3月31日(水)退職②
学校に出勤する。
新年度の準備を進める先生たちはせわしなく動き回っている。
ボクはその様子をみながら、自分のデスクまわりや引き出しをすみずみまで拭いた。
1年間使い続けた教室に足を運ぶ。
掲示物も全て剥がした殺風景で物静かな教室でポツリと一人。
次にこの教室を使う子供たちのことを思いながら、仕上げの掃除をする。
異動される先生も多く、廊下や職員室でこっそり、でもしっかりと
惜別の時を惜しむかのように話し込んでいる様子がどこかしこで見られた。
11時になった。
新型コロナウィルスの関係で、毎年行ってきたカタチでの送別会は実施されないが、「お別れ会」という名目でみんなでお昼にお弁当を食べる企画が執り行われた。
職員室の前の方に転退職される先生方が並ぶ。
お祝いの花束とともに餞のメッセージが一人ひとりに届けられる。
来年度も残留する先生から涙ながらに感謝の言葉が述べられる。
花束を手にした先生たち。
いよいよ惜別の時。
一人ひとり、短い時間に言葉では表現できない想いをあえて言葉にしていく。
いよいよボクの番。
横一列に並んだ先生方から一歩前に出てあいさつを始める。
「今日はこのような会を開いていただいて本当にありがとうございます。」
「たくさんたくさん伝えたい想いがあるんですが、これだけは伝えたいと思うことから先に伝えたいと思います。」
と言葉にしたところで、言葉よりも先に想いがあふれてきて胸が詰まった。
「………えっと………」
ボクは眉間にしわをよせ、唇をへの字にしながら、泣きそうなるのを必死に堪えながら、想いを言葉にしようと試みた。
「…………………………」
でも、できなかった。
あとからあとから押し寄せるように想いがあふれて、息をするのが精一杯で言葉を出すことができなくなった。
職員室を静寂が包む。
深く大きな息を吐いて、少しだけ落ち着きを取り戻してボクは言葉を紡いだ。
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まず、ここにいらっしゃる先生方にお伝えしたいことは、今まで私のことを大切にしてくださっってありがとうございます、という想いです。
私は至らないことばかりで、先生方にはたくさん迷惑をかけたし、ご心配をおかけすることもありました。それでも、先生方はこんなボクをいつもあたたかく愛してくださいました。本当に感謝しています。
ここにいる先生方と一緒に働くことができたことはボクの誇りです。どうもありがとうございます。
今回の決断に驚かれた先生もいらっしゃると思います。校長先生からも何度も「考え直して欲しい」と慰留されました。それでもボクの思いは変わりませんでした。最後は「一度きりの人生だ、やるだけやってみろ」と力強く背中を押してくださいました。ありがとうございます。
ボクが抜けることで先生方に負担をかけてしまうことを心苦しく思っています。先生方はそんな身勝手なボクの挑戦を応援してくださいました。尊重してくださいました。ボクにとって、こんなに幸せなことはありません。
明日からボクはコーチングというコミュニケーションで、人の話をききながら「その人の人生を幸せにするお手伝い」を行っていきます。
大好きな先生方、大好きな学校現場を離れることは寂しいですが、「あの時この決断をしてよかった」と胸を張って言えるような生き方をしていきたいと思います。
先生方とのご縁に本当に感謝しています。どうもありがとうございました。
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いっぱいいっぱい伝えたいことがあるし、
ひとりひとりに伝えたい。
でも、時間が足りない。
この想いは言葉では表現しきれない。もどかしい。
ただ、感謝の気持ち、この1点だけは伝わってるといいな。
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帰りの車内には先生方からいただいたたくさんのギフト。
持ち帰りそびれていたたくさんの思い出がつまった書籍やファイル。
今日いただいた花束。車内はお花の芳醇な香りで満たされる。
西にむかって走らせる車。
西日がまっすぐボクの目に突き刺さる。何だかすごく目にしみた。
もう戻らない。
日が沈み、夕暮れ。
辺り一面の景色が鮮やかなオレンジに染まる。
1日が静かに終わりを迎えていくある種のもの哀しさ。
16年間心血を注ぎ続けたボクの教員生活の終わりと重なる。
BGMは、ケツメイシ「ライフイズビューティフル」
ボクの人生を何度も何度も救ってくれた曲。
何回聴いて、何回泣いたか。
ボクがつらいとき、しんどいとき、この曲に支えてもらった。
イントロでかかった瞬間に
その時のことが思い出される。
今ではどれも美しい思い出。
ボクの人生を彩る大切な過去。
心が、感情が、ポロポロとせき止めていたものがあふれてきた。
涙。
もう泣いていいんだ。我慢しなくていい。
一人で思いっきり泣いた。
不思議だけど、いつまでも運転していたかった。
この涙を愛おしく思った。
無情にも家に着く。
花束を手にして、目を真っ赤にしたボクが玄関を開ける。
「ただいまー」
ドアを開けると
11月に誕生したばかりの次女を抱っこしている妻が
いつもと変わらないあたたかな笑顔でボクを迎えてくれた。
「おかえりー」
大切なことは変わらない。
ボクは変わる。
大切なことを大切にするために。
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