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NY駐在員報告  「情報技術と教育(その1)」 1995年11月

 95年9月21日、クリントン大統領はサンフランシスコで、2000年までに米国のすべてのクラスルームをインターネットに接続しようではないかと、産業界と地方政府に呼びかけた。日本の一部のマスコミは、「クリントン大統領が2000年までにすべてのクラスルームをインターネットに接続する計画を発表した」と報道したそうだが、これはいささか正確性に欠ける。ご存じのとおりクリントン大統領のスピーチは、ホワイトハウスWWWのサーバーから簡単に入手できるので、それを読めば分かるが、これはNIIがらみの新しい連邦政府の計画の発表ではない。演説の中にもあるとおり、連邦政府はこの構想に資金を注ぎ込むつもりはなく、ただ触媒的機能をはたそうとしているだけである(連邦政府は財政難でそれどころではない)。米国内では、このスピーチはクリントン政権が教育に熱心に取り組んでおり、かつ情報化にも積極的であることをアピールするためのもので、来年の大統領選挙を意識したものだと受け止められている。

 このスピーチには後日談があるのだが、それは後述することにして、今月と来月のテーマはインターネットを含む情報技術と教育である。

インターネットの利用

 インターネットを教育分野で利用する方法は、誰が利用者かという観点で分類すると、(a) 生徒や学生が単独で利用する、(b) 教師などの教育者が利用する、(c) 両者が一体となって利用するという3つに分類でき、利用形態から分類すると、(1) インターネット上に蓄積された膨大な情報を一方的に引き出して利用する方法と、(2) インターネットをインタラクティブな(双方向性のある)教育環境を作り出す道具として利用する方法の2つに分けられる。

 たとえば、与えられた課題についてレポートを作成しようとしている学生が、WWWのホームページをあちらこちら渡り歩いたり、Lycos等のサーチエンジンを利用して必要な情報を入手するのは、a-1に分類できるし、教師が分かりやすく慣性の法則を教えられる授業プランを捜して教育手法のデータベースを検索するのはb-1に分類できる。
 ちなみに、インターネットを情報源として利用するためのツールはWWWだけではない。教育用ソフトウェアをダウンロードするためにanonymous ftpも利用されているし、情報を検索するツールとしてはgopherやWAISも利用されている。
 インターネットを用いてインタラクティブな教育環境を作っているプロジェクトは後でいくつか紹介するのだが、ここでも一つだけ電子メールを利用している例を挙げておこう。

 バージニア州の公立学校(約2000校)は、すべてインターネットの一部であるVirginia Public Education Networkに接続されているのだが、このネットワーク上には、いくつかのinstructional pavilionsと呼ばれるサイトが設けられている。バーチャル・トーマス・ジェファーソンもその一つで、生徒がそのサイトあてに米国の歴史に関する質問を電子メールで出すと、答がやはり電子メールで返ってくる仕組みになっている(答えは歴史の教師が書いているらしい)。これは電子メールを用いた非常にベーシックな例で、a-2に分類できるだろう。単純ではあるが、こんな簡単な仕組みでも歴史の勉強を楽しくすることができる。

様々なプロジェクト

 では、次にいくつかのプロジェクトを紹介しよう。インターネットは教師や生徒が個人ベースで利用するだけのものではない。米国では様々な組織が、教室での教育を向上させるためのプロジェクトを推進している。これを見ていただければ、インターネットをどのようにインタラクティブな教育ツールとして利用しているかを御理解いただけるだろう。

(1) TERC
 TERCは数学と科学の教育を改善することを目的に設立された研究開発機関の一つである。このTERCが開発したソフトウェアに「アリス・ネットワーク・ソフトウェア(Alice Network Software)」がある。これは、ワードプロセッシング機能と表計算機能、グラフ作成機能、マップ作成機能、通信機能を備えたソフトウェアで、数百の教室がデータを共有するためにつくられている。当然のことだが、このソフトウェアは、インターネットを通じて入手可能だ。TERCは、アリス・ネットワーク・ソフトウェアに対応するデータ整理統合用のサーバー向けソフトウェアも開発している。

 TERCが実施しているプロジェクトは、調査を共同して行うためにどのようにインターネットを利用するかに焦点が当てられている。たとえば、遠隔地との共同作業を可能とする実験環境の整備を行うプロジェクトは、コンピュータネットワークを用いて共同作業を行う共同調査をいくつか実施し、システムとその運用方法の問題点を明かにし、コンピュータネットワークを教育に利用するための技術や手法を確立するために行われる。つまり、遠く離れた生徒が協力してデータを収集し、整理分析して、それらの成果を共有する実験を行い、それを通じて、ネットワークを教育にどう活かして行くかを研究しようとしているのである。

 グローバル・ラボラトリー・プロジェクト(Global Laboratory Project)もTERCによって実施されているプロジェクトの一つである(これは、同時に世界中の科学者、教師、生徒が一緒になってハイスクールにおける科学教育の強化に取り組んでいるコンソーシアムの名前でもある)。現在、このプロジェクトでは地域的及び地球規模の環境問題をテーマに、コンピュータネットワークを利用して、20カ国以上の国の生徒が独創的な調査を実施している。このプロジェクトでは、実際に研究を実施する以外に、コンピュータネットワークを利用した共同研究の方法を学ぶための1年間のコースも用意されている。この1年間のコースは、2つのステージに分かれている。最初の半年は「調査技術の習得」で、基本的な調査技術、共同研究のやり方、コンピュータネットワークを使った連絡方法などの基本を学び、後半の半年は環境問題について実際に共同自由研究を行うことにより実践を積むことになる。このようなプロジェクトによって、コンピュータネットワークを利用した共同研究の方法が確立されてい くのである。

(2) Global SchoolNet Foundation (GSN)
 多くの組織がインターネットを利用した教育関係プロジェクトを実施しているが、その中で最も古くかつ活発なプロジェクトの一つが「世界中の子供たちをつなごう」という活動をしている「グローバル・スクールネット・ファンデーション(Global SchoolNet Foundation(GSN))」である。GSNは、10年以上も前にサンディエゴである教師のグループによって草の根的にスタートした非営利の団体で、かつて「フレッドメール(FrEdMail (Free Educational Mail) )」と呼ばれてた。GSNが進めている有名なプロジェクトが「グローバル・スクールハウス・プロジェクト(Global Schoolhouse Project)」である。このプロジェクトの目指すものは、世界中の教師、生徒、ビジネスマン、政府の役人、普通の地域の住民が机を並べて勉強できる環境をインターネットを使ってつくることだ。このプロジェクトでは、gopherやWWWのブラウザ(Mosaicなど)の他に、インターネットを利用してテレビ会議ができるCU-SeeMeも有効に使われている。つまり、CU-SeeMeを使えば、極めて安くかつ容易に、相手の顔を見ながら、地理的には遠く離れた学校の友達や教師だけでなく上院議員、宇宙飛行士、政府高官の話を聞いたり、質問をしたりできるのである。実際に、世界的に有名な人類学者のジェイン・グッダール(Jane Goodall)博士や連邦政府の公衆衛生局の局長を勤めていたエベレット・クープ(Everett Koop)博士などが、このプロジェクトに参加している。グローバル・スクールハウス・プロジェクトは、インターネットを使えば世界中のさまざまな分野の専門家から直接話を聞き、質問をすることが可能だということを実証しているのである。

 GSNはこの他に、特定の分野に特化したプロジェクトも実施している。「地質学者に聞こう(Ask a Geologist)」というプロジェクトでは、なぜカリフォルニアには地震が多くてニューヨークには少ないのか、テキサスには油田があるのにウィスコンシンにはないのか、北米で一番深い峡谷はどこか、といった質問を電子メールで送るとそれに専門家が答えてくれるというものだ。生徒が記事を書いて投稿できる、ちょうど地球規模の学級新聞作りといった「ニュースデイ(Newsday)」というプロジェクトもあれば、冒険家のロジャー・ウィリアムズ(Roger Williams)と一緒に世界中を電子的に周りながら世界の歴史、文化、地理、環境問題が勉強できる「ロジャーは地球のどこに?(Where on the Globe is Roger? )」というプロジェクトもある。

 このようにGSNは、教室とインターネットをつないで何ができるのかを実証しながら、教育のためのインターネット利用の進歩に技術的、文化的な貢献を果たしている。

(3) NASAのK-12インターネット計画
 宇宙開発を担当するNASAも、教室の壁をネットワークによって取り除こうというプロジェクトを実施している。NASAのK-12インターネット計画は「Sharing NASA with our School」と呼ばれているが、この計画は、高性能コンピュータと高速ネットワークの研究開発をテーマとするHPCC計画 (High Performance Computing and Communications Program) の中に位置付けられている。HPCC計画は、1年数カ月前に報告したとおり、国防総省、NSF、エネルギー省など9つの政府機関によって実施されている巨大な研究開発プロジェクトで、95年度の予算はおよそ10億ドルである。このNASAのK-12インターネット計画は、HPCC計画の5つのサブプログラムのうちの「情報ハイウェイ技術とその応用(IITA : Information Infrastructure Technology and Applications)」というサブプログラムの中の一つのプロジェクトなので、それほど予算は多くはないが、こうした計画が連邦政府の情報技術に関する巨大プロジェクトに含まれていることは意外な事実ではないだろうか。

 このNASAのK-12インターネット計画は、さらにいくつかの小さなプログラムに分かれているが、いずれもNASAの研究分野である、天文学や南極生物学、ロボット工学といった分野の実際の研究成果に、生徒が直接触れる機会をつくろうという目的をもっている。インターネットのインタラクティブ性を利用して、NASAの科学者と教室の生徒との間にパイプをつくろうという訳だ。使われているツールは特別なものではない。電子メールやgopherやWWW等である。もちろんNASAで行われている研究を理解するためには、極めて膨大な知識が必要になるが、そうした情報もインターネットで入手できるようになっているし、科学者自身にもアクセスすることが可能になっている。また、新しい発見がある度に情報は更新され、いつも最新の情報が入手できる。遠隔地にいる生徒や教師がNASAの科学者とコミュニケーションするというのは、インターネットが普及する前の学校では考えられない。

 いくつもあるNASAのプロジェクトの中で、「F-18 SRA オンライン・プロジェクト(F-18 SRA Online Project)」と「TOPEXポセイドン・プロジェクト(TOPEX/Poseidon Project)」を簡単に紹介しよう。94年に行われたF-18 SRAプロジェクトの目的は、幼稚園から高校までの生徒に最先端の航空学の研究を体験させようというものである(内容から考えると、少なくとも幼稚園児は対象外で、実際の対象はハイスクールの生徒だと思われる)。SRAはSystems Research Aircraft の頭文字を取ったもので、F-18 SRAは戦闘機のF-18を改良した実験用ジェット機のことだ。このF-18 SRAを使って研究している科学者と一緒になって、最新の技術、たとえば慣性誘導アルゴリズム(航空機やロケットに搭載されたジャイロと加速度計で慣性加速度と角速度を検知してコンピュータで軌道計算を行い、エンジンの噴射角度や翼の方向舵の向きを修正し、自動的に目的地に向けて飛行するようにコントロールするためのアルゴリズム)やアクチュエータ、光ファイバーセンサーなどの仕組みを理解しようというものである(ほら、テーマ名だけ見ても難しそうでしょう)。

 もう一つのポセイドン・プロジェクトは、人工衛星を利用して宇宙から海洋を調査している研究者が、毎日行っている調査の結果をインターネットを使って学校に送るというものである。この計画の目的は、こうした宇宙からの観測によって海流の流れが解析でき、海洋と大気がどういう関係にあるかを理解させることにあります。もちろん、生徒が理解できない言葉などについては、電子メールで科学者に質問が送れる仕組みになっている。
 こうしたプロジェクトによって、生徒は一流の科学者からその専門の知識を得ることができ、(たとえその研究内容を十分に理解できないにしても)最先端の研究がどんなものであるかを知ることができるのである。

(4) Balloonin'USA
 「アメリカを気球でまわる(Balloonin'USA)」と呼ばれている新しいプロジェクトもインターネットのインタラクティブ性をうまく利用している。このプロジェクトは95年の9月にスタートし、96年の春に終わる予定だが、熱気球による米国横断の旅をインターネットを利用して体験しようというものだ。通過して行くそれぞれの州で、各種の専門家と様々な共同研究を実施することにしており、みんなでこれをリアルタイムに追跡していこうという計画である。インターネットを使えば、世界中の子供がこの旅行に参加でき、一緒になって何かを積極的に学ぶということの意味を実感できるだろう。このプロジェクトは、教師に対して、自分たちのプロジェクトを開発する時に役立つ様々なアイデアを提供してくれるだけでなく、カリキュラムの中に組み込むためのサポートも提供してくれます。参加する教師が熱心であればあるほど、このプロジェクトはエキサイティングでダイナミックなものになると主催者は述べている。

言語教育における利用

 インターネットは科学教育だけでなく、言語教育にも利用されている(フランスのオンラインサービスであるミニテルもフランス語教育に使われているそうだ)。インターネットを使えば、外国の友達と電子メールによる文通をすることはたやすい。手紙と違って返事が返ってくるまで1週間も、10日間も待たないで済む。メーリングリストなどの機能を利用すれば、電子メールによる電子会議もできる。また最近はWWWを利用したチャットも可能になっている。もちろんCU-SeeMeを利用すれば、テレビ会議も可能になる。

 インターネットを使って外国語によるコミュニケーションの練習を行うことは、誰でも考え付く利用法だ。最近も、米国とオランダの学生がインターネットを使って、麻薬を合法化することの是非についてフランス語で討論をしたというニュースがニューヨークタイムズ紙に掲載された。インターネットを利用して外国語を使う練習を行うことは、語学の学習に役立つだけでなく、歴史や習慣の異なる外国人との意見交換を通じて、互いの文化を理解するよい機会にもなるに違いない。

 もう少し手の込んだシステムもある。例えば、95年の4月からサービスを開始した「バーチャル・イングリッシュ・ランゲージ・センター(The Virtual English Language Center)」は、インターネットの双方向性をうまく利用している。このセンターを運営しているのは「コメニアス・グループ(The Comenius Group)」という団体で、ニューヨーク大学の教育学を専攻した2人の教育者によって運営されている。現在このセンターでは、3つの教育サービスをインターネットで提供している。一つは、電子メールを利用した文通システム(The E-mail Key Pal)で、ヨーロッパ、アジア、南アメリカ、北アメリカ、オーストラリアなどの2000人以上が参加している。二つ目は、毎週、適当な英語のイディオムを選んで、意味や使い方を教えるというもの(The Weekly Idiom)である。このシステムは、WWWの特徴を活かして音声ファイルも提供されているので、そのイディオムだけでなく用例についてもネイティブの発音を確認できるシステムになっている。三つ目は短い英語の話を読んで、質問に答えるというもの(Fluency Through Fables)である。この他、このセンターでは推薦するソフトウェアや、英語を勉強する人によって役にたつサイトを紹介している。このコメニアス・グループが提供している教材は自分で英語を勉強するために作られているが、教室で授業に利用することもできる。既に多くの学校が、この電子メールによる文通システムを英語のネイティブスピーカーと生徒の交流に利用しており、毎週のイディオムを授業で取り上げたりしているそうだ。

 インターネットを含む最新の情報技術を語学学習に用いることが最善の方法であるかどうかについては議論がある。伝統的な語学教育方法を学んできた教師や外国語を話すのが苦手な教師の中には、こうした新しい教育方法について批判的な人がいる(たぶん日本にもそういう人はいるに違いない)。また、多くのテストが文法に重点を置いていることから、会話能力に重点をおくことに反対する教師も存在する(間違いなく日本にもこういう教師がいるだろう)。しかし、米国では概ね、こうした新しい技術は、教師を代替するものでもなく、従来の教育手法を完全に否定するものではないと考えられている。むしろ、教師を助け、従来の教育方法を補完する強力なツールであると捉えられている。

 言語はコミュニケーションの基礎である。言葉によって私たちは自分の体験や考え、知識を他人に伝えている。インターネットは世界の人とコミュニケーションする機会を与えてくれる。インターネットは、時間と場所の制約もなく、コストも安い、外国語を実際に使いながら勉強できる最高の場所なのである。

大学での利用

 大学とインターネットの関係は古くて深い。衆知のとおり、インターネットのご先祖様であるARPANETはDOD(国防総省)のプロジェクトであったが、当初のインターネットのユーザの多くは大学の研究者や学生であり、多くのアプリケーションも大学で開発された。ArchieもGopherもMosaic、Yahooも大学で誕生したアプリケーションである。まさに「インターネットはDODで生まれて、大学で育った」のである。

 そうした経緯から、米国の多くの大学はインターネットをフルに利用しているし、多くの大学でインターネットは学生にとって必須のものになっている。ほとんどの大学は、大学自身のWWWのホームページを持っている。それは学生を募集するためでもあり、学生に情報を与えるためでもある。アリゾナ州立大学やコネチカット大学、MITのように学生向けのハンドブックをオンラインで提供しているところは少なくない。どんな教授陣がいて、どんなコースが選択可能で、どんな行事がいつ計画されているかといった情報が簡単に入手できる。

 大学のコンピュータには実に様々な情報が蓄積されている。中にはその大学の関係者でなければアクセスできない情報やファイルもあるが、各種のパブリック・ドメイン・ソフトウェア、論文、ニュース、天気予報、様々な写真やグラフィックス、ローカルな(大学のキャンパス内だけの)ニュースグループもあれば、大学関係者だけのメーリング・リストもある。自分のホームページを持っている大学教授も増えているに違いない。

 勉学に有用なサイトは大学の中だけにあるのではない。たとえば、インディアナ大学では、ジャーナリズムを専攻する学生に、アトランタのCNNセンターへのelectronic field tripを体験するように進めている(興味と時間があれば是非<http://cee.indiana.edu/rd/cnnlinks.html>にアクセスいただきたい)。専攻に関係するサイトへのアクセスを推奨しているのはインディアナ大学だけではない、多くの大学で同じ様に専門に関係するホームページのURLを学生に示し、リンクを張っておくように勧めている。

 学生が5万人を超えるペンシルベニア州立大学では、既に教授の指導の下に学生が自主的に行う過程(independent study course、単位の取得ができる)に電子メールを用いているが、この経験を活かして、バーチャル・クラスルームを実現しようとしている。オーディオファイルやビデオファイルを簡単に張り付けられる点で、WWWはバーチャル・クラスルーム構築に適した構造を持っている。問題は、学生が大学外で利用している回線の太さが十分でないことにある。本格的なバーチャル・クラスルームを実現しようとすれば、音声や動画が送れる通信回線が必要である。しかし、現段階では平均的な学生は電話回線を利用しており、少なくともISDN回線の普及を待つ必要があるとみられている。ただテキストと静止画レベルであれば、現状でもバーチャル・クラスルームは実現できる。WWWを用いた遠隔テストも考えられているが、問題は身代り受験を防ぐよい手段がないことである。通常、本人確認に用いられるパスワードやIDカードは、本人が望んで他人を身代りにしようとするこのケースではまったく役に立たないからだ。身代りを立てる意味がない模試や実力テストのようなものであれば、十分利用できるかもしれない。

遠隔教育

 インターネットの教育分野での利用で最も脚光を浴びているのは遠隔教育(distance learning)かもしれない。NIIのAgenda for Action以降のペーパーには、利用例として必ずと言ってよいほど登場するし、現在の教育システムを根本から変革するポテンシャルを持っていると考えられている。確かに「学生が、どこにいても、どんなに離れていても、財産があろうとなかろうと、身体が不自由であっても、最高の学校で最高の教師による最高の授業が受けられる」環境が実現すれば素晴らしいことだ。しかし、前項で述べたバーチャル・クラスルームの例のように、理想的な環境は簡単に実現できるものではないことも事実である。

 とは言え、米国では遠隔教育の試みがいくつかなされている。まず、最初に紹介するのは92年にテスト運用を開始した"University Online"である。これは同じ名前の非営利機関が運営しており、言わば通信教育のインターネット版である。米国では南カリフォルニア大学、UCバークレー、バージニア大学などが郵便を用いた通信教育コースを設けている。こうした通信教育がインターネットを利用するようになっても何の不思議もない。実際にUniversity Onlineでは、インターネットで教材を送り、電子掲示板で議論を行い、FAQファイルで様々な疑問を解決し、必要に応じて教師をまじえて会議を開催している。WWW を使えば、学生はその理解度に応じて学習を進めることができ、教師はコンピュータに残された記録によって各学生の学習の進捗状況を把握できる。どのようなコースがあるかは<http://uol.com/catalog/toc.html>を参照されたい。代表的な経済学のコースでは受講者数が約700人いるとUniversity Onlineの創設者のNat Kannan氏は語っている。

 "Connected Education"は、ニューヨーク市がスタートさせたプロジェクトで、すでに180のコースを提供しており、1000人以上がここで学んでいる。学生は米国内の32の州及びカナダ、英国、フランス、オランダ、アイスランド、日本、中東、ラテンアメリカなどに分布している。

 "Globewide Network Academy (GNA) "は、自分自身で教師を雇い、コースを開設しているのではなく、遠隔教育の場を提供している組織である。約70の組織が参加し、100以上のプログラムと700以上のコースを提供している。分野は広範で、芸術から哲学、法学、科学技術、ビジネス、コンピュータなど19のカテゴリーに分類されている。このホームページ(http://www.gnacademy.org/)では、生徒を募集すると同時に、遠隔教育のプログラムを提供する教育機関も募集している。

 この他にも、94年の秋に開校したK-12から大学までの教育プログラムを提供している"Virtual Online University (VOU)"などがある。

 現段階では、郵便による通信教育に毛の生えた程度の遠隔教育であるが、インターネットの発展、通信回線の強化とともに、音声や画像データが利用できるようになり、理想の遠隔教育環境へと近付いていくに違いない。

教師のためのインターネット

 インターネットは、教育者にとっても非常に有用である。インターネット上には極めて膨大な情報があるが、そこには教育技能の向上に役立つ情報もあるし、教育者同士で経験を分かち合い、場合によってはインターネットを通じて教師同士が共同作業を行うことも可能である。「或る意味でインターネットは教育者のための電子的で専門的な互助会のようなものだ」とある教育関係者は述べている。

 つまり、ネットワークを通じて世界中の同僚と授業の計画について情報を交換し、それについてアドバイスを求めたり、教育手法について議論することが可能になる。教師がお互いの経験を共有して、意見を交換することによって、同僚の経験から多くのことを学ぶことができる。どうすれば授業がうまく進むのか、どうしたときに失敗が起きたのか、そうした情報を自分の授業に役立てることができるのである。

 例を挙げて説明しよう。ERIC(Educational Resources Information Center)は、政府が設立した全米を対象とした情報システムで、16の専門分野の情報交換機関を通じて、幅広い教育関係のサービス・製品を提供している。収録されているドキュメントの数は75万以上と言われている。

 中でもAskERICはインターネットを利用した教育サービスで、一種のバーチャルな図書館と言ってよい。ここには、700以上の授業計画が蓄積されている。教師にとって、何を教えるのかは比較的明確であるが、どのように教えるのかは教師個人に任されている部分であり、どのようにもなるだけに、真面目な教師であればそれだけ頭痛の種子にもなっている。ここに収録された授業計画は、全米の教師の知恵と経験の結晶であり、どう教えれば分かりやすく授業ができるか、あるいは生徒に興味を持たせることができるかといったノウハウが詰まっている。また、この中にはディスカバリーチャンネルの学習チャンネル教育者ガイド(Discovery Channel/The Learning Channel Educator's Guides)、CNNのニュースルーム・ガイド(CNN Newsroom Guides)といったケーブルテレビでおなじみの教育的な番組をどのように授業に利用するかというガイドも含まれている。例えば、ボスニア問題に対するクリントン政権の対応に関するニュースを見せて、どういう質問を生徒にすればよいか、あるいはどういう点についてクラスでディスカッションをすればよいかといった情報が得られる。

 また、ERICのQ&Aサービスを通して、電子メールで専門家に質問することもできる。質問がERICのセンターに届くと、センターの専門家がERICシステムに蓄積された情報とインターネット上のデータベースを駆使して48時間以内に回答する仕組みになっている。「こうした人間が介在するサービスのメリットは、AskERICのスタッフがユーザと対話することによって、よりユーザのニーズにマッチした教育関係情報を提供できることにある」と関係者は語っている。ERICは単なる情報システムではなく、教師にとってインタラクティブな環境を提供している。

 この他にも版権を気にしなくてもよい1万以上の著作物を集めたグーテンベルグ・プロジェクトのサーバーや教育関係者向けのメーリング・リストを紹介したEducational Electronic Mail Listなど、教師にとって有用な情報を提供してるサイトは数多く存在している。

(次号に続く)

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