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エンドロールを最後まで

「エンドロールを最後まで観るかどうか」でその人と合う合わないを決めるって話を、時々聞く。
価値観の合う相手がいい ということだと思うけど、合わなかった時に、
味わうことなしに決めちゃうのは、相手も、捨ててしまう価値の可能性も、もったいないんじゃないかと思っている。


私はエンドロールを最後まで観る。けれど、

まわりがざわざわし始めて、スクリーンを横切って出ていくも人いて、
でもみんな最後まで座ってろとは思わない。
ざわめきの中で自分だけ、まだ浸りながら椅子に沈んでいる気分はけっこう好き。

一緒に観てた人が、先に行ってるねって出てっても、いやじゃない。
コーヒーでも買ってロビーで待っててもらうのもいい。
ロビーに向かう時、違う世界からこっちの世界に帰ってくる途中感がいい、現実に戻る糸(コーヒー)を相棒に持っててもらうっていうのも、いいもんですよ。(空想でニヤニヤ)

予約したお店が間に合わなくなるよって急かされて、あ~最後まで観れない~って出ていくのも、楽しい幕だと思う。お話の最後にドタバタと風のように去っていく主人公一味のようじゃないですか。
ひとつの物語を共にした赤い椅子は我々の後ろ姿に静かに微笑みながら呟く「あの方たちは行ってしまいました…」。

譲るという意味の合わせるではなくて
両方とるという意味の合わせる

価値は一方向からだけで決まるものでもないから、
せっかくだから合わせてみたら、合わせられたら、
いろんな方角に広がっていって、新しい価値を発見できるんじゃないか。

エンドロールを最後まで見ても見なくても、価値観が違っていたとしても、
ともに楽しく合わせられるなら、
きっとその人とは合う。

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