[読書記録]「うしろむき夕食店」(冬森灯) / 食べることに込める気持ち

時間をかけて一冊を読み終えました。美味しいものが人に与えてくれる力については、私も並々ならず感じているので、丁寧に読みたいと思っていたら、年度はじめの慌ただしさと相まってめくるめく時が過ぎました。
でも、とてもあたたかくて良い本でした。心がふんわりするので、立ち止まってちょっと呼吸を深めたい時に良いのではないかな、と思います。

舞台は地図も案内も曖昧な場所にある、ステンドグラスが嵌め込まれた観音開きの扉のある、二階建てのレトロな洋館の食堂。もうこれだけでうっとりします。しかも働く二人の女性(おばあさまとお孫さん)は着物姿です。

一枚の絵のように続く左右のステンドグラスは、晴れた日の野原を思わせた。淡く明るい色彩で描かれた四季折々の草花は可憐で、その陰に小さなバッタや蝶、小鳥がひそむ。絵柄は下の方にまとまり、画面の大部分はひろびろとした空だ。乳白がかった水色の濃淡は、霞む空そのものを写し取ったよう。

「うしろむき夕食店」冬森灯より

ああ、今すぐ行って、その扉を開けて、エビフライを注文したいです。

物語は、この食堂の「志満さん」とお孫さん「希乃香さん」、それにそこに辿り着いた人たち一人一人をとりまくお話で進んで行きます。そのお客さん達がだんだん常連さんになって、あたたかくおいしい世界を作っています。

また、店主の志満さんのお人柄がとてもすてきです。自分の人生経験でお話をされますが、その言葉がグッとまわりを引き込んで行くのです。料理に準えて、

「線引きするのはもったいないですよ。アタシたちの若い頃と違って、男性が育児休暇を取る時代ですからね。枠はどんどん取っ払わなけりゃ。とくにおいしいものはね。(中略)濃い赤ワインも八丁味噌も、お色がちょっと似てますでしょ」

「うしろむき夕食店」冬森灯より

この言葉は、相反する気持ちでいた嫁姑の和可子さんと貴瑠さんに向けられた言葉です。ハプニングの末食堂を訪れた二人でしたが、最終的に、お互いから学ぶことを、それぞれに見出して乾杯しました。
ふふ、と心をあたためてもらうような感じです。


それから、この食堂では、メニューを決めかねるお客様のために、おみくじ(料理の名前が書いてある)が用意されていて、それも「一度やってみたい」、とわくわくします。

「『失せ物いずるメンチカツ』。吉とかじゃないんですね」
「おみくじは、もともと和歌が書かれていたそうです。想像力を羽ばたかせて、神さまや仏さまからのメッセージをひもといたのだとか。どう解釈して、自分に当てはめ、行動するか。当たるも八卦、当たらぬも八卦ですけれど、吉凶よりも、なんだか広がりがある気がしましてね」

「うしろむき夕食店」冬森灯より

私は、解釈にゆとりのあるものにとても惹かれます。なにかのヒントを貰えることって、そしてそれがヒントだということだけで正解がない、ということが、とても素敵なことだな、と思うのです。


志満さんには、何十年も生き別れていて、会いたい方がいます。そのロマンスも、見どころ(読みどころ)だと思います。

「生きるのは変化の連続」と志満さんは仰います。生き抜いたことに、そんな自分を「ゆたかに生きた」、とあたたかく振り返るために、おいしいものを食べて、「ああしあわせ」と私も一日ずつを振り返りたいな、と思います。


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