黒岩家のしあわせ家族計画4
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秀俊 この状況じゃ無理だ。
満子 一度お義母さんを連れ出した方がよさそうね。
秀俊 母さんはもうダメだ。いつどういうきっかけで我が家の秘密をバラすか分かったもんじゃない。
満子 できるだけ早くやりましょう。(つらそうに)お義母さんをどうやって始末するか考えるのは、楽しかった。
秀俊 何としても実行しないと。おれたちのために。
先ほどから椅子に座って、どこか泰然と構えていたふじ。
ふじ あんたたちが何を企んでるか、全部お見通しよ。
秀俊 かあさん!
満子 お義母さん。
秀俊 きゅ、急に帰ってくるのやめてよ。
ふじ とぼけるんじゃありません。
秀俊 何もとぼけてなんか。
ふじ 私も黒岩家の人間です。いつかこの日が来ることは分かってました。
秀俊 この日って……。
ふじ ほらとぼけた! あの人の死を二十年も隠し続けてきた私よ。今までどんな思いで生きてきたか(よよと泣く)。
秀俊 母さん。
ふじ おかげでミス・ユニバースにもなり損なった。
満子 それは何もなくても無理です。絶対無理。
ふじ お黙り。私がどれだけ多くのものを犠牲にしてきたかってことを言ってるの。
秀俊 うちのような生き方を選んだ以上、多少の犠牲は仕方ないよ。
ふじ それで、今度は私の番というわけね。
秀俊 それは……。
ふじ おじいちゃんは自然死だった。私のことはどうするつもり?
秀俊 どうするって……、(満子に)なぁ?
満子 私の口からはとても……。
ふじ 殺す気なのね。
秀俊 それは、言い方だよ。
満子 そうですよ、お義母さん。
ふじ あんたたちは、私を殺してお父さんと同じ部屋に入れようとしてる。そうね?
秀俊 母さんが気づく前にやってしまう方がいいと思ったんだ。
ふじ 否定しないの。
秀俊 おれたちにはこれしかないんだよ。
ふじ 晋一は知ってるの?
満子 私から話しました。
ふじ あの子は何て?
満子 お義母さんは知らない方がいいと思います。
ふじ ああそう。私は何も知らないままでいた方がいいってわけ。なぁんにも。
秀俊 拗ねないでくれよ。
ふじ いいの。分かってます。この二十年、いつかはこの日が来るだろうと思ってた。覚悟はできてます。いつでもいいわ(と目を閉じる)。痛くしないでおくれ。
秀俊 刑事がいるんだ。今は無理だよ。
満子 私たちだけになってから、ゆっくりやりましょう。
ふじ (目を開けて)そうだったわね。(姿勢を楽にして)大人しく自分の運命を待つわ。八十五年、私も十分生きました。人生は引き際が大事。大人しく殺されます。私がしてあげられることなんて、それくらいしかない。食い扶持が一人減ればいくらか助かるでしょ。でもね、あなたたちはボケてるって言うけど、私の頭はとてもはっきりしてるの。私が今ご飯を食べたいのは、病院のお昼を食べてこなかったからです。食べたのにまた食べたいと言ってるわけじゃない。
秀俊 母さん、病院で食べたよ。隣の人の分も。
ふじ (秀俊には耳を貸さず、芝居がかる)あのまずい病院のご飯。量も少ない。それに看護師たちのあの態度。あぁ、私の大嫌いなクリームシチューの匂いがする(満子は目を伏せる)。これが死の匂いなのかもしれない。いいわ、あとはなるようになれよ。八十五年、私も十分生きました。あなたたちにしてあげられることは……、さっきも言った? どっちでもいいわ。私は古い人間よ。運命に逆らったりしない。ここでこうやって実の息子とその嫁の手にかかるのを静かに待ちます……。(突然叫ぶ)刑事さん! 刑事さん! 殺される! 助けて! 助けてください!
秀俊 ちょっと母さん!
満子 お義母さん! やめて!
ふじの部屋より矢野が慌てて出てくる。
矢野 どうしました!
ふじ 刑事さん! 刑事さん!(と駆け寄る)私は、私はこの連中に……(と、何か別の感情がむくむくと沸いてきて自分でも混乱)私は、私は……。
矢野 なんです?
ふじ 警察が大っ嫌いなんです! (泣く泣く訴える)警察を見るともう全身に鳥肌が立つくらい、見るのも嫌なんです。それが同じ屋根の下にいるなんて耐えられない。今すぐ出て行って!
矢野 そうでしたか……。
秀俊 母さん、そんな、本当のことを言ったら失礼じゃないか。
満子 そうですよ、警察を好きな人なんて世の中に誰もいないんですから。
ふじ うえーん!
秀俊 泣くほど嫌だったんだね。(あてつけがましく)年寄りをこんなつらい目に合わせるなんて、警察というのは本当にひどい。あーよしよし、あーよしよし。
矢野 何と言っていいか。警察は確かに嫌われ者です。私なんかもよく善良な市民にあらぬ疑いをかけて唾を吐きかけられますよ。ぺって、本物の唾をね。そしたらあそこの新田をさっと盾にしたりなんかしてね。お前唾かかったなとか言って。ですが、叩けばほこりが出てくる連中に揺さぶりをかけるのも警察の仕事です。どうかご理解ください。容疑者逮捕はもう目の前なんです。
ふじ (また突然)殺される! (矢野にすがりついて)私はこの連中に殺されようとしてるんです。こいつらは私利私欲のためだけに実の母親である私を殺(秀俊と満子に引きはがされて口をふさがれる)ほがんがんが、悪魔っ、ほがんごぼが……。
秀俊 (矢野に)ボケちゃって、よくあることなんですよはははは、あいて!
ふじ (秀俊の手を噛んで逃げる)殺される殺される殺される。いやだー、死にたくないよー。刑事さん、助けて、助けて! 殺されるぅぅうっうっ(泣きながら訴える)。
秀俊 母さん、殺されるまで何もしてくれないのが警察だよ。
満子 (笑顔で矢野に)人間誰しもいつかは死ぬという意味です。
矢野 真理ってやつですね。
秀俊、逃げるふじを追い回す。満子も加勢する。ふじは矢野を盾にしたりしてすばしっこく逃げ回るが、挟み撃ちに合って捕まる。
ふじ 離せ! 鬼! 悪魔! 離せ!
秀俊 母さん、落ち着いて。
ふじ これが落ち着いてられるか!
秀俊 いいから!(と口をふさごうと苦戦する)
ふじ あんた刑事なんでしょ! 助けなさいよ! 殺されるって言ってるんだから! 実の息子に殺され(口をふさがれて)むごむご……。
秀俊 (矢野に)痴呆老人介護の現場からお送りしました。
矢野 なんとも、ご苦労、お察しします。
ふじ (もがきながら)ふごふごうー!
秀俊 (力づくで押さえつけて)もう毎日こんなで。さぁ、ちょっと二階へ行ってましょうか。刑事さんのお仕事の邪魔だから、ね。
満子 お騒がせして本当にごめんなさい。さ、刑事さんは張り込みの続きを。
矢野 ええ。
秀俊と満子はふじを強引に引きずって上手へと退場。矢野はやれやれと首を振ってふじの部屋に戻る。
数秒の間をおいて、ふじが上手から飛び出してくる。手は紐をぐるぐる巻かれており、口には猿ぐつわがかまされている。ふじ、縛りかけの紐をほどき、猿ぐつわをはずしてまたしても喚き散らす。
ふじ 助けて! 刑事さん! 刑事さん! 能無しかっ! 善良な市民を見捨てるのっ!
上手から秀俊と満子が追ってくる。同時に、ふじの部屋から今度は新田が出てくる。
秀俊 母さん!
秀俊が捕まえようとすると、ふじは華麗なステップでさらりと身をかわす。
新田 怪我人とは思えない身のこなし。
満子 お義母さん、言うことを聞いてください。
ふじ お前たちは裏切り者だよ。
新田 あの、何か問題でも?
満子 何でもありません。お構いなく。
ふじ 刑事さん、私を捕まえてください。
新田 はい?
ふじ すべてお話しします。すべて話して、すっきりしたいんです。このままじゃ死んでも死にきれない。
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いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。