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65 戦争二

ある朝、男が部屋から一歩外に出ると戦争がはじまっていた。

一人の若者が駆け寄ってきて、飛び交う銃弾にかき消されないような大声で「お前はどちら側につくんだ!」と訊いた。男はわけが分からないまま「有利な方!」と答えた。

若者は「ついてこい!」と言って男を本部へ連れて行った。昨日まで地域の児童館として使われていた建物で、本部と呼ぶにはあまりにもみすぼらしかった。男は本当にこちらが有利な側なのか疑ったが、声に出して訊ける雰囲気ではなかった。

「お前の役目は敵情視察だ」

大佐と名乗る男はそう言うと、男に無線と双眼鏡を与えた。

男は本部を出るとすぐさまそれらを故買屋に売り払った。かろうじて運行していた電車に乗ってできるだけ遠くへ逃げようとした。

隣に座った老人がじっと前を見たまま「どっちにつくか決めたかね?」と訊いてきた。男はなるべく口を動かさないようにして「有利な方」とささやいた。老人は感心するようにうなずくと、思いがけない強い力で男の手を掴んだ。老人は変装した大佐だった。男は次の駅で電車から放り出されると、あっという間に敵の手に落ちた。

敵の本部は公園の公衆便所から地下に潜ったところにあった。

「我々は地底人になるぞ。地上の阿呆どもはこれで一掃だ」

総帥を名乗る盲目の男は、狂乱した様子で核爆弾のスイッチを押した。頭上で身の毛もよだつような長く恐ろしい地響きが続いた。

やがてそれが収まると、男は兵士たちに取り押さえられて額に焼き印を押された。いつも使っているスーパーのロゴにそっくりの焼き印だった。男は首輪をはめられて最下層に連れていかれ、素手で地面を掘るように言われた。

それから数年間、男は地中でもぐらのような生活を送った。虫を食べ、自らの糞尿にまみれて眠った。地中深く掘り進んで行くと、やがて開けた空間に出た。地下都市だった。そこには地底人たちがいた。

「おれたちが本物の地底人さ。この二番煎じのすっとこどっこいどもが」

地底人は泥だらけの男たちを見て大笑いして言った。

総帥はその場で自決し、男は失意のうちに地表に戻った。

戦争はとっくの昔に終わっていた。文明は滅び、残された人類が細々と暮らしていた。

狩りをしているグループと木の実を採集しているグループがあった。どちらも言葉らしい言葉を失っていた。

男が川辺で途方に暮れていると、狩りをしているグループの若者と採集をしているグループの若者がやってきた。それぞれ男に仲間に加わるように身ぶり手振りで申し出た。

男は二つのグループが互いに手を組んだらどうかと提案した。そうすれば少しは生活が向上するだろう。若者たちは途端にいきり立ち、お互いに威嚇しはじめた。やがて、その矛先は男に向かった。場を収めるためにはどちらかを選ぶより他に方法はなさそうだった。

男は急かされるようにして肩を何度もどつかれると、やけになって二人に殴りかかった。瞬く間に返り討ちにあい、体を引き裂かれた。文字通り、真っ二つだった。

男の上半身は狩りをしているグループが、下半身は採集をしているグループが、それぞれ奪い取った。頭は舌を引っこ抜かれてその場に打ち捨てられた。地底人たちは正しかった。



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