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#自己紹介

はじめまして、

南イタリアはプーリア州在住のトラベルデザイナー&オーガニック農家の足立友里絵@YurieAdachi)です。Life In Puglia Travel代表、Società Agricola Torre Grande社のセールスを兼業しています。海外在住歴12年目のマルチリンガルです。

こちらは5分で読んで何となく私のことをわかっていただける自己紹介です。

子供時代から20歳まで

とにかくやんちゃで、オーストラリアが大好きで、卒業文集とかに「将来オーストラリア人になる」と書いちゃうような不思議な子でした。駅で突然逆立ち練習を始める空気読まない子。読めないのではなくそういう空気を感じない子でした。一年ずっと半袖で学校に行く女子でした。

物心覚えた頃には、すでに日本が窮屈に感じていて、12歳で文化交流でオーストラリアのパース市に。海外初体験後、空港について「オーストラリア人になる」と宣言しました。

水泳が大好きで2歳からプールに。初日思いっきり溺れた(らしい)のに、すっごく楽しい!と言ってしまった天邪鬼。水の中だけは自分の世界に入れたからかもしれません。学生時代はスポーツと勉強ばかり。戦国時代が大好きな歴女でもありました。なぜか小学校の頃にドイツ語に目覚め英語の前にドイツ語を勉強してみたり、すでに子供の頃から言語オタク。ビデオゲームより人形遊びより、一輪車で外を走り回り、秘密基地を作り、木に登っては落ちる。そんな子でした。

オーストラリア人になる夢は止まらず、大学では日本語教師でビザを取ろうと日本語文化学科に。あまりに大学生活に刺激がなく、なぜオーストラリアにいないのかと自分を責めて、躁鬱だった元彼の影響もあり鬱に。大学1年行かなかった年もありました。大学生活で学んだこと。それは、これ以上落ちることはないということ。人生のどん底を経験し、生きているだけでいいと悟りました。

20歳から27歳まで

大学卒業、というより大学時代から、すでにほぼいつもオーストラリアにいましたが、卒業とともにブリスベンにある専門学校に進みました。日本語教師はすでに向いていないと諦めていたので、大好きだったホスピタリティ経営の世界に。5つ星ホテルやレストランで経営のインターンなどをしているうちにそれが仕事に。

諸事情でメルボルンに引っ越したあと、仕事先でヘッドハンティングにあい、超高級レストランの経営を任されるように。1テーブルのチップだけで10万とかの世界。そこから同じグループの新店舗の経営を2店任され、仕事が過酷に。朝7時からご飯も食べずに夜23時に終わる仕事が毎日。3ヶ月ほど経つと、変なアレルギーが始まり、ストレス性だと診断を受け、そこに婚約破棄が重なり、人生2回目のどん底に。

そんな死にそうになっていた私を助けてくれたのがヨガとの出会いでした。ヨガは心のヒーリングだけではなく、私のアイデンティティも作り直してくれました。

新店舗は順調でしたが、その数年後メルボルンから去り、自分のカフェを持ちたいとブリスベンに戻りました。

ブリスベンに戻った2日後。今のイタリア人パートナー(フリーランスデザイナー)と出会いました。初めはあまりにも対照的な相手に不信感を抱きつつ、自分とは180度違う考えを持つ人に惹かれていきました。旅好きな彼と行動を始めたら、私もやはり旅にハマってしまい、そこからカフェ起業はいったん辞め、自分にできることを考え翻訳でノマドに。大好きだったオーストラリアを一度離れ、2人で世界を見に行動を始めました。

その後オーストラリアに戻った時もありますが、東南アジア、イタリア、オーストラリア間で遠距離したりノマドしたり。楽しかった思い出しかありません。

28歳から30歳まで

ある程度色々な国で住んでみてから、将来どうするかの話し合いになり、イタリア行ってみよっかというとても軽い返事でビザを取りイタリアへ。

イタリア語は意外と簡単だったけれど、仕事が見つからない。色々な方法やコネを使ってプーリアに移住しました。仕事はフリーランスのまま。アジアのオンライン旅行会社のリモートツアーコーディネーターもしていました。

2年経ったある日。ずっとモヤモヤしていたことがあり、イタリアを離れたいと思うように。私に合わない。八方美人でいるのが疲れる。私はアイデンティティを失いつつありました。何をしたいのかがわからない、それは常に夢を追いかけていた私にはとても辛いことでしたし、自由でいることが好きな私には苦痛でした。やろうとしていたカフェ起業のビジネスプランも、南イタリアでは全く通用しないと感じたため、諦めることしかできませんでした。

そこで突然インドでヨガ修行を計画。1ヶ月行って自分自身を見つける旅に出かけました。そこで出会えた最高の友情。私は自分自身を取り戻しました。

イタリアに帰国して次の日個人事業申請。Life In Puglia Travelを創りました。カフェが無理なのであれば、大好きな旅行で起業しようと考えていました。インドにいる間にビジネスプランを作り上げました。「暮らすように旅をする」、「ローカルになりきってローカルと一緒にプーリアを楽しむ」、それがコンセプトです。

南イタリアに住むのは大変。でも旅行に来るのは最高です。北とは違う明るい人々。食事も南の方が美味しい!何よりもこのプーリア州が大好きで、もっと多くの人に見ていただきたかったから。でもツアーではなくてやりたいことが思う存分できる体験型オーダーメイド旅行を作っています。それは南イタリアはツアーでは絶対見きれないから。

それと同時に、インド滞在中に気付いた地中海でのヨガリトリートのポテンシャル。ヨガネットワークを使い、たまにプーリアのファームステイでヨガリトリートも開催しています。

31歳

プーリアへの旅行だけでなく、日本や他の国でもプーリアPR大使をしています。なぜならプーリアは「体験」しなければ絶対良さがわからないから。フィレンツェなどのすでに観光地化した場所であれば、観光客は呼ばなくても来ます。だって、なんとなくイメージすでにありますよね。

プーリアは、、聞いたら何を想像するのでしょう。私はプーリアに来る前、何もプーリアのことは知りませんでした。

日本ではプーリアのPRをしながら、料理レッスンもしていました。3週間で40名以上の方に来ていただき、プーリア料理の美味しさもお伝えできました。

31歳はパートナーと共にオリーブオイル作りも作り始めました。オーガニックではないものや、オリーブオイルでさえないもの、偽物がたくさん市場に出回っています。だから、私が絶対安全だと言える私たちの農家から直接消費者へ、本当に美味しいものをお渡ししたいという気持ちで仕事をしています。お渡しした方全員から、「こんなオリーブオイルは食べたことがない」「美味しすぎるので追加注文したい」ととても嬉しいご感想をいただいています。それが今の生きる励みです!

今後は、このオリーブオイルを使った石鹸やボディクリームなどを信頼できるローカルの蜂蜜屋さんなどとコラボして作りたいなぁと思っています。もっとオリーブについてわかってもらえるオリーブツアー実現のため、オリーブオイルソムリエコースも受けています。プーリアとオリーブオイル、ワイナリーそしてプーリアの農家を巻き込んだスタディツアー。それが今年の目標です!数年後には、こういったこと全て勉強できるファームステイ(アグリツーリズモ)も家で始めたい。やることたくさん、でも毎日がワクワクです。

プーリア州のこと、南イタリアのこと、そしてもちろん大好きなオーストラリアのこと。オリーブオイルのこと、旅行のこと。たくさんお伝えできたらと思っています!どうぞよろしくお願いいたします!









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