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ギョギョっとした話

寒空の下、犬の散歩をしていた。
いつものように近所の魚屋さんの前を通っていると、店の中にいるおばあちゃんと目が合った。おばあちゃんはエプロンをつけたまま店から出てくると「あら〜!!」と優しく言いながらうちの犬に近づいてきた。おばあちゃんとはこの日初めて会ったのだが、ほんわかした雰囲気とクシャっとした笑顔を見てわたしも犬も「この人は安全だ」と感じ取った。
おばあちゃんはしゃがみ込み「あら〜!ふかふかしてるわね〜!」と言いながらうちの犬を嬉しそうに撫で始めた。「すごいふかふかだわ〜!」と言いながらニコニコしているおばあちゃんを見て、わたしも笑顔になり犬も尻尾をブンブン振った。おばあちゃんは立ち上がりわたしの顔を見て「色んな犬を見るけど、お宅のワンちゃんがこの町で1番毛並みがいいわよ〜!」とうちの犬の毛並みを大絶賛してくれた。わたしはちょっと照れた。「わ〜!ふかふかで気持ちいいわあ〜」とまたもや絶賛しながらおばあちゃんはうちの犬を何度も撫でた。このおばあちゃんは本当に犬が好きなんだなぁ〜とわたしは思った。それから「何歳なの?」「餌はなにを食べているの?」などの質問に答えたあとおばあちゃんは言った。
「本当に毛並みがいいわあ。ふかふかして暖かそうだわあ。毛を剥がしてコートにしたらよさそうだわあ…」おばあちゃんはニコニコとしながらそう言った。え…?コート?ん?聞き間違えたのか…?とわたしが言葉を失っているとおばあちゃんは「すごく暖かそうだわあ。うん。やっぱりコートにしたいわあ。ふかふかしてよさそうだわあ」と犬を撫でながら優しく言った。冬の寒さがおばあちゃんを狂わせたのか。
しかしおばあちゃんから悪気は一切感じられない。ニコニコしているおばあちゃんを見ながら「もしかしておばあちゃんなりの褒め言葉なのかも知れない」とわたしは思った。
少し動揺したがとりあえず「あははは〜」と笑ってその場をしのいだ。

それから数ヶ月後。毎日同じ道を散歩しているが、あれからおばあちゃんと会っていない。
今日もまた魚屋さんの前を通る。すると「あら〜!」と高い声が聞こえた。わたしが店のほうを見るとおばあちゃんがこちらに向かって来ていた。おばあちゃんはしゃがみ込みニコニコながら「ふかふかしてるわねえ〜」と犬を撫で始めた。犬は喜び尻尾をブンブン振っている。そして立ち上がり「色んな犬を見るけど、お宅のワンちゃんがこの町で1番毛並みがいいわよ〜!」と前回と全く同じセリフを言った。わたしは「フラグ…?」と一瞬不安になったが、おばあちゃんの優しい笑顔がそれをかき消した。「ほんとに毛並みがいいわあ〜!」と嬉しそうに何度も犬を撫でるおばあちゃんを眺めながら、この人は本当に犬が好きなんだろうなぁとわたしはしみじみと思った。そしておばあちゃんは言った。
「ふかふかで気持ちいいわあ。皮を剥いでマフラーにしたらよさそう!ねえ?」おばあちゃんは微笑んだ。春が近づいてきて暖かくなってきたのでコートではなくマフラーになっている、と感心してしまった自分がいた。おばあちゃんは続けた。「いや、でも皮を剥いだらさすがに噛むかしらねえ。噛まれないように口と手足を縛ってから剥いだほうがいいわねえ」わたしは言葉を失った。ぐ、具体的すぎる。いやその前に人んちの犬を縛らんでくれ。いやいやその前に剥がないで…?!これはおばあちゃん的ブラックジョークなのか?それにしてもブラックすぎんか?春の陽気がおばあちゃんを狂わせたのだろうか。しかしおばあちゃんは全く悪気はなくニコニコと笑っていた。
わたしは「あ、あはは」と苦笑いしその場をしのいだ。

夏が近づいて来た今、まだおばあちゃんと会っていない。おばあちゃんが夏の暑さに狂わされていないことをそっと祈った。

でも少しだけ、夏は何にされるのかが気になっている。



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