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「金欠ボーイズ 笑いごとじゃない」1話


キャラクター紹介
舞台設定とあらすじ



【1話 平山、家賃の支払い遅れる】


   宇田川茂男が、頬を緩ませて座卓でお札を数えている。
   ふと、集金額が足りないことに気づいて表情が曇り、
   帳簿をチェックする。

宇田川 来月分の家賃が未納なのは、203と204。(忌々しげ)またあの二人か。

   そこへ203号室の平山能士が、申し訳なさそうにやって来る。

宇田川 (腕時計を見て咎めるように)三時二分三十五秒。(座卓脇の小型金庫にしまって)家賃の支払期限は前月二十八日の午後三時、ジャスト。厳守のこと。

平山 すいません。

宇田川 来月分、五万五千円。

平山 ……それが(持ち合わせがない)。

宇田川 平山さん。あなた、先月もその前の月も支払いが遅れてるんだ。

平山 ちょっとだけ待ってください。こないだやったバイトの振り込みがまだで。

宇田川 (疑わしげに)今度は何?

平山 化粧品のピッキングを。繁忙期だけの短期で十日間。

宇田川 また短期か。先月はデパートの催事、その前はイベント警備員。

平山 三十過ぎて芸人とかいうと、なかなか雇ってもらえなくて……。

宇田川 売れない芸人の末路だな。203と204、コンビで入居させるなんて私がどうかしてた。

平山 一気に二件も契約成立したって喜んでたじゃないですか。

宇田川 (睨んで)柿の種なんてふざけたコンビ名で売れるわけないんだ。

平山 ハッピーターン。

宇田川 なに?

平山 コンビ名。ハッピーターンです。

宇田川 ふん。ばかうけにしとくんだったな。

平山 月末締め十日払いなんです。だから十日には必ず。

宇田川 それまでただで住む気だ。

平山 そんな。

宇田川 今月末までの分しかもらってないんだ。払えないなら出て行ってもらう。

平山 二万だったら今何とか(と慌ててポケットを探る)。

宇田川 うちはただでさえ安めに設定してるんだ。臓器売ってでも払ってもらうぞ。腎臓なんて二個もいらないんだから。

平山 (冗談に受け流して)はは、そんな。

宇田川 (本気)よかったらその筋の人、紹介するよ。

平山 ……(ぞっとして)。残りは必ず十日に払いますから(とお札を差し出す)。

宇田川 (じっと見て、結局受け取る)残金は十日の午後三時まで。一分一秒も遅れずに。

平山 必ず。

宇田川 (おもむろに下におりて)あとは? 宇田川商店に何かご用は? 電球は? トイレットペーパー、石鹸、洗剤、ハンガーもありますよ。

平山 そのハンガー、クリーニング屋で「ご自由にどうぞ」って出てたやつじゃないですか。(驚いて)一本百円?

宇田川 住人割引もありますよ。消費税はなんと5パーセントでいい。(ほこりを払いながら)品質保証。備えあれば憂いなし。いらない? それじゃ採れたて野菜は? キュウリ一本180円。

平山 ちょっと高くないですか。

宇田川 うちは完全無農薬なんでね。手間暇を考えると安いくらいだ。

平山 無農薬と言えば、前から聞きたいと思ってたんですが……、裏の畑に肥溜めがありますよね。

宇田川 (誇らしげ)うちは代々農家でね。あれも私が作った。もう四十年前だ。

平山 それはすごい。あれにはつまり、大家さんご一家の、その、ウン……。

宇田川 もちろんだ。他に何が入ってると思う。

平山 いつも思うんですが、他の部屋の人とかこの野菜買います?

宇田川 (忌々しげ)貧乏人どもには無農薬野菜を買う余裕はないんだろうな。

平山 というより、イメージ的にあまりよくないかなって。

宇田川 無農薬のどこが。

平山 いや、そっちじゃなくて。

宇田川 何が言いたいんだ。いるの、いらないの?

平山 結論から言うと、今日のところは間に合ってます。

宇田川 (やれやれと頭をふって)最近の連中はこれだ。昔の入居者は大家の勧めるものだったら何だって買ったもんだ。うちが取ってるのと同じ新聞を取ったし、私が投票するのと同じ政治家に投票した。

平山 すいません、ちょっとリアルすぎて……。でも、もう時代が違うかなって。

宇田川 私が時代から取り残されていると言いたいのか?

平山 そういうわけじゃ……。

宇田川 (鼻で笑って)大間違いだ。その証拠というわけじゃないがね、今度から民泊をはじめる。

平山 え?

宇田川 しばらく空き部屋だった202、遊ばせとくのはもったいないんでね。

平山 なんかリフォームしてると思ったけど……。

宇田川 というわけで、今日初めてのお客さんが来るんで、どうかよろしく。

平山 今日? 今日? だって今度はじめるって。

宇田川 貸主は他の住人に通告することなしに建物を増改築することができる。貸主は他の住人に通告することなしに空き部屋の使用目的を変更することができる。

平山 契約書に書いてある……。

宇田川 その通り。

平山 でも、隣がいきなり宿泊施設になるっていうのはちょっと……。

宇田川 (無視して)ネットに載せたら思った以上に反響があってね。あなたも次家賃が遅れたら問答無用で出て行ってもらいますよ。203も民泊で使いたいんでね。

平山 そんな。

宇田川 外国人旅行者は爆発的に増えてるんだ。二〇二〇年にはオリンピックもあるし、うまくすれば賃貸しするよりずっと儲かる。

平山 でも、あの……。実は、もしかしたら部屋を出ることになるかもしれなくて。

宇田川 ほう?

平山 彼女から一緒に暮らさないかと言われていて。悩むところではあるんですが……。

宇田川 背に腹は代えられない。

平山 えぇ、まぁ。

宇田川 試してみればいい。どうせ売れない芸人の末路なんて決まってるんだから。

平山 いや、売れない芸人売れない芸人って……。

宇田川 売れてるのか?

平山 あの、それは……。

宇田川 そら見ろ。あとは204だ。我孫子さんは?

平山 え?

宇田川 彼はどこです?

平山 (急に頑なな態度になって)知りませんよ。あいつの顔など見たくもない。

宇田川 私は見たいんだ。あの人も三か月連続で家賃が遅れてるんでね。強制退去になったっておかしくない。(考えて)204も出て行ってもらって民泊にするか。それがいいな。善は急げだ。ちょっとあの人呼んで。

平山 どこにいるか知らないんで。

宇田川 連絡先くらい分かるでしょうが。

平山 音信不通なんで。

宇田川 お笑いコンビでしょ、あんたたちは。

平山 誰があんな奴と。

宇田川 コンビじゃないのか?

平山 今や怪しいですね。

宇田川 (目を細めて)どっちなんだ?

平山 さぁ。

宇田川 売れないわけだ。

   そこへ204号室の我孫子が、身体をぼりぼり掻きながら登場。



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*イラストは中田仙次郎さん

いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。