正しなければいけない。偏差値という名前だけ知っていた言葉が意味をもつようになってくる。
 未来は、それまで私が思っていたようなキラキラしたものではなく、もっと地味でコツコツ歩まなければならないものに思えてきて、何だか寂しかった。
その一つが高校受験というハードルだ。
 生徒会の活動は二年生に譲り、地域のボランティアも受験生が参加すべきものではないらしい。あちこち忙しく動きまわることが好きだった。人から必要とされていることが嬉しかった。
 私が、漫画のエッセーもイラストも、どんな小さな賞にさえひっかからない「空っぽ」だからと気づいたけど、動きまわることでその思いを忘れさせてくれたのだ。
 それなのに、誰からの感謝の言葉ももらえなくて、長い時間、孤独な勉強という作業に耐えられるだろうか?
 考えただけでも気が滅入いった。
 それにもう一つ気がかりなことがあった。
 それは、祐樹が一五歳になったら本当のお母さんが会いにくるものだった。
いつか父と母の話を聞いたことがあった。
「まぁ、あんな状況じゃゆきえさんも仕方なかったんだよ」
「それにしても何とか連れて行けなかったのかね。あんな小さな子を置いていくのは辛かったと思うよ」
「ま、一五歳になったら会えるっていうんだから」
「もっと頻繁に会えるってことにはならなかったのかしら」
「そっちの方が二人とも辛いって」
「そうかしら」
 私はそれを聞いたとき「よかったな、祐樹は捨てられたわけじゃないんだ」とホッとしたのを覚えている。一五歳なんて、小学校に上がる私にとっては遠い未来のことだった。
 でも、 どうして頻繁に会えるってことにならなかったんだろう。幼い私にとっては大きな疑問だった。
 実のお母さんとたびたび会えた方が、祐樹は寂しくなかったんじゃないか?そう思って小学校高学年の頃、母に聞いた頃がある。
「最初、祐樹ちゃんはお母さんに置いてい行かれたとき、何日も泣いて泣いて大変だったんだって。まだ、五歳だったから無理もないわよね。お母さんも辛かったと思うし。会うのはいいけど、その後が大変でしょ。だから落ち着いて生活できるようにって、一五歳になったら会うって話しになったらしいの」
「そんな。大人は祐樹の気持なんか聞かなかったわけだよね」
「そりゃ、小さかったから、お母さんに会いたいって言うに決まっているでしょ。でも、会ったら気持ちを立て直すまで大変だったと思うし、かなさんもそんな祐樹ちゃん見るの辛かったと思うしね」
 かなさんというのは祐樹がお母さんと呼んでいる伯母さんだ。やさしくて明るいかなさんがお母さんで良かったとは思うけど、やっぱり本当のお母さんと暮したかったんじゃないかと思う。
「どうして祐樹を連れて再婚するってことにならなかったのかな」
「かなさんが言うには、相手の人が初婚で、結婚と同時に会社起こすので祐樹ちゃんのお母さんにも手伝ってもらいたかったとか、そんな理由だったかな。経済的にも大変だったろうしね。現に最初の会社は潰しちゃったみたい」
 へぇ、大人の世界は大変なんだな。でもそれに巻き込まれる子どもはたまったものではない。
「祐樹ちゃん、寂しかったと思うけど頑張ったよね。ずっと成績よくて。かなえさん、いつも自慢してたわ。それに最近ではサッカーのおかげで丈夫になって、体格もよくなって」
「うん、そうだね、本当のお母さんも祐樹に会ったら喜ぶよね」
 来月の七月で祐樹は一五歳になる。
 大阪に住んでいるという祐樹の本当のお母さんが会いにくる約束の日が近づいていた。
 祐樹はどんな心境なのだろう。
 小学校の頃は「ごはんいっぱい食べてうんと大きくなったとこ見せてやるんだ」とか「五がいっぱいの通知表見せてやる」とか、話していたけど、中学に入ってからはその話は出ていない。
 私の方からその話題を出すのも気が引けて、祐樹が気持ち、話してくれたらいいと思っていた。
 しかし、最近では電話ですら話すことも少なくなった。
「サッカー辞めて勉強頑張る」なんて言われると、ますます夜の時間を邪魔しちゃ悪いと思うようになったのだ。
 祐樹も勉強頑張っていて、塾にも行っているみたいだし、私も家庭教師でもつけてもらおうかな、と思いながら、短縮授業のためにいつもより早く家の門の前に自転車で着いたときのことだ。
 背筋がスッと伸びた中年の女性が隣の家を覗いている。
 私に気がつくと軽く会釈し、こちらに歩みよってきた。一目で祐樹の本当のお母さんだとわかった。
祐樹の誕生日までまだ日にちがあるのにどうしたんだろう。やっぱり祐樹と会うの、やめるっていうんじゃないよね?
私が身構えていると
「こんにちは。真理さんよね」
「はい」
 祐樹の母とは反対に、笑顔にはなれずに答える
「いつも祐樹を助けてくれてありがとね」
「いいえ、私の方がいつもお世話になって」
 大人っぽい答え方ができた自分に満足する。
 目と顔の輪郭が祐樹と似ている。話し方も優しい。だから、初対面にも拘わらず思っている言葉が口に出た。
「誕生日に会う約束なんですよね」
 まさか祐樹の誕生日を忘れたはずではないよね。
「そうそう。祐樹と話せるの、何年ぶりかしら。ちょいちょい顔は見ていたんだけどね。といっても遠くからよ。一五歳まで会わない約束だったし」
 そうか、やはり母親たるもの、そうでなければならない。祐樹に長い間寂しい思いをさせて、それに捨てられたなんて悲しい思いを抱かせて、それまで正直私は祐樹の母にいい印象をもっていなかった。
 でも、祐樹のことが気になって、たびたび大阪から顔を見にやってきていたとは。それを聞いてちょっぴり許せる気がした。
 さすが本当の母親だ。
「後でそれを祐樹が知ったら喜ぶと思います。私も嬉しいです」
 私は声をはずませた。しかし祐樹の母の顔が曇った。
「私はそんな母親じゃないの」
 そして決心したように言った。
「正直いうと私の気持ちが軽くなるためかな。小さな子を置いて行ってしまった負い目があったから、まとまったお金をポストに入れて、遠くから祐樹の姿を見て自分に言い訳してきたの」
 私はうまく飲み込めない。だってテレビドラマのそんな母親は、子どものことを忘れられずに、別れた子供に会いにくるではないか。遠くから子どもの姿を見ているんだけどひょんな拍子から涙の対面になるのがいつものパターンだ。
「そりゃ、祐樹と別れたときは何日も涙が出て止まらなかったけど、再婚相手の会社のことでそれどころではなくなって。二度目の会社が軌道に乗ったと思ったら、生まれた子供が病気をもって生まれてね。祐樹のことを考える余裕なんてなかったのが本当のところなのよ」
 きっと正直な人なのだろう。誤解されるのも嫌だったのだろうけど、祐樹のいい母親と思われる資格がないと思ったのかもしれない。
 しかし、祐樹の母の真意は祐樹を傷つけるに決まっている。
 絶対に言えないなと思った。
「祐樹には言いません」
 お母さんがたびたび会いに来ていたことも、お母さんの真意も。
「ありがとう。そう言ってくれると思ったわ。今日もこの先の軽井沢に主人の会社の関係で行く用事があったから、ちょっと遠回りしただけなの。ごめんなさいね」
「いいえ、お会いできて良かったです」
「これからも祐樹と仲良くしてね」
 そう言うと祐樹の母は待たせておいたタクシーに乗って走り去って行った。
 話せて良かった、本当にそう思った。
 姿を見ただけで、祐樹の母と話さなかったら、私はきっと、「実はねー、祐樹のお母さんはねー」と喜々と祐樹に話していただろう。祐樹が喜ぶと思って。
 でもそれは間違いだ。
 二人がまっさらな思いで会えればいいと思う。
 でも、今のお母さんの思いがちょっとでも見え隠れしたら祐樹は傷つくかもしれない。私は心配になる。
 悩んだ後、私は「もし祐樹が傷ついたら、私は全力で助ける」という思いにいたった。誕生日プレゼントを用意して、当日は川べりの道で待とう。
 そうだ、勉強のことで祐樹に頼ると宣言するのもいい。頼られることで人は傷を忘れられると思う。こんな不出来な生徒ならなおさら祐樹はプレッシャを感じるだろう。
 私はそう決心した。  

 一五歳の誕生日。家で母親と再会した後、「ちょっと走ってくる」と言って外に出た。
 混乱した頭を静めようと思ったわけではない。むしろその逆で一五年ぶりに、の母親と会ったというのに驚くほど冷静な自分がいた。懐かしさも恨みも感じなかった。
「ごめんね、長い間放っておいて。あの時は本当に仕方なかったの」
と型通りの挨拶をする母親に対して
「いいよ、別に」
と言った言葉は本心だった。
 僕を預けた理由については、今の母や父から聞いていて、毎年の誕生日にはその歳の体に合った服や靴が送られてきたこと、僕の養育費にと年を重ねるごとにたくさんのお金が郵便受けに入れられるようになったことも知っていた。
 ありがたいとは思ったけど、親としては当たり前なんじゃないかという気もした。
 ただ、僕とよく似た雰囲気の人が目の前に座っていることが不思議だった。
「勉強もサッカーも頑張っているんだってねぇ。学級委員にもなっているんだって?母さん嬉しいわ。こんなに立派に成長してくれて」
 母さん?僕は違和感を覚える。
 いきなり僕と似た女性が目の前に現れて「母さん」と言っていることがピンとこなかった。
 となりでは育ててくれた母が嬉しそうに微笑んでいる。いつもとは違ってよそゆきのブラウスを着ているが、それは数年前に買ったことは知っている。真新しい、おそらく都会で流行してるであろうスーツに身を包んでいる本当の母とは明らかに見劣っていた。しかし、ブラウス姿の母の方が僕は好きだと思った。
 ずっとお父さんと呼んでいる伯父も休みを取って、ご馳走が並ぶ昼食の席にいた。
 お頭のついた鯛の刺身に川魚の焼き物、野菜の煮物、茶わん蒸し、ローストビーフ、フルーツなど豪華な食卓だ。 
 思えば母は毎年、誰の誕生日にも食べきれないほどのご馳走を作ってくれた。もちろん、それらは余ったら形を変えて、何日も夕食のおかずとなるのだが。
「大事に育ててくれて本当にありがとうございました」
 食卓に目をやりながら本当の母は何度も今の父母にお礼を言う。僕はやはり実の母がお礼を言うことにピンとこなかった。
「祐樹もこう見えても小さなころはやんちゃだったんですよ。手放しで自転車に乗って転んで指を骨折したり」
 伯父が酒を飲んだときにたまにする僕の武勇伝?を話す。
「そうそう。あのときは心臓が止まるかと思ったわ。二年生で指が動かなくなったらどうしようとギブスが取れるまで気が気じゃなかった」
 僕にとっても忘れられない思い出だ。
 珍しく遠くの家の同級生と遊ぶ約束をして自転車で行った。
 面白半分で手放し運転でどこまで行けるか競争してたら、変な転び方をして指が折れてしまった。意外にもそれほど痛くもなかったんだけど、同級生があわてて家に電話をかけてくれた。
 慌てた母はずっと走ってきてくれた。息をきらして目に涙がいっぱいたまっていたのを覚えている。
 僕は照れくさくて
「真理のおじさんに車頼めばよかったのに」
なんて言ってしまったけど、本当はすごく嬉しかった。
 職場に連絡受けた伯父さんも車ですぐ来てくれて、病院に連れて行ってくれた。
「ご迷惑おかけして。うちの下の子は心臓の形がちょっと変わって生まれて、病気がちだったこともあって、そんな男の子のするような怪我もなかったもんですから。大変だったでしょ」
「いや、男の子は怪我してなんぼですよ。祐樹は小さなころはちょっと弱かったですが、サッカーを初めてからは今はこんなに元気に」
「軽い怪我なんて、よくなるのわかっていますからね。それより心臓とか、心配なさったでしょ」
「赤ちゃんによくある病気というか。大きくなって、手術を繰り返すうちに心臓の穴もふさがってきて、今は普通の子と変わらないんです。四年生になりました」
 母にも母の人生があり、苦労をしてきたのだと思った。
 しかし、これまでの僕と母の人生は線路のように平行で交わることがない。ランドセルや誕生日のプレゼントでは気持ちは本当には通じ合わない。
 僕の過去にいるのは、指の怪我を心配して涙をためた今の母の目や、信号が長いと文句を言う、僕を車に乗せて病院へ急ぐ伯父だった。そして、熱を出したときに心配そうに覗き込む今は家にいない従弟である兄たちだった。 本当の母の姿はない。
 不思議と僕には五歳から目の記憶がなかった。友達は三歳ぐらいからあると聞いたときは驚いたものだ。
 僕の一番古い記憶は、今の家でお昼寝から目覚めると庭の梅の木のいい匂いがしたこと、そこからだった。僕が父母と呼べるのは育ててくれた今の父母だけだ。
「今日は泊まっていくんでしょ。せっかくお布団も干しておいたし」
「そうするといい。祐樹ともゆっくり話せるし」
 そう言ってくれる父にも、実の母にも悪いとは思うけど、一〇年ぶりに会った母とは話すこともないと思った。
 進学する高校も県内の高校と決まっていて、今まで通りこの家から通学する。大阪にはもっとレベルの高い高校があるかもしれないが、いくら生活が落ち着いていたとはいえ、実の母の家から通うなんて考えられなかった。
 進路希望の用紙には、当たり前のように県内の公立高校を書き、今の父母も当然のようにそれに同意した。
 何を話題にしたらいいのだろう。
 だから
「せっかくだけどホテル取ってあるから。祐樹とはこれから頻繁に会うことになるしね」
 僕は母が泊まらないで帰ると言ってくれたとき、ホッとした。
「うん、受験が終わったら大阪に遊びに行くし。弟たちと会えるのを楽しみにしている」
 母には再婚相手との間に、五年生の娘と四年生の息子がいるとは前々から聞いていた。写真でしか見たことがないけど、半分血が繋がった妹や弟がいることは僕をなんだか温かい気持ちにさせてきた。
「勉強、大変だと思うけど、頑張って。合格したら何でも好きな物を買ってあげるわ。パソコンは?もうあるかな?」
「あるよ。新しいのを買ってもらったばかりなんだ」
「そうだよね。今は勉強に欠かせないものね」
 実の母には申し訳なかったが欲しいものはなかった。
「それじゃ、ちょっと走ってくるよ。勉強の前にはいつも走っているから」
 言い訳のように言って席を立った。
 和室の柱時計を見ると母との再会の席について二時間半が経っていた。
 短か過ぎないよな、怒っているようには見えなかったよな。
 少し気になったが、早く解放されたかった。
 幸い、父母も実の母も止めずに
「そうしなさい、どうせまたすぐ会えるんだしね」
 と送りだしてくれた。
 「きっと恥ずかしかったのよ。でもすぐ慣れるわ、実の親子だもの」
 とふすまの向こうに(伯母である)母の声が聞こえた。
 
 川べりの歩道はいつものジョギングコースだ。
 いつものように丸太で作られた階段を駆け上がる。
 遠くに真理が行っては戻るのを繰り返していた。
 やっぱりな。
 予感は当たっていた。
 まだ梅雨明けしてなかったせいか涼しかったけれど、真理は白いTシャツ姿だった。それに細身のジーンズが似合っている。
 僕を見つけると駆け寄ってきた。ここで待ってたのは明らかだった。
「よっ、久しぶり。元気?」
「元気だよー。これ、誕生日プレゼント」
と言って小さな包みをくれる。開けると合格祈願のキーホルダーだった。
 それとこれね、と言って、今度は布製のショルダーバックから大きな包みを取り出した。開けると五冊組の大学ノートだ。
「受験勉強用ということでね。味気なくなっちゃったよね。我々の誕生日プレゼントも」
 と笑う。
「とか言って自分がくれたんだろうが。でも実用的というか、タイムリーというか普通に嬉しい。ありがとう」
「そう言ってもらうと助かる」
「いつもは家に持ってきてくれたのに今年は違うんだな」
 去年までは、僕の誕生日ともなると家どころか僕の部屋まで持ってきてくれたものだ。
 去年はペンケース、その前は確か写真立てだった。小学校の頃は画用紙で作ったペンダントとか、初めて焼いたクッキーとかだった。
 思えば、お互いの誕生日を忘れたことはなかった。
「だって今年は、そのあれじゃない?」
「ああ、実の親ね。会ったよ」
 僕はゴン太にあったよ、というテンションで言った。ゴン太は僕と真理が小学校の頃からかわいがっている近所の柴犬だ。
「で、どうだった?」
 真理が心配そうな目で聞く。
「どうって、まぁ普通。普通って、他の親子の場合はどんなかわからないけどさ、TVみたいな涙の対面なんてあり得ないよね」
「そうなの?」
「うん、それまで母の人生に僕はいなくて、僕の人生にもいなかったわけじゃん。今更、よく似た顔が目の前に現れても、なんだかなぁって感じ」
 真理はなぜかホッとした顔をした。
「うん、血が繋がっているからお互いに愛情持ちましょう、なんてのは確かに違うと思う。TVドラマは嘘ばっかだ」
「ま、ドラマはそんなふうにした方が面白いからね。正直、愛情持って育ててくれた今の父と母に改めて感謝したって感じ」
「それはよかった。心配したよ、もう」
「何を?高校になっても実の母とは暮さないって知っているよね。大丈夫、真理が本気で勉強する気になったら、わからないとこ教えるし」
「そうじゃなくて。祐樹が傷つくことあるかもあんて。いやいや、とにかく、ホント良かった。」
 ぼくはわけがわからなかったが、とにかく真理が久しぶりに僕を心配してくれたことで満足した。
 そして綺麗に板が張り替えられているベンチに二人で座って思い切りしゃべった。
 とは言っても真理がほとんど話してたんだけど。
 いろいろな場所で、人のために働いて、どれだけ自分が活躍して必要とされていたか、ボランティアで知り合った大学生たちがどれほど大人だったか(中にはちょっといいなぁと思った男子大学生もいたらしい)、病気の人を見てどれほど自分が恵まれているかを知ったなどなど。
 ぼくはときどき「偉いよ」とか「凄いね」なんて言葉を挟みながら熱心に聞いた。僕はそこまで人のために動くことなんてとてもできない。
 本当に真理は凄い
「そのパワーをしばらくは勉強に使うんだな」
 気持ちとは裏腹に口に出たのはそんな言葉だったけど、真理は
「うん、そうしなきゃ、だよね」
 と素直に認めた。
「私、祐樹と同じ高校目指すんだ」
 僕は思ってもみない真理の言葉に驚いた。嬉しくはあったけど、また出た言葉は「何で?いつ決めたの?」だった。
「そりゃ祐樹が喜ぶからに決まっているでしょ。というのは冗談だけど。ほんとは今決めた」
「はっ?わけわからん」
「本当は祐樹が元気ならいいことではあるんだけどね。一応考えた作戦だからさ」
「作戦?ますます意味わからん」
「わからなくていいの。それに、わたしのまわり、引退とかお休みみたいな感じだから、勉強でもしようかな、なんて」
「そりゃ、殊勝な考えだとは思うけど、ちょっと無理なんじゃ」
 真理は、小学校低学年の頃は僕より勉強ができたかもしれないけど、中学になってからは勉強そっちのけであちこち動き回っていたせいか、パッとしない成績だった。
「そんなことないよ、やればできるが私の座右の銘なのだよ」
 初めて聞いた。
「そんなわけでこれからよろしくね」
 僕は何も言えずに頷くだけだった。

                           つづく
 

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