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NY駐在員報告 「米国の商用BBSの現状(その2)」 1995年6月

 先月に引続き、米国のBBSの現状について報告する。

インターネットへの接続

 現在、この業界でもっとも関心を集めているのが、インターネットへの接続である。BBSのホストコンピュータをインターネットに接続するための改造は、小規模なものであれば比較的安価に(約2000ドル)できるようになっており、インターネットに対応したソフトも豊富に出回っていることから、BBSでもインターネット接続サービスが低コストで提供できるようになってきた。大手のBBSでも、インターネットへのアクセスをサービスの一部として組み込むことが当たり前になっている。ただし、BBSとインターネットの接続は電子メールやネットワーク・ニュースに限定されるものがほとんどで、グラフィックスや音声などマルチメディア情報を扱えるWWWまでを完全に利用するには相当の投資が必要とされる。

 大手のBBSでWWWへの接続サービスを最初に開始したのは、プロディジーである。94年12月には、WWW検索・利用ソフト(ブラウザー)の実用試験を開始した。このソフトは、95年1月17日から一般加入者にリリースされたが、それ以来、約3カ月で35万件のダウンロードがある(プロディジー発表)という人気ぶりをみせている。コンピュサーブは95年3月中旬にWWWへの接続をまもなく開始すると発表しているし、eWorldはサービス開始1周年になるこの夏にはインターネットに接続すると発表している。一方、AOLは95年6月1日に、別のビジネスとしてインターネット接続サービスを提供すると発表している。

 BBSがインターネットに接続されることによって、インターネットからBBSにアクセスするという利用方法も一般的になってきた。これはインターネットのリモート・ログインやテルネットの機能を用いて遠隔地のBBSにアクセスするという利用方法である。他州のBBSに電話回線を利用して直接アクセスする場合、ユーザは長距離電話料金を負担しなければならない。日本に比べれば格段に安いといっても、時間が長くなれば相当の金額になる。インターネットを利用すれば、この長距離電話料金を節約できる。

 また、大手BBS事業者とインターネット・サービス・プロバイダーやその関連会社との提携も行われている。たとえば、AOLは、94年11月28日にANS CO+RE社を買収することで合意したと発表した。ANS CO+RE社は、インターネットが全米科学財団の管轄であったころからの基幹ネットワークであるNSFNETの委託管理を行っていたANSの子会社で、大手商用インターネット・サービス事業者の一つである。AOLは、自社株の一部と3500万ドルの現金を投じて買収するANS CO+RE社を、子会社インターネット・サービス・カンパニーの中核とするほか、ANSの技術によってサービスの伝送速度アップを図るものとみられてい る。AOLは95年3月24日には、BBN(ボルト・ベラネク・アンド・ニューマン)社と提携を結び、ANSから取得したネットワークの管理と拡張業務を 同社に1100万ドルで委託した。この委託料には、機器や他社ネットワークとの接続に要するコストが含まれている。BBN社には、ネットワークの余剰伝送 容量を使って企業向けの通信サービスを提供する権利も認められている。また、AOLは94年11月に、ブックリンク・テクノロジーズとナビソフトというイ ンターネット関連ソフトウェアの開発業者を買収している。ブックリンクは、インターネット用アプリケーション(ウェブ・ブラウザー、FTP、テルネット、ウェブ・パブリッシングなど)を一つにまとめた「インターネットワークス」を開発した企業であり、ナビソフトは、ネットワーク上での情報検索・利用のためのツールを開発している。ブックリンクは、この後、マイクロソフトが開発中のインターネット対応ソフト「ワード・フォー・ウィンドウズ」などに、自社ノウハウをライセンス供給すると発表している。さらにAOLはこの6月1日に、インターネットへのフル・アクセスを提供する「インターネット・ブランド・サー ビス」を8月24日から開始すると発表した際に、"The Whole Internet"等のインターネット関連書籍の出版で有名なO'Reily & Associates社の子会社であるGlobal Network Navigator社を1100万ドルで買収すると発表した。

 買収や提携によってインターネット事業を強化しているのはAOLだけではない。間もなくネットワーク事業に進出するマイクロソフト社は、大手商用インターネットの一つであるAlternetを運営するUUNETテクノロジー社の株式の20%を取得している(UUNETはマイクロソフト・ネットワークにインターネット接続サービスを供給すると見られている)。また、コンピュサーブは3月14日に、インターネット向けのソフトで有名なSpry社を約1億ドルで買収すると発表している。

 こうして、大手BBSがインターネット関連サービスを提供するようになり、インターネット・プロバイダーのサービスが多様化すれば、サービス内容に差がなくなり、両者の間の垣根が消滅するのではないかとの見方も一部にはある。しかし、コンピュサーブやプロディジーが専用のパケット・データ伝送ネットワークを持ち、AOLが伝送サービスでスプリントとの提携を結んでいることから、少なくとも今後しばらくの間は、別々な形で共存していくと思われる。

歴史からの教訓

 米国の3大BBSの発展の歴史から学ぶべきことは多い。
 まず第1に投資の在り方である。これまでのところ、BBSに対する需要はそれほど大きくはなかった。未知の市場を開拓する場合、もし徐々に設備を拡大できるならば、最初から過大な投資を行うべきではない。BBSは、大型のコンピュータ・センターを最小限の数だけ設けるという「中央集中型」のシステムを採る限り、規模の利益を挙げやすい業種であるが、各地に拠点を分散し219ものセンターを抱えることになったプロディジーは、このメリットを生かしていない。

 AOLのように、他社の通信インフラに依存する体制を取っているBBSは、回線利用料などの変動の影響を受けやすいという弱みを持っているものの、初期投資をきわめて低く抑えることができるほか、提携によって通信サービス業者との強いパートナーシップを築くことができる。AOLが直面する大きな問題は、加入者数の増加にシステムの能力アップが追い付かなくなってしまうことで、一昨年に続いて今年2月にも、急激に加入者が増えたことにより、サービス能力が一時的に低下したりストップしたりという問題が発生している。しかし、これらは、赤字につながる過剰 設備を眠らせ続けているプロディジーに比べれば、軽微な問題である。

 第2に最新の技術の採用である。BBSにとって、ソフトウェアの性能を高め、多彩なハードウェアとの互換性を確立するための不断の努力は欠かせない。AOLとコンピュサーブは、ウィンドウズ対応のソフトウェアを早くからリリースし、何度かにわたる改良を重ねてグラフィック・インターフェース機能を強化してきた。これに対し、プロディジーは、ウィンドウズ対応ソフトを初めて公開したのが93年後半と遅かった上に、グラフィックス主体のソフトウェア「P2」のリリースも95年までずれ込んでいる。

 第3にターゲットを明確にしたサービスを整備することの重要性である。豊富なコンテンツへのアクセスは、加入者アップのための強力な武器となる。コンピュサーブは、ビジネス・金融関係の最新情報や、コンピュータ・ソフトウェア業界の主要なブランドを網羅するテクニカル・サポートのフォーラムを強みとしている。コンピュサーブの加入者のうち、少なくとも半数がビジネス・ユーザーであるとみられているが、同社が取り揃えるプロフェッショナル指向のコンテンツは、こうしたユーザーにとって大きな魅力となっている。これとは対照的に、個人・家庭ユーザーに的をしぼったAOLは、エンターテイメントやホビーに関連したコンテンツの充実を図って人気を集めている。しかし、どちらのユーザー層をも引きつけようと狙ったプロディジーは、ほとんど成果を上げていない。サービスの種類という観点から見ると、一般の加入者は、電子メールやチャットといった、ユーザー相互の交流を可能にするサービスを好むという傾向がある。BBSのマルチメディア化によって、オンライン・ショッピングなどのサービスも従来より親しみやすいものになってきたが、プロディジーの失敗の原因は、まだこの種のサービスの採算が合わない初期の段階から本格的展開を急いだ点にある。

 第4にマーケティングの重要性である。AOLの最大の強みがマーケティング力にあることは疑いない。周到に練り上げられた広告や、色鮮やかなソフトウェア・インターフェースによって、AOLは「若々しくダイナミックなBBS」というイメージを確立した。このような先端的イメージは、プロディジーやコンピュサーブには見られないものである。AOLのもう一つの特色は、情報を媒介にした個人対個人のコミュニケーションを重視する、いわば社交的BBSであるということで、同社は、これによって、早くからコンピュータに親しんでいる若年層を大量に加入者として取り込むことに成功している。どんな業界でも同じだが、イメージと知名度をいかに上げるかが非常に重要である。94年12月にCDBリサーチ・アンド・コンサルティング社が行った調査の結果によれば、一般の消費者の間における知名度では、(不思議なことに)依然プロディジーが首位を保っているが、AOLは、コンピュータ・メーカーやソフトウェア販売業者とのバンドリング契約や、ネットワークTVとのタイアップ企画などにより、知名度をぐんぐん上げている。ちなみにプロディジーの知名度は78%、コンピュサーブは56%、AOLは44%である(インターネットは58%)。

 AOLの成功の一つの要因は、「二番手につけておき、先頭をきっているプレイヤーの失敗から学ぶ」という、セカンド・ムーバー戦略が功を奏したということでもあるだろう。しかし、これはとりもなおさず、BBS事業にとって正しいマーケティング戦略がいかに重要であるかを示している。AOLが、正しいポジショニングによって着実な成長を遂げることができたのも、ケイス社長がプロクター・アンド・ギャンブル社やペプシコ社でマーケティングの豊富な経験を積んできたからかもしれない。

様々な問題点

 コンピュータネットワーキングは、決して新しい現象ではない。銀行や小売業、企業内の通信などで、ネットワークは長年にわたり威力を発揮してきた。しかし、各種BBSやインターネットの隆盛によって、ネットワークのスケールは一挙に拡大した。爆発的に拡大するコンピュータネットワーク人口は、世界が「情報社会」へと急速な変質をとげつつあることを如実に物語っている。

 しかし、一方では急速に変化する実社会について行けない世界がある。法令の世界である。法規制体系の変化が遅々として進まないことは、多くの人が指摘している。たとえば、米国の著作権法は、いまだに複写機の登場に対応する法改正すら完了していないとさえ言われている。現在急速に発達するネットワーク経済は、物理的環境ではなく電子的環境で行われる商取引を取り締まるため、全く新しい種類の法規制を必要としているが、政府の対応が遅れているため、一種の法的空白が生じており、すでに、BBSをめぐるいくつかの法的トラブルも持ち上がっている。

 ネットワーク経済は、従来の社会構造を根本から変革するものであるため、法規制体系作りは非常に難しい。発展を続けるBBSを含むコンピュータネットワーク産業は、商法、知的所有権、賠償責任、消費者保護とプライバシーなどに関連するさまざまな問題を抱えている。現在クリントン政権が提唱するNII/GIIが現実化すれば、我々は、さらに困難な課題を背負うことになるであろう。BBSをめぐるこれまでの係争例は、既成の法体系の具体的な問題点を少しずつ浮き彫りにしている。いくつかの事例を紹介することは、今後のネットワーク社会の在り方を考える上で有用だと考える。

1. オンライン上の法的責任

 BBSをめぐるさまざまな法的問題の中でも特に重大なのが、「BBS事業者は、ユーザーが送信するコンテンツに対して責任があるのか」という問題である。これに関しては、2種類の異なる解答が考えられる。まず、BBS事業者を電話会社や書店のような「コモン・キャリア」とみなし、扱われるコンテンツについてはほとんど責任を問わないという考え方がある。この考え方は、BBS事業者には情報の検閲の義務はないとするだけでなく、合衆国憲法修正第一条が定める「言論の自由」を守り、人々のコミュニケーションのプライバシーを守ることにもなる。

 一方、BBS事業者を「情報の番人(インフォメーション・ゲートキーパー)」と見做し、BBS事業者は伝送される情報の内容に責任を持つべきであるという考え方もある。これは、オンライン・ネットワークを、地上波放送やケーブルTVなどをはじめとするマスメディアと同列であるとみなす考え方である。この場合、ネットワーク事業者は、ユーザー間の通信をモニターし、不適切なものを禁止・排除する義務を持つ ことになる。

 しかし、現在までのところ、BBS事業者の責任範囲に関する判断は、過去の判例に照らしながらケース・バイ・ケースで行われているのが実情である。このような現状では、今後、大型の訴訟が多発して、ネットワーク社会の健全な発達が妨げられる危険性が高い。オンライン・コンテンツに関する責任の所在を明確に定めることは、極めて緊急かつ重要な課題である。

(1) カビー対コンピュサーブ
 BBS事業者の責任問題をめぐるテストケースとなった訴訟に、91年の「カビー対コンピュサーブ」事件がある。事件の火種は、コンピュサーブが提供していたオンライン・ディスカッション・フォーラム「ルーモアビル」(直訳すれば「流言町」)から発生した。ルーモアビルは、同名のゴシップ紙のオンライン版で、フォーラムの運営はルーモアビル社に委託する形で行われていたが、このフォーラムの担当者が、競合紙であるカビーを中傷する発言をオンライン上に掲示したことから、カビーは、このスタッフ個人とネットワーク全体を所有するコンピュサーブをそれぞれ相手取って名誉毀損の訴え(名誉毀損法の定めにより、発言者自身だけでなく、問題の発言を再掲したすべての媒体も賠償責任を問われる)を起こしたのである。

 この訴訟を担当した連邦地裁のリージャー判事は、「コンピュサーブに責任はない」との判決を下した。「コンピュサーブは、新聞社というよりは書店に近いサービスであり、掲載される記事の内容に責任を持たねばならない新聞社とは異なり、伝送されるすべてのコンテンツを審査する責任はない」との見方を示した同判事は、わいせつ図書の販売で訴えられた書店が勝訴した過去の判例を引用して、「コンピュサーブにシステム上のすべてのコンテンツを修正するよう義務づけることは、コンテンツ提供者の言論の自由を奪うことにつながる」と述べた。当時の判決文を引用すれば、「コンピュサーブには、特定の出版物の掲載そのものを拒否することはできるが、いったん掲載を決めた場合、その出版物の内容を変更することはほとんどあるいは全くできない。その出版物が、自社と関係のない企業が運営するフォーラムの一部としてコンピュサーブに掲載されている場合は、特にそうである」ということになる。

 カビー対コンピュサーブは、オンライン上の責任問題をめぐる最初の法的判断を示す判例となった。これにより、「BBS事業者がコンテンツのモニターや審査ができない場合、そのコンテンツに対する責任は問われない」ことになったが、次のような重大な疑問点も残された。コンピュサーブは、ルーモアビルのようなコンテンツ・プロバイダーが掲載するコンテンツに関する責任は問われないとしても、加入者が掲載する発言などについてはどうなのか。あるいは、BBSがコンテンツの限定的なチェックを試みた場合、それによってサービス全体のコンテンツに対する責任を負うことになるのか。

(2) ストラットン対プロディジー
 94年に、カビー対コンピュサーブの判例に続く大型名誉毀損訴訟が持ち上がった。事件の発端はプロディジーのフォーラムの一つ「マネー・トーク」に、あるユーザーが投資銀行のストラットン・オークモント社が不正を行っているというメッセージを掲載したことである。自分の身元を隠すため、プロディジーの従業員の一人が持つアカウントを利用したこのユーザーは、ストラットン社が取引の際に法律で義務づけられた重要情報の開示を怠ったと訴え、「これは詐欺、詐欺、詐欺だ——犯罪者め!」と、大文字のメッセージを投稿した(一般に、BBS上の大文字のメッセー ジは、叫び声とみなされている)。

 94年11月7日、ストラットンは、この匿名ユーザー(書類上は一般的仮名「ジョン・ドウ」が使われている)とプロディジー・サービス社を相手取って、2億ドルの損害賠償を求める訴訟を起こした。同社はさらに、95年2月、プロディジーを「コモンキャリア」ではなく、コンテンツに対する責任を問われる「パブリッシャー」とみなすよう求める申し立てを行った。

 6月初め、ニューヨーク高裁は、本件に関して、電子掲示板の内容に対する責任はプロディジーにあるとの見解を示した。これは同裁判所の判事の意見書の中で発表したもので、通常、BBS事業者は、電子掲示板の内容に責任を持つ必要はないが、プロディジーの場合は電子掲示板の内容は編集者によって管理されていると自ら公言しており、差別的あるいは猥褻な言葉を含むメッセージをBBSに乗せる前に取り除くフィルター(ソフトウェア)を設置していたため、内容に対する責任があると判断された。蛇足ではあるが、SEC(証券取引委員会)は現在ストラットン社を調査中である。

2. 著作権問題

 現行の著作権法は、情報のデジタル化やネットワーク化が進むことによって、大幅な見直しを迫られている。クリントン政権下の関連省庁によるNII関連政策検討のための合同組織、情報インフラ・タスクフォース(IITF)にも、知的所有権問題に関するワーキンググループが設けられ、著作権問題に関して検討が続けられている。

 衆知のとおり、著作権とは、アイディアの表現物に対する作者の所有権を規定し、これを保護するための制度であるが、もともとの対象は、著書や絵画などの目に見える有形の表現物であった。こうした作品は、かつては複製が簡単でなかったため、違法複製などの問題はあまり起こらなかった。著作物の違法な複製が深刻な問題になったのは、著作物がデジタル化されてからである。デジタル形式の作品は、瞬時に完全な複製を作ることも可能なら、ネットワークを経由して世界中にバラまくことも簡単である。80年代にパソコン・ブームが到来すると、パソコン用ソフトウェアの海賊行為はすさまじい勢いで流行し、企業や政府の中にまで広がっていった。海賊版ソフトの配布は、ネットワークによって一層簡単に行えるようになった。ネットワークを利用した海賊行為をめぐるBBS事業者の責任が問われた訴訟の例は枚挙にいとまがない。これらの判例は、オンラインという新しい媒体に現行の著作権法を適用することがいかに難しいかを物語っている。

(1) プレイボーイ対フリーナ
 被告は、フロリダ州でフリーナというBBSを運営するシステム・オペレータである。このBBSは、ユーザーが無断でアップロードしたプレイボーイ誌の写真を他のユーザーがダウンロードするのを知っていながら黙認していた。この訴訟で、連邦裁判事は次のように述べている。

「(著作権法の)セクション106(3)は、『作品のいかなる表現物に関しても、これを独占的に販売し、譲渡し、有償または無償で貸与する権利』を著作権保有者に認めている。被告フリーナが、著作権のある作品の無断複製を含んだプロダクトを供給した事実は疑う余地がない。自ら複製を行ったわけではないという被告の主張は、これとは無関係である」

 こうして、写真作品の海賊版がシステム上で供給されていることを知りながらそれを防がなかったフリーナには、著作権侵害で損害賠償が命じられた。この例に見られるように、BBS事業者が違法行為を知っていたかどうかは、他の訴訟でも、責任の所在を問う上できわめて重要な要素となっている。

(2) フランク・ミュージック対コンピュサーブ
 フランク・ミュージックが、コンピュサーブを相手取って、690回におよぶ著作権侵害行為に対する損害賠償を求める訴訟を起こしたのは、93年11月29日のことである。フランク・ミュージックは、約1万2000人のアーチストらに代わって楽曲の著作権やライセンスの手続を代行するハリー・フォックス・エージェンシーの代理として訴訟を起こした。コンピュサーブには、MIDI/ミュージック・フォーラムと呼ばれるディスカッション・フォーラムが存在し、コンピュータ上で作曲や演奏を楽しむ人々が情報やテクニカル・データを交換する場となっているが、一部のメンバーがこのフォーラムを利用してデジタル化したヒットソングを提供していたことが問題となったのである。原告は、コンピュサーブに対し、計690回の無断使用のそれぞれについて10万ドルの損害賠償(総額6900万ドル)を要求した。

 フランク・ミュージックは、コンピュサーブがネットワーク上に音楽フォーラムを設けたことで著作権侵害を「許可し、便宜を図るとともに、自ら加担した」、著作権のある楽曲のデジタル情報が伝送されるたびごとに、著作権保有者にロイヤリティーが支払われるべきであると主張した。原告側の弁護士は、このロイヤリティー支払義務が個々のユーザーにあるということを認めながらも、「それには手間がかかりすぎる。コピーしたユーザーを求めて全米を探し回ることはしない」と述べ、代わりにコンピュサーブに賠償金を要求したのである。コンピュサーブには、現在2000種類以上のディスカッション・フォーラムが存在するが、それらはどれも、テーマ分野に造詣が深いユーザーによって運営されている。しかし、MIDI/ミュージック・フォーラムの責任者、ジェームス・マキ氏の名は、今回の訴訟の被告とはならなかった。

 コンピュサーブの責任を問うためには、コンピュサーブがメンバーの海賊行為を監督し、そこから金銭的な利益を得るという、いわゆる「侵害加担者(コントリビューティング・インフリンジャー)」であったことが証明されなければならない。コンピュサーブのケント・スタッキー顧問弁護士は、「コンピュサーブはフォーラムの運営者に著作権法を遵守するよう要請を行っているので、コンピュサーブが『侵害加担者』であるはずもない」と、訴えを全面的に否定している。この訴訟は、ニューヨーク連邦地裁で継続中である。

(3) 連邦政府対ラマッチア
 上記2つの民事訴訟とは異なり、この判例はソフトウェアの海賊行為をめぐる刑事事件である。デービッド・ラマッチア被告はMITの学生で、「サイノシュア」と名付けたBBSの運営を行っていた。連邦地検は、サイノシュアが、ユーザー同士による「マイクロソフト・ワード」などの人気ソフトの不法なアップロード、ダウンロードの場として利用されていたとして、94年4月7日に「不特定の他者」との共謀により電信詐欺(ワイヤー・フロード)を働いた疑いでラマッチアを起訴した。

 マサチューセッツ連邦地検が電信詐欺罪による起訴を行なったのは、「ラマッチアは、電気通信システムを使って著作権保有者から合法的収入を詐取したことになるから、電信詐欺法を適用するのが最も妥当である」と考えたためである。

 しかし、同年12月27日、連邦地裁のスターンズ判事は、連邦最高裁の85年の判例(メールオーダーでエルビス・プレスリーの海賊テープを販売していた個人が無罪になった例)を引用し、この訴訟を却下した。この時、最高裁は「音楽の海賊版は『盗品(ストールン・プロパティー)』には相当せず、したがって、これを頒布する行為も、盗品法で定める詐欺罪にはあたらない」との判断を示した。つまり、無断複製されたプレスリーの音楽は、知的所有権という無形の資産であるため、盗品とはみなされなかったのである。

 担当のスターンズ判事は、次のように述べている。「著作権などの知的所有権を保護する第一の目的は、 作者が作品から何らかの収益を得られるように保証して『アイディアの自由な伝播』を促進することにある。したがって、著作権制度があるからといって、知的所有権を個人が所有する物理的な財貨と同等であるとみなすことはできない。76年著作権法は、著作権のある録音物を制作する個人にはライセンスの取得を義務づけているが、コンピュータのソフトウェアに関する同様の規定は存在しない。また、ソフトウェアの無断複製は、コンピュータ・ユーザーの間で一般的に行われており、これだけ多数の消費者を犯罪者扱いすることが、果たしてソフトウェア産業自身も望んでいることなのかどうか疑問である」

 現行の詐欺法や著作権法には、コンピュータ・ソフトウェアにも適用される規定がないとする同判事は、こうした行為を取り締まるには、まず議会が関連の法律を改正する必要があると結論した。
 業界はこの事件に大きなショックを受けており、ソフトウェア販売業協会は、「この却下措置によって、BBSにおけるソフトウェアの海賊行為を政府が取り締まることがほとんど不可能になった」と、激しく抗議している。

 ラマッチア事件は、知的所有権法を改正してオンラインという新しいメディアに対応させることの重要性を広く印象づけるきっかけとなったが、起訴却下に先立って、94年7月には、情報インフラ・タスクフォースの「知的所有権ワーキング・グループ」が、今後の知的所有権政策に関する予備答申書、「知的所有権と国家情報インフラストラクチャー」を発表している。この中で、同タスクフォースは、著作権法に望まれる改正点をいくつか挙げており、たとえば、海賊版を規定する条文の『コピーまたは録音』という個所に『電子的伝送』を含めることを提案している。しかし、同タスクフォースの提言は、BBSの責任や「侵害加担」の問題にはまったく触れていない。そのため、上記の予備答申書に関して94年9月に開かれた公聴会では、BBS各社の代表が集まり、サービス・プロバイダーの責任問題が最も大きな懸念事項であることを訴えた。また、95年2月には、3大BBS事業者の顧問弁護士が、同ワーキング・グループの座長を務めるブルース・レーマン特許局長と会見し、「オンライン・ネットワークは伝送するコンテンツに関する責任を問われるべきではない」との意見を伝えた。

エレクトロニック・フロンティア

 ネットワーク社会には、この他にポルノグラフィーと「言論の自由」の問題、クリッパーチップの問題を含む個人のプライバシーの問題、Canter & Seagel事件のような電子広告、電子ダイレクトメールの問題、法制度の違う国をまたがるネットワークを流れる情報の問題など様々な問題がある。

 現在、米国のBBSは、小さなものはパソコンと1、2台のモデムで運営されているものから、コンピュサーブやAOLのような全米をカバーするものまであり、様々な種類のサービスを提供してる。だが、それでもなお、現在の市場規模は決して大きいとはいえない。コンピュサーブ、AOL、プロディジーといった商用BBSのビッグスリーの総売上高をすべてたしても、10億ドルに満たないと推定されている。しかし、この市場は、今後大きく成長する可能性を秘めている。SIMBAインフォメーションなど各種の調査機関の予測では、今後3年間、BBS産業は毎年15〜20%の増加を続けるとみられている。爆発的な勢いで利用者が増えているインターネットまで含めると、世界のネットワーク・コミュニティの人口は今世紀中に数億人になっても不思議ではない。

 ロータス・デベロップメント社の創立者であるミッチ・ケイパーは、ネットワーク・コミュニティを「エレクトロニック・フロンティア」と呼んで、19世紀のアメリカ大西部になぞらえている。その昔、西部の開拓地にはほとんど法律というものが存在せず、行動規範や商取引のやり方を決めていたのは、政府ではなく個人個人であった。保安官は、政府が任命するものではなく、町の住民が信頼できる人を選ぶものだった。西部と同様に、現代の政府にもオンライン業界を規制する力がないのだから、エレクトロニック・フロンティアの住人は自分たちの手でオンライン・コミュニティの秩序を守らなければならない——ケイパーは、このように呼びかける。サイバースペースには警察ではなく、保安官が必要であり、サイバースペースの秩序を乱す者はコミュニティの住民が力を合わせて排除することが望ましいというのである。

(おわり)

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