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75 電話

電話がかかってきた。知らない番号からだった。男は電話が嫌いだったので、じっと携帯を見つめたまま取らなかった。二時間後、同じ番号からまた電話がかかってきた。男はなるべく携帯から離れようと部屋の隅に行き、じっと立ったまま端末の振動が止まるのを待った。メッセージは残されなかった。

それから数日、その電話のことが頭から離れなかった。誰だったのか、なぜ番号を知っているのか、何の用件だったのか。電話はもう鳴りそうになく、男はついにその番号にかけ直すことにした。相手は電話を取らなかった。男は留守電のメッセージが流れるとすぐに電話を切った。

翌日、その番号から折り返し電話がかかってきた。買い物の最中だった男は、番号表示をちらりと見ただけで携帯を尻ポケットにしまった。買い物を終えたあと改めて携帯を開いたが、外では気持ちが落ち着かずにかけ直すことはできなかった。家に帰ると男は携帯を机に置き、その前に座り込んだ。いくら待っても鳴らなかった。風呂上がりにドライヤーを使っているときに着信を受けていることに気がついたが、取ろうとしたところで切れてしまった。かけ直そうとしたが、あと一歩のところで勇気が出なかった。

気がつかないうちに着信を受けていることが何度か続いた。三回に一回は男からもかけ直したが一向につながらなかった。どちらもメッセージを残すことはしなかった。そんなやりとりが二週間ばかり続いた。男は突然別れた妻のもとを訪ねた。「お前だな」「いきなり何」「いったい何の用だ」「何が」「今更謝る気になったのか」「何の話よ」「お前からかけてきたんだろ」「は?」「分かってるんだ」「帰って」押し問答の末、男は警察を呼ばれて捕まった。「向こうが先にかけてきたんだ」男は訴えたが、警察は聞く耳を持たなかった。



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