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黒岩家のしあわせ家族計画3


そのすぐあと、ドア3からふじが入ってくる。秀俊がそのあとに続く。ふじはそこがランウェイであるかのように、プロポーションを見せつけながらゆったりと舞台を練り歩く(ふじは小太りである)。鎖骨にひびが入っているのだが、とてもそんな風には見えない。秀俊は風采の上がらない、どこか飄々とした感じの中年。うんざりした様子でふじを見守る。ふじは中央で立ち止まってスピーチ。

ふじ (感無量で)昔からきれいだきれいだとは言われてきましたが、グランプリに選んでいただけるなんて思ってませんでした。今、世界には憎しみや暴力が溢れてます。しかし、私たちには愛があります。あまりにも醜い人は愛せませんが、たいていの人は愛すことができます。私たち一人一人が惜しみなく愛を与えれば、それだけ世界は平和になるのです。ありがとう。ありがとう。

ふじは想像上の観衆の声援に応える。
満子が上手から出てくる。

満子 あなた! (ふじの様子に気づき)どうしたの?
秀俊 自分をミス・ユニバース日本代表と思い込んでるんだよ。
満子 ずいぶん、無茶な思い込みね。
ふじ マネージャー、そちらはどなた?
秀俊 満子だよ。おれの嫁さん。それからおれはマネージャーじゃなくて、あんたの息子の秀俊。
ふじ (満子をやぶにらみして)……あんた、見る目がないね。
満子 (嫌味ににっこりして)お義母さん、そんなこと言ってられるのも今のうちですからね。
秀俊 おれたちの狙いは気づかれてない。早く済ませてしまおう。
満子 それがダメなの。
秀俊 どうして? おれはもう心を決めたんだ(とサバイバルナイフを取り出す)。
満子 ダメなのよ。

満子が説明しかけると、ふじの部屋から矢野が顔を出す。

矢野 ご主人が帰ってこられたようでしたので、一言ご挨拶をと思いまして。
秀俊 だだだ、誰だっ。まさか、浮気か! こんなときに!
満子 ちがいます!
矢野 お世話になっております。
秀俊 何をどう世話されてんだこの野郎!
満子 こちらは刑事さんよ。
秀俊 刑事? 刑事ぃ! (ナイフを振り回して)よりによって刑事だなんて、それがどういう意味か分かってるのか! おれたちの計画を忘れたのか?
満子 違うってば。ちょっとそれしまって!
矢野 おばあ様も戻られたのですね。お部屋を使わせていただいてます。
ふじ ありがとう。写真集が出たら買ってください。
矢野 写真集?
秀俊 母さんの部屋で? 刺す!
満子 あなた!

満子はナイフを持った秀俊の手を捩じりあげる。

秀俊 あたたたたっ!
満子 張り込みに協力しろってあがりこんできたの。
秀俊 え?
満子 どうしようもなかったの。
矢野 (ふじの相手を諦めて)どうも話が通じないようで。
満子 すいません。ボケが進んじゃって。(とりあげたナイフを見せて)これ、おもちゃなんです。この人、こういうのが好きで。ほら、刺しても全然痛くない(と秀俊をぷすぷす刺す)。
秀俊 あいてっ、あいてっ、くない。
満子 あなた、ご挨拶。
秀俊 (緊張でカチコチになって)黒岩ですあやしいものではありません。

新田が慌てた様子で出てくる。

新田 矢野さん! 吉田が庭に何か埋めてます。
矢野 行方不明の幼女か!
新田 かもしれません。
満子 (秀俊に)もう一人の刑事さん。
秀俊 (引きつって)もう一人。
矢野 落ちつけっ! 
新田 みんな落ち着いてます。ただ、幼女にしてはちょっと毛深いような気が。
矢野 おれは行方不明の幼女の父親に会った。チューバッカみたいに毛深かった。遺伝したんだ。
満子 あの、それ、もしかしたら……。
新田 もう一度確認してみましょう。
矢野 よし。

矢野と新田は慌ててふじの部屋に戻る。

秀俊 どういうことなんだ!
満子 隣のバカが何かしでかしたらしいの。それでうちから見張らせてくれって。
秀俊 だって、これからおれたちが何をしようとしてるか……。
満子 どうしようもないでしょ。断ったら逆に怪しまれるじゃない。
秀俊 それはそうかもしれないけど、(ふじの部屋と開かずの間を指し)これはちょっとまずいだろぉ。
満子 分かってるわよ。
秀俊 あいつ、幼女誘拐犯なのか? テレビでやってるアレだろ?
満子 幼女を誘拐して監禁、挙句に殺したってやつ。
秀俊 地獄行きの鬼畜野郎だな。
満子 今庭に埋めてるっていうの、隣のバカ犬のことかも。
秀俊 ついに殺ったのか?
満子 もう我慢できなくて。
秀俊 母さん得意のフライパンで?
満子 素手よ(とポーズを決める)。
秀俊 さすが母さん。

矢野が素早い足取りで出てくる。

矢野 あの野郎、泣いてます。自分で殺しておいて、めそめそ泣きながら亡骸を埋めてます。頭の狂った変態だ。吐き気がする。
満子 あの、よく確かめました?
矢野 ええ。遺体はよく見えなかったが間違いない。連れ去られた幼女です。かわいそうに。
満子 まぁ、そう言うなら。
矢野 危険極まりない男だ。我々二人だけで飛び込むのは危険です。応援を呼びます。
秀俊 応援?
矢野 警官がどっと押し寄せますよ。
秀俊 それはちょっと困るな。うちは狭いから。
矢野 (携帯を取り出す)矢野です。やはりやつでした。決定的な証拠を掴みました。間違いありません。ええ、ええ、応援よろしくお願いします。(携帯を切る)すぐに東京じゅうの警官がやってきますよ。
秀俊 (くらくらする)なんだって。
満子 (支えて)お父さん。
矢野 ご安心を。こちらの敷地にも何人か配置させましょう。やつが逃げ込んでこないとも限らない。吉田め。もう逃げ場はないぞ。
秀俊 酸素、酸素を。
満子 しっかり。
矢野 私はそれまでやつから目を離しません。

矢野、ふじの部屋に戻っていく。



いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。