見出し画像

あえてここは暮れにスクラップ・パッチワーク(9)と参ります。コザエツとキダ・タローから田中信夫の渋さを抜けて橋本治『たとえ世界が終わっても』の一節でも紹介したくなった巻。

まあすっかり日も暮れて、飯まではなんとか腹に入れたけど
そろそろ記事を卸す時間ではある。このまま材料も揃っては
来たので『薬屋のひとりごと』の感想に入ってもいいんだけど、
なんかいつもより材料が欠けてる感じがしてもう少し熟成する
のを待ちたい。

 といふことで、ちょっとだけバタ付きましたが、初優勝と
初めのエンドロールはあっさりと。
 エールディビジ昇格一年目で初優勝は出来ました【サカつくEU】、
ではあるけどこちらはもう少し項目を進めてからの方が
いいかな、ってことでスクラップ・パッチワークに
でも行こうかと。

スクラップ・パッチワークは(9)になるかな。雑多な話題
を一纏めにしてそこそこ語ってみるハコのようなもの、って
説明がいいのかな。まあ単体でも読めますので。

 因みに前回はこれか。

なかなかここは10月が締まってくれないので、あえてここは
スクラップ・パッチワーク(8)で。なんか、半年ぶりですけど。
さっぽろ東急に用はあったが、濡れ落ち葉化して居丈高な渋谷の
辺りはそもそも品性が低い上元から「くさいぞ」なのを自覚して
なさすぎて、とっくに近寄りたくなる処ではないんだな。|torov

 ではぼちぼち。


じゃあスタイルとしてのとっかかりは写経ノートから引いて
みますか。

言い始めたら成り立っていかない。受け入れて、少しでも早く自分の身に
つけてしまえばいいのだ。

荻原次晴『次に晴れればそれでいい』
(TOKYO FM出版,1998.12,784.3/オ)p99

では新聞読みよりは遡りやすい過去を掘りに行く。


一応コイツも確か出てきてたので(またなんかお隠れになりつつありますが)、話題としては拾っておくことにするか。

 関西CMではお馴染みだけど、日本のアニメや声優とは
相性がよろしくなくてコラボがなかったのは
「浪速のモーツァルト」キダ・タロー。

 でも昔小桜エツコが劇団21世紀FOX時代にパイオニアLDC
(ちょうど『天地無用!』で魎皇鬼やってた頃)で
キダ・タローのえらく早くてライブ向きではないテンション
曲歌ってるんだよな。

小桜エツコ(アリル・アリル)|note

でもまだこの頃は小桜エツ子名義の頃で。
「私の彼は寿司職人」。

ニコにしかなさそうね。
作詞が枯堂夏子で、作曲がキダ・タロー。
なんかラジオの公開録音でこの歌歌わされてたけど
すっごくテンション保つ形で歌うのがしんどそうで
ライブ向きではないんだな、と思った。

つべには「ガマンは毒」くらいしかないみたいね。
こちらも作詞は枯堂夏子。作曲は周防義和ですね。

伝説のKBS京都の番組を三回で降板した人ですけど、
藤原いくろうに気に入られて「あんドーナツ」からの命名
は厭だ、「せめてカレードーナツで」で枯堂夏子になった
エピソードは好き。


やっぱり若干リスペクトか少なめだったけど、「TVチャンピオン」の
ナレーションといえば田中信夫だ。

関口伸の早めにまくしたてるナレーションも持ち味だけど、
この渋さがやはり魅力だった。

薄謝協会でもなぎら健壱や山本晋也監督に迎えられて「コンバット」の話
してるのはかなり貴重だ。

一ロール毎のアテレコ時代について話してるのすら貴重か。
 まあ「TVチャンピオン3」は観たけどあの「手先が器用選手権」の
見る側すらいたたまれなくなる緊張感は改めて凄まじいな、と。

やはりここでゲスト中村ゆうじはずるい。でもやっぱり「TVチャンピオンは人生」とサラッといえる中村有志はすごいわ。特技のパントマイムで出てきてるし。そして「うかつ池崎」の新鮮なリアクションもストレートな平常運転「伊集院光と佐久間宣行の勝手にテレ東批評」。|torov|note


で、繋ぐ糸口はつかめたけれど、フリをしすぎたが故のトリに苦戦。
まあそこでとまた写経ノートから適当な文章で嵌まりそうなものを、
として辿りついたのが橋本治『たとえ世界が終わっても』
(集英社新書,2017.10,210/ハ)。

https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0870-b/

そこから二つほど引いてスクラップ・パッチワーク(9)の
シメ、トリにしようかと。

おやじ構造の社会が壊れると、アンチとしての意味もなくなって、
観念をこねくり回すだけのものになっちゃう。
前に言った通り、おやじ構造の社会は、「お笑いの時代」になって壊れた。
「威厳」って、人から笑われると壊れるのよ。
どうしてかって言うと、そういうもんだから。

橋本治『たとえ世界が終わっても』
(集英社新書,2017.10,210/ハ)p172-173

チャウシェスク崩壊局面を迎えたアレとか時間外労働無視して
労基に入られた目の前のマンションで自殺の阪急因果応報とか、
そうした崩壊局面が露わになった世界における視点
としてこれは理解しておきたい事象かなと。

講談が忘れられたものになっちゃったのは、「頑張るのはダサい」
というのと、「ヘンにベタベタしてるからやだ」という二つの理由で、
それをスルーすると、頭のいい人の「心のない論理」が出来上がるの。

「心のない論理」はスマートで頭がいいかもしんないけど、
誰も褒めてくんないし、慰められてもそれを受け入れる「心」という
回路がないから、なんのことやら分からなくなるのよ。よかったね(笑)。

橋本治『たとえ世界が終わっても』
(集英社新書,2017.10,210/ハ)p191

まあそこに付けてたコメントと混ぜながら話を継ぐと、
よしんば恋愛至上主義を跳ね退けてスルーしきったとしても
オーベルシュタインか古市憲寿、或いはひろゆき程度の
薄いコメンテイターにしかなれない真理はある意味で虚しいね、
ではあるんだなと。

 まあ今宵はこんなあたりで。
スクラップ・パッチワーク(9)、でした。


#新書がすき
#スクラップ・パッチワーク
#チャウシェスク崩壊局面
#阪急因果応報
#橋本治
#たとえ世界が終わっても
#荻原次晴
#次に晴れればそれでいい
#写経ノート
#TVチャンピオン
#田中信夫
#コンバット
#山本晋也
#手先が器用選手権
#好きな番組
#小桜エツ子
#小桜エツコ
#キダ・タロー
#枯堂夏子
#心のない論理
#今こんな気分
#関口伸