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長編連載小説『サンキュー』第846話。

 映子が、寺田のいる、朝倉市内の認知症専門の病院の外を歩いて、家に帰っていると、2021年8月の、蒸し暑い日差しの中、今村愛花が自転車で、こちらへと来た。
「あら、今村さん。お久しぶりね」
「映子さん、お久しぶりです。……前川家にお邪魔できなくて、すみませんでした」
「いえ、いいのよ。……どう、調子は?変わってない?」
「ええ、大丈夫です。……映子さんこそ、お疲れじゃないんですか?」
「まあね。でも、あたし、単なるパン職人だし、別に、夜はテレビ見ながら、寝るから、いいわよ」
「そうですか?……ご主人はお元気ですか?」
「そうね。あたしより、ミステリーを書くほうが、忙しいみたいで」
 映子は、愛花にそう返し、笑った。俺は、現に、妻の言葉通り、忙しい。夜寝る暇だって、惜しんで、原稿を書いている。でも、そんなすれ違いの生活でも、俺たち夫婦は、幸せだった。(以下次号)

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